第14話 誰も死なせないで
毎週金曜日の更新頑張ります!
今回、少し長くなってしまいました。
お時間のある時にどうぞ!
四日目の朝。
管理棟に着いたレンを迎えたのはいつもより落ち着いた空気だった。
「おはよう、レン」
灰崎がコーヒー片手に端末を眺めている。
「将校さんから今日の偵察データが入ってきたんだが、見てみるかい?」
レンはモニターを覗き込む、それは敵基地周辺の偵察映像であった。
「……動きがあまりないみたいですね。」
「そうなんだよ」
灰崎は端末を置いた。
「この三日間でかなりの戦力を失ったと思うからね。おそらく増援が間に合っていない。将校さんの見立てでも今夜は小規模な戦闘に収まるんじゃないか、とのことだよ。」
「それは好都合じゃないですか?」
「まぁね」
灰崎は少し間をおいて口を開く。
「ただ、向こうも無策で消耗するだけじゃないはずだ。何かしらの手は打ってくるかもしれない。何をしてくるかは、まだわからないけどね。」
確かにそうだ、何をしてくるかわからない。それに備えなければ、とレンは気持ちを切り替えて仕事に移ったのであった。
昼過ぎ、担当将校から灰崎に連絡が入った。
「増援の兆しは引き続きありませんでした。今夜の戦力は昨日を大きく下回ると思われます。」
「わかりました。引き続き監視をお願いします。」
通信を終えた灰崎を東雲が見た。
「いい連絡だったみたいですね。」
「うん、そうだね。」
灰崎は窓の外に目を向けた。
「ただ、油断はしないように皆んなに伝えておいてくれないかな。」
「……何か気になることでも?」
「いや、」
灰崎は首を横に振った。
「なんとなく……だよ。」
視線の先、草原と荒野にはいつもより強い風が吹いていた。
___
夜になった。
格納庫から白鯨がゆっくりと出てくる。夜の荒野に白い装甲と淡い発光が浮かび上がって見えた。シオンもすでに搭乗している。
レンは指揮所のモニター近くに立っていた。周囲には城崎と東雲、灰崎がいる。
「状況開始」
灰崎の声と共に観測等のレーダーに反応が出た。モニターに光点が映る。動きと反応を見るに無人ヘリが二機、自律戦車も二機。予想通り数がかなり少ない。
「やはり、増援は特になかったようだね。」
灰崎の言葉を聞いて、城崎がガハハと笑う。
「今夜は楽勝じゃねえか!」
「シオン、今夜も頼んだよ」
『了解』
白鯨が動き出した。
ヘリ二機が上空から牽制し、戦車二機が側面から回り込もうとする。白鯨はヘリの一機を先に落とし、戦車へと向かった。
ここ数日と変わらない、いつも通りの展開だった。
そう、誰もが思っていたその時。
モニターに新たな反応が現れた。
「……なんだ?」
灰崎が気がつく。東雲が急ぎ端末を確認すると、その顔色が変わった。
「有人機です」
指揮所内の空気が一瞬で変わった。
「有人機!?増援はなかったんじゃねえのか!」
城崎も端末を覗き込む。
「おそらく基地に元々居たんだろうね」
灰崎が静かに言った。その声音は落ち着いているが、目は鋭かった。
「増援を待たず動いてきたんだろうな、一機だけで」
モニターの光点が動いている。確かに無人機とは明らかに違う、読めない動きであった。
「シオン、有人機が出てきた。即座に離脱してくれ。」
『……遅い』
シオンの声は緊張を帯びていた。
モニターを見ると、やはり有人機と無人機では動きが全く違った。機械的な規則性も無く、まるで獲物を追い詰めるような生きた動きだった。
そして白鯨は止まった。
残る無人機と有人機で即座に連携して展開する。ヘリが上空から砲撃、戦車も左右から砲撃し有人機が正面から圧をかける。ヘリの砲撃は直撃し、戦車のは外れた。
「やべえな、たぶん白鯨が動けないことがバレたぞ」
城崎が低く呟いた。
白鯨へ砲撃が集中する。盾で受け止めるが動けない。敵有人機は白鯨の視界から外れないよう、常に正面に位置し続けながら盾の死角を正確に突く砲撃を続けていた。
「よくないな。シオン、離脱できるかい」
『無理、動かない』
レンは指揮所のモニターを見ながら拳を握った。白鯨の装甲には微量ながら損傷が蓄積されていく。
その時、有人機がモニターの映像に映り込んだ。
ダークグレーとブラックの重装甲。丸型の頭部に赤く光る単眼センサー、長い腕部に大型のハンドユニット。そして脚部の大型スラスターが地面を揺らしながら前進してくる。
「あれが……」
レンは息を飲んだ。
「《ストリゴイ》、カスピ連合の主力量産機です。」
東雲が情報を確認しながら言った。
「ただ、あの動き……ただの量産機ではないようです。」
「レン」
灰崎がレンを見た。
「白鯨のところに行くよ。」
「え?」
「今の白鯨には君が必要だ。」
レンは頷いた。だがすぐに気がかりになる。
「でも、現場まで……白鯨の近くにたどり着けないんじゃ……」
レンは映像を見ながら言った。
「それは僕がなんとかするよ。」
灰崎はそう言いながらロッカーを開けていた。
「隊長!」
東雲が声をあげる。
「真琴ちゃん、ここの指揮は任せるよ。」
灰崎は振り返らなかった。ロッカーから取り出したのは戦術強化外骨格と斬馬刀のような大型の長剣であった。
「また、刀なんですね」
レンはそれを見て言った。
「はは、僕としては愛刀が良かったんだけどね。流石に持ち出し申請は出せなかったよ。」
そんな雑談をしながらも灰崎の準備は完了し、いつのまにかいなくなっていた城崎が装甲車に乗って外で待機していた。レンたちは覚悟を決めて白鯨の元へと向かう。
城崎の運転で白鯨の元へと向かう装甲車、その横を強化外骨格を着込んだ灰崎が並走していた。外骨格の脚部ブースターを噴かしながら地面を蹴り、全速力の装甲車に引けを取らない速度で駆けていた。
「隊長!本当に大丈夫なんですか!」
車窓から叫ぶレンに灰崎は軽い口調で答えた。
「大丈夫大丈夫、昔取った杵柄ってやつだよ。」
その口調とは裏腹に灰崎の目は笑っていなかった。そして現場が目視できる範囲に入った。
白鯨が砲撃を受けながらなお、動かずに膝をついていた。装甲の発光が力無く脈打っている。
その前方、百メートルの距離にストリゴイがいた。その動きは止まらない。白鯨が動けないことはわかっているであろうに、白鯨を正面に据えたまま動き続けながら盾の死角を正確に突き続ける。
灰崎は装甲車を追い越し、そのままストリゴイへと向かっていく。
「隊長!?」
「レンは白鯨のところへ!」
その言葉を聞いた城崎は躊躇なく戦場のど真ん中、白鯨の元へと装甲車を走らせた。
___
ストリゴイの前に、一人の人間が立っていた。
強化外骨格を身に纏い、黒い大剣を携えた男だ。
ストリゴイの動きが止まる。コックピットの中でクレインは目を細めた。
人間が、自分の前に立ちはだかっている。
強化外骨格とはいえ、こちらは十七メートル級の機動兵器だ。普通の人間なら近づくことすら考えない。
しかし、この男は立ち姿から違った。
重心は低く全く動じていない。対等に戦えるかのような出で立ちでそこに立っていた。
クレインは通信回線を開いた。
「お前は……何者だ」
日本語ではなかった。しかし、外骨格の翻訳機能によるリアルタイム翻訳音声が灰崎に届いた。
『連邦圏中央軍大佐、灰崎ユウゴだ。そちらは?』
「ザスロン基地司令官、ヴァシリ・クレイン。」
クレインの声に、わずかに温度が混じった。
「灰崎……連邦の元英雄か、なぜこんな場所にいる。」
『君と同じ理由じゃないかな』
灰崎は大剣を構える。
『左遷組同士、仲良くしようじゃないか。』
一瞬の沈黙。そしてクレインは小さく笑った。
「……なるほどな」
回線が切れ、ストリゴイが動いた。大型脚部スラスターを噴かし、一気に間合いを詰める。大型の椀部ユニットが灰崎を捉えようとした。
しかし灰崎は退かなかった。
横に一歩、半身になるように避けた。それだけで巨大な椀部を紙一重で躱す。そのまま大剣をストリゴイの脚部スラスターに叩き込んだ。
金属の悲鳴が鳴り、スラスターに亀裂が走った。
『……!』
クレインが驚いたのがわかった。
機動兵器から見たらほぼ生身と言っても過言ではない人間から傷をつけられたのだ。驚くのも当然だった。
「まだまだ鈍ってないね。」
灰崎は静かに言った。
ストリゴイが体勢を立て直す。今度は慎重に、より精密に灰崎を狙ってくる。
灰崎も動いた。
退かずに、前に出る。巨大な機体の動きを読み、常に死角を取り続ける。大剣が何度もストリゴイの装甲を叩いた。
だが、致命的なダメージは無い。しかし、クレインはこの男から目が離せなくなっていた。指揮官としてではなく、パイロットとして。
この男は強い。そしてクレインにはわかっていた。この男が自分を引きつけているのは時間稼ぎのためだと。
白い機体の近くに装甲車が向かっていた。
___
城崎の運転する装甲車は激しい砲火の下を駆けていた。全速力で減速など一切せず、白鯨の元へと向かっていた。
「新人!チャンスは一瞬だぞ!」
装甲車は全速力のまま白鯨の間近くを駆け抜ける。レンは躊躇する暇もなく、装甲車から飛び降りた。下手な受け身で転がりながらも白鯨の足元になんとか辿り着く。
砲撃はまだ続いている。残る無人機からの攻撃、その中でレンは装甲に手を当てた。
『————』
感情が流れ込んでくるが、それは今まで感じたことのないものであった。
苦しい、ではない。
怖い、でもない。
ただ強く、頑なに動けない。
そんな感覚だった。
「白鯨、聞こえるか」
『————』
反応がある。装甲の発光がわずかに強くなった。
「動けないのはわかってる。でも今は動かないといけないんだ。シオンさんも中にいて、班長も来てる。隊長が時間を稼いでくれてる。」
『……』
感情の揺れがわかった。だが、苦しさか増してくる。
その瞬間だった。
流れ込んでくる情報が一気に膨れ上がった気がした。レンの視界が白くなった。
そこは見覚えのある知らない場所だった。
白く広い研究室、前に見た断片的な風景とは違う。もっと鮮明な深い記憶だった。
また、泣いてる女性がいる。
白衣を着た、若い研究員。レンは前にも彼女を見た。白鯨の、開発者だ。
彼女は目の前で両の手をつきながら泣いていた。
そして、震える声で言った。
『もう、誰も死なせないで』
レンは動けなかった。
その言葉がただの願いではないとわかったからだ。
次の映像が流れ込んでくる。それは戦場のど真ん中、資料で見た試験運用先だった。白鯨が敵味方の間に立ってその身に全ての攻撃を受けている。誰も死なせないために。
また次の映像。研究室で女性が白鯨の装甲に手を当てていた。
『お願い。誰も、殺さないで』
また映像が変わる。
暗い格納庫。白鯨が封印される直前だろうか。白鯨は一人だけ、女性の姿はもうなかった。ただ、あの言葉だけが残っていた。
『もう、誰も死なせないで』
それは命令ではない、彼女の祈りだった。開発者が白鯨に刻んだ、消えることのない祈り。
だから白鯨は人を傷つけない。
敵も、もちろん味方も。
この世界の誰一人として。
ふと気がつけば、涙が頬を伝っていた。目の前には白く大きな装甲。レンの意識は戦場へと戻ってきた。
まだ砲撃は続いている。
「……白鯨」
レンは装甲に額を当てた。
「お前のことがわかった気がしたよ。誰も死なせたくない、それがお前の全部なんだな。」
『——ッ』
「シオンさんを守ってくれ。俺も、みんなも守ってくれ。隊長が今、お前のために体を張ってくれてる。」
『……』
装甲の発光が揺れている。
「敵のパイロットを殺さなくていい。ただ、動いてくれ。」
沈黙。
その間も砲撃は続いている。
そして。
白鯨の装甲が今までにないほど強く発光した。
駆動音が地面を揺らし、白鯨が立ち上がった。
「ありがとう、白鯨……。頼む!シオンさんにこう伝えてくれ!————」
レンの言葉は尚も続く砲火の音に掻き消された。
___
灰崎とストリゴイの戦いはまだ続いており、灰崎の強化外骨格に限界が近づいていた。脚部スラスターの一部が破損しており、動きが僅かに落ちていた。
しかし、クレインはいまだに仕留めきれずにいた。
この男には隙がない。全く退かず、かといって突っ込んでくることもない。常に適切な位置を取り続けこちらの動きを読み、合わせてくる。
クレインは認めていた、この者は本物だと。
その時だった。
背後のレーダーが鳴る。
あの白い機体が動き出していた。
クレインは即座に判断し、動き出した白い機体へ向かって全速力で間合いを詰めようとした。この機体に深傷を負わせ、相対していた元英雄から逃げ仰る算段だった。だが、それは間違いであった。
間合いを詰めようとしたこちらが逆に肉薄される。予備動作無しで高速に間合いを詰められ、クレインは全く反応できなかった。目の前が白一色に覆われ、死を覚悟した。
しかし、クレインが受けたのは耐え難いほどのGと激しい衝撃だった。長年の経験で無意識にとった対ショック姿勢、そのお陰で意識は飛ばすに済んだ。
即座に機体の状況を確認する。ストリゴイの左腕が肩部から無くなっていた。おそらく掴んで投げられ、腕が耐えられず破損したのだろう。現在位置は先ほどまでの戦場から百メートル弱離れた位置であった。
クレインは残る無人機に撤退の命令を出し、自分も後退を始めた。戦場を背にクレインには一つの疑問が残るのであった。
ストリゴイの後退を確認した灰崎は、大剣を背のマウント機構に戻す。大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
『お疲れ様です、隊長。』
外骨格のインカムから東雲の声がした。
「ありがとう、少し休ませてもらうよ。」
灰崎は静かに笑った。白鯨を見るとストリゴイの腕を持ったまま突っ立っていた。少し離れたところには砂埃に塗れたレンもいる。
戦闘は終わった。
レンは白鯨の元まで移動した。装甲の損傷は軽微だが、発光が続いていた。レンは装甲に触れてしばらく白鯨を落ち着かせた。
「……ありがとう、白鯨」
『…………』
流れ込んでくる感情は穏やかなものであった。疲れたような、でも満足したようなそんな感覚。そして最後にほんの少しだけ、寂しさが混じっていた。
レンにはその意味がなんとなくわかった気がした。一人で抱えてきたものを誰かと初めて共有することは、そういうものなのかもしれない。
「シオンさんもありがとうございました!」
中のシオンに向けて声を張る。
『当然』
レンの意識が戦場に戻ってすぐ、碌な前置きもないまま「敵パイロットを殺さないように戦って欲しい」という言葉を理解してくれた。そのお陰で窮地を脱することができた。
「みんな、お疲れ様」
灰崎も合流し、レンたちも基地へと戻るのであった。途中、横転している装甲車から城崎を救出したりなどあったが一同は無事基地へと到着した。
白鯨、城崎と別れてレンは管理棟に戻る途中、灰崎が隣に並んできた。強化外骨格はすでに脱いでおり、僅かに足を引きずっていた。
「何か、見えたかい?」
灰崎のその問いに、レンは少し考えてから答えた。
「開発者が白鯨に刻んだ言葉を見ました。」
「なるほど、それはどんな言葉かな」
「”誰も死なせないで、誰も殺さないで”でした。」
それを聞き、灰崎は黙って夜空を見上げた。夜の草原に風が吹いていた。
「そうか」
灰崎が発した言葉はそれだけだった。しかし、その横顔は今まで見たことのない表情をしていた。
レンには何かを知っているようにも見えた。
読んでいただきありがとうございます。




