第16話 黒い影
第一章を読んでいただきありがとうございました。
第二章、始まります。
白鯨とは全く違う兵器が、目を覚まします。
カスピ海沿岸から戻り、一週間が経過していた。
第九管理区第三種失敗兵器管理部は、すっかりいつも通りの日常に戻っていた。
白鯨は格納ハンガーで静かに待機している。シオンは試験運用部の書類仕事に追われていた。灰崎はカスピでの報告書の山、東雲はそのフォローに奔走していた。整備班も日常業務に戻っている。城崎の腕の包帯も取れており、またうるさく整備区画を闊歩していた。
レンにとってもそれが、当たり前の景色になりつつあった。
「おい、新人!手ぇ止まってんぞ!」
「すいません!」
城崎の声でレンは我に帰り、手元の整備記録に視線を戻した。
白鯨の定期点検とデータ取りである。駆動系の動作及び出力確認、装甲の状態、電源ユニットの消耗状態。カスピ以来、白鯨の状態はとても安定していた。むしろ数値がどんどん上がっている。
「今日も機嫌がよさそうだな!」
城崎が白鯨を見上げながら言った。
「自分の戦い方が見つかったから、ですかね」
「……そうかもな」
城崎は珍しく静かに返した。
『————』
白鯨から穏やかな感情が流れ込んでくる。満ちた足りているような、落ち着いた感覚だった。
レンは装甲を軽く叩いた。
「調子良さそうだな、白鯨」
装甲がほんの少し強く発光した。
整備・点検も問題なく終わり、一同は昼休憩に入った。中央食堂でレンはシオンの向かいに座る。シオンは今日もカレーを黙々と食べていた。
レンは食事をしながら、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば、シオンさん」
「なに」
シオンは一切手を止めずに聞き返した。
「初めてここに来た時のことなんですけど。あの第一の巨大な兵器、覚えてますか」
シオンの手が一瞬止まった。
「それが、なに」
「どうしても気になってしまって……あれ以降一度も見ていないですし。」
シオンはカレーを一口食べてから答えた。
「見ない方がいい」
「え?」
「第一種は、うちとは別。」
レンはあまりピンと来ていない様子で小首を傾げた。
「管轄が違うってことですか?」
「それも、そう。第三種は思想逸脱。戦わない、逃げる、命令違反、人間的な感情を持った兵器」
シオンは続けた。
「第一種は違う。暴走、破壊衝動増長、近づくだけでも人間を喰らう兵器。」
「それがあの時言ってた……」
「そう」
レンは食事の手が止まっていた。
「今もここにいるんですよね、その第一の兵器」
「いる」
「……なんで、封印できてるんですか。そんなに危険な兵器を」
シオンは少し間を置いてから答えた。
「眠ってる、から」
「ね、眠ってる?」
「定期的に意識が浮上する。その度に適正試験、搭乗できる人間を探してる。」
「……っ」
レンは初日にシオンから聞いたことを思い出していた。『精神崩壊。昨日だけで三人死んだ。』
「それで、三人も……」
「そう。あれに無事に乗れた人間は、今のところいない」
シオンはカレーを食べ終え、食器を重ねた。
「だから気にしない方がいい。うちには関係ない話。」
そう言い残して、シオンは食堂を後にした。
残されたレンは、食事を続けながら考えていた。関係ない、とシオンは言った。だが何故か、レンの胸の奥には引っかかるものがあった。
レンはモヤモヤとしながら、整備区画に戻った。そこでは灰崎と城崎が話し込んでいた。少し珍しい組み合わせであった。しかも、二人とも表情が固かった。
「隊長、何かあったんですか」
灰崎はレンに気がついて、少し間を置いた。
「第一の隊長から連絡があってね」
「第一……ですか」
レンは前の食堂でのことを思い出し、嫌な顔をしてしまった。それを見た灰崎は、何かを察して苦笑いをした。
「来週、第一の主要メンバーが施設外に出てしまうようでね。その間、第九管理区の警戒レベルを上げておきたいそうなんだ。」
「何かあるんですか?」
「うん、第一の廃棄兵器の状態がね。少し不安定になってるらしい。」
レンの背筋が冷えた。先ほどシオンと話したばかりの内容が頭をよぎる。
「もしかして、黒い大きな機体のことですか?」
「!?……レン、なぜその機体のこただと思ったんだい」
灰崎がいつにもなく真剣な目で聞いてきた。
「いえ、初めてここに来た時に見たことがあって、ちょうど今さっきシオンさんとその話を……」
「そうか、レンが何か感じたわけじゃないならいいんだ。ちなみに、その機体のことで合ってるよ。」
灰崎はいつもの調子に戻った。
「定期的な覚醒サイクルが、予定より早くなってるそうなんだ。今の所は特に問題はないんだけどね。」
今まで黙って聞いていた城崎が口を開いた。
「まぁ、俺たちはいつも通りやってればいいんだ!いざって時の心構えだけしてな!!」
「そうだね。あと、一応言っておくけどあの第一の廃棄兵器には近づかないように。第三と違ってレンの力がどう作用するか、誰もわからないんだ。」
灰崎の言葉に城崎も大きく頷いていた。信用する二人からの忠告をレンは素直に受け入れたのであった。
___
その夜。
レンは自室のベッドで横になり、天井を眺めていた。
眠れなかった。
第一の廃棄兵器、あの黒い機影。配属初日に見たあれが、頭から離れなくなっていた。
シオンには「気にするな」、灰崎には「近づくな」、城崎は「いつも通りにしてればいい」と言われた。
なんとなく、全員が同じ方向を向いているように感じた。そんなことを考えながら目を閉じる。
その瞬間、頭の奥に何かが触れた。
それは白鯨の感情とは明らかに違かった。白鯨のは流れ込んでくるような感覚たが、これは触れてくるという感覚が正しかった。
言葉でも、感情でもない。
ただ暗く、重く、そしてひどく粘ついていた。
こちらの隙を探して、じわじわと入り込もうとしてくるような感触だった。
「……っはぁはぁ。なんだ、今のは」
白鯨ではない、感じた距離も質も全く違う。
頭の奥には、まだその感触が残っていた。
暗い。重い。粘ついた、何か。
そして、気がついた。あれは、怖いとか悲しいとかといった感情ではなかった。
感情そのものが無かったのだ。あるのはただ、飢えのようなもの。何かを求めるでもなく、手当たり次第に引き込もうとしているようにレンには感じられた。
レンは部屋の明かりをつけた。それでも頭の奥の感触はしばらく消えなかった。
あまり眠れないまま朝を迎えたレンは、管理棟に向かいながら昨夜のことを整理しようとしていた。ただの気のせい、疲れていただけかもしれない。
だが、どう考えてもあの異質すぎた感触は忘れられなかった。
「おはよう、レン。なんだか顔色が悪いね」
灰崎が廊下で声をかけてきた。
「おはようございます、隊長。」
「眠れなかったのかい?」
「はい……すこし」
灰崎はレンをじっと見た。
「何か、あったんだね」
レンは少し躊躇してから、昨夜のことを話した。
頭の奥に触れてくるような感覚、暗く重く粘ついていた異質な感覚、感情はなく飢えのようなものを感じたこと。
灰崎は最後まで黙って聞いていた。聞き終えた後、その場に沈黙が続いた。
「あれが、干渉してきたのか」
「あれ、というのは……」
「昨日話した第一の廃棄兵器さ。あれは人間の精神も侵食する。それが今まで誰も搭乗できなかった理由だからね。距離に関係なく、感度の高い人には届くことがあるということか。」
灰崎は静かに続けた。
「特にレンは、兵器の声を聴ける」
レンは背筋が凍った。
「それは、自分が……特に影響を受けやすいってことですか」
「可能性はある。だからこそ、昨日近づくなと伝えたつもりだった。」
灰崎はレンの肩に手を置いた。
「一つ、確認させてほしい。あれに引き込まれそうになったと言っていたね。それには抗えない感覚はあったかい?」
レンは昨夜の感覚を思い出した。
やはり気持ち悪い、そして怖かった。だが、抗えないような絶対感は全く無かった。
「それは、無かったと思います。入り込んでくる感覚はありましたが、抗えないような絶対感はなかったです。」
「そうか」
灰崎は安堵したように息を吐いた。
「それならまだいい。ただし、今後はまた同じようなことがあればすぐに報告して欲しい。一人では抱え込まないようにね。」
「はい」
「それと、レン」
灰崎はレンをまっすぐに見た。
「ここにきてから白鯨以外に反応したのは、これが初めてかい?」
「……はい、初めてです」
灰崎は静かに頷いた。その目は何かを計算しているかのようにも見えた。
「わかった、教えてくれてありがとう」
灰崎はそう言い残して廊下を後にした。
レンはその背中を見送りながら、昨夜の感触をもう一度思い返していた。
白鯨は流れ込んでくる。
あれは、入り込み触れてくる。
同じ兵器でも、これほど違うものなのか。レンは自分の手を見た。昨夜の汗とは別の、冷たい何かが手のひらにまだ残っているような気がした。
読んでいただきありがとうございます。
第二章不穏な空気が出てきたと思いますが、また来週までお待ちください。




