第17話 邪悪の目覚め
毎週金曜日更新のつもりでしたが、忙しくなってきてしまったので不定期投稿で頑張ります!
第一失敗兵器管理部の主要メンバーが揃って施設外に出る日の朝。
レンは第三の整備区画で作業をしながら、どこか落ち着きがなかった。昨夜も特に何も感じず、あの粘ついた感覚は来ていない。それでもなぜか落ち着かなかった。
「新人、今日は白鯨の駆動系データの更新だ! あと、今日は余計なところをうろつくなよ。」
城崎はそう言い残し、整備班の指揮に戻っていく。
あの豪快な城崎が、落ち着いた声で念を押してきた。それだけで、今日という日の重さをレンは理解してしまった。
午前は何事もなく過ぎた。レンはいつも通りに作業をこなしているが、意識はあの感覚へと向いている。
集中力が散漫になってきた頃、整備区画に珍しい来客があった。
長い赤髪を後ろで束ね、凛と佇む女性。歳はレンとそう変わらないように見える。金色の三白眼が整備区画を見回していた。身に纏うのは黒を基調に銀の装飾が入った軍服。レンは、食堂の件を思い出して咄嗟に身構えた。
しかし、城崎が陽気に近づいて行く。
「おう!第一の隊長さんじゃねぇか、どうしたよ」
「お久しぶりです。出発前に灰崎大佐にご挨拶をと思いまして」
その声はとても落ち着いていた。
「隊長室に居るはずだが、案内するか?」
「いいえ。場所は分かりますので、結構です。」
彼女はそれだけ言うと、整備区画を出て行く。それと同時に、レンはなんとも言えない緊張感から解放されたのであった。
「あの人が、第一の隊長さんですか?」
「おうよ、ヴェラ・クラスノフ中佐。おっかねぇだろ?」
「……はい」
「まぁ、悪い人じゃねえんだ。第一の中では珍しく、うちのことも嫌ってねえしな。うちの隊長のことが好きすぎるんだ。ありゃ、崇拝と言ってもいい。」
レンは、日頃の灰崎を思い浮かべたが、好かれる理由が何も思い浮かばない。不可解そうなレンの顔を見て、城崎は笑っていた。
昼休憩に入り中央食堂へと向かう途中、レンは第九管理区共有区画でヴェラとすれ違う。今度は一人ではなく、第一の隊員達を数人連れている。おそらく、施設外に出る準備をしているのだろう。
レンはヴェラと一瞬目が合ったが、ただ通り過ぎていった。
中央食堂の入り口付近で東雲が忙しそうに端末を操作していた。食事を摂りに来たわけではなさそうだ。
「東雲さん、お疲れ様です。今日はまだ食べないんですか?」
「あ、久城くん。お疲れ様です。少し忙しくて、後でいただくと思います。」
東雲は穏やかに笑ったが、その目は疲れているようだった。
「何か、あったんですか?」
「いいえ、定期的な事務仕事ですよ。特に今日は第一の皆さんが不在なので、その分を他の管理部と分担しているんです。」
そう言いながら東雲は食堂を跡にしていった。
嘘はついていない、しかし本当のことを全て話しているわけでもなかった。
レンが昼食を摂り終え、整備区画に戻る途中。施設全体を低い振動が襲った。
それは、定期的にある振動とは違う。いつもはもっと鈍く遠いが、これは近くて大きかった。
『…………』
頭の奥に何かが触れる。
先日の感覚とも若干違う、押してくるような感覚。暗く、重いのは変わらないが、今回は明確にどこからかがわかった。
第一種の区画からだ。
「——っ!」
レンは額を抑えながら、押し返すよう意識を向ける。不快な感触は退いたが、完全には消えなかった。
そして、施設内に警報が鳴り響く。
『第一封印区画に起動反応を確認。封鎖管理レベル1を発令。非戦闘員は退避を開始してください。繰り返し——』
レンは形容し難い不快感を押し返しつつ、第三整備区画へと急いだ。
整備区画に着くと、城崎が整備班に指示を出していた。シオンもおり、白鯨の出撃準備が慌ただしく進んでいる。
レンを見つけた城崎が大きく声を上げた。
「新人!ここはいいから、お前は隊長室に行け!」
「りょ、了解!」
レンは慌ただしい整備区画を跡に、隊長室へと走った。
隊長室では、灰崎と東雲がモニター前に立っている。
「来たね、レン。真琴ちゃん、状況を説明してくれるかな」
灰崎はいつもの調子でいた。
「はい。該当の機体はFMX-34《レヴナント》、覚醒のサイクルが予定よりも四日程早いです。第一の主要メンバー現着には二時間を要するとのことです。」
東雲の話を聞き、灰崎は腕を組んだ。
「わかった。第一の残存戦力は」
「少人数、施設内に残っています……ですが、現場の対処には」
東雲は言葉を選ぶように発言していた。
「戦力としては期待できないんだね。」
灰崎が静かに言い、東雲は目を伏せて頷いた。
「第一現着までの間、我々が一次対応を行うことになります。」
東雲の言葉を聞いて灰崎はモニターに目を向けた。そこには第一封印区画の監視映像が映っている。漆黒と形容して良い程、真っ黒な機体。
巨大な封印ハンガーの中で、それはゆっくりと身を起こしていた。
レンはそのモニターを見て息を飲んだ。配属初日に遠目で見た機体の全容がよくわかった。
全高約二十五メートル、白鯨より七メートルほど大きい。全身が漆黒の装甲に覆われ、継ぎ目の部分は暗い赤色に発光している。流線型の装甲は美しいが、その美しさは白鯨のそれとは全く異なる。刀のような鋭利な美しさだった。
頭部には赤いライン状の複合センサーが走っている。両腕の先には高密度合金製の多関節クローがあり、緩やかに動いている。まるで、目覚めた獣が指を鳴らすようだった。
「あれが……レヴナント。」
「連邦次期主力機開発で生まれた試作機だ。高度な戦術AIを搭載した機動兵器だったんだけどね。」
レンの漏れた言葉に灰崎が答えた。
「関係者の中では《モルドレッド》とも呼ばれているらしい」
「反逆の騎士……ですか」
「極め付けに、あれは搭乗者を必要としなくなってね。完全に自律した暴走さ」
レンはその言葉の意味を少し考えた。
カスピ戦で、有人機相手の問題は解決した。しかし、それはパイロットを傷つけずに機体を無力化する戦い方である。
レヴナントは自律した人工知能で話を聞く限り、意思を持つ可能性もある。白鯨がただの機械と判断するのかどうか。レンにはわからなくなってしまった。
「白鯨は……あれを機械と判断するんですかね。」
レンは自分でもわからないまま、口にした。
「わからないね」
間を置いて灰崎は静かに続けた。
「あれは紛れもなく人工知能だ。でも、高度な自律意思を持っている。白鯨がそれを機械と感じるのか……こんなことを考えるのは初めてだよ」
「……つまり、わからないんですね」
「うん。だからこそ厄介だよ」
灰崎は深く考えるように間を置いた。
「ただ、シオンもいる。白鯨の判断がどうなったとしても、なんとかしてくれるだろう」
モニターの中では、レヴナントがゆっくりと頭部センサーを動かしていた。そして、そのセンサーが監視カメラへと向いたその瞬間。
『 』
頭の奥に何かが来た。触れるでもなく押すでもない、ただ見られている。
モニター越しにこちらを認識しているようだった。
「……っ」
レンの顔が強張る。
「久城くん?」
東雲が気付き、灰崎が振り返った。
「何か、感じたのかい?」
「モニター越しですが、確実に見られてます」
灰崎は軽く頷き、東雲に指示を出した。
「白鯨を配置につかせてくれ、それと僕の装備使用申請を上に通して」
「了解しました」
灰崎は上着を脱ぎながら隊長室の扉へと向かう。
「レン、君はここから感じ取ったものを現場に伝えてくれ。真琴ちゃん、ここの指揮は任せたよ」
そう言い残し、灰崎は隊長室から出て行った。
封印区画ではレヴナントが隔壁に手をかけていた。多関節クローが食い込み、引き裂くように動いている。
白鯨が最初に起動した時と同じ動きだった。しかし根本が違う。白鯨はひとりが怖かった。誰かに来て欲しかった。
レンが感じ取っているレヴナントは違う。ただ、目の前のものを壊したいだけで理由など、最初からなかった。
――ゴウン。
第三格納庫の奥で、重い駆動音が響く。白鯨が、立ち上がった。
『白鯨、出ます』
シオンの短い報告が、隊長室のスピーカーから流れた。
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