第13話 カスピの風
毎週金曜日の日中に更新の予定です。
カスピ海沿岸北部。
輸送機が着陸し、白鯨を積んだコンテナが貨物ハッチから運び出された。
そこは乾いた風が吹いていた。富士の湿った空気とは全く違う、砂が混じる乾燥した空気であった。地平線まで続く草原、遠くに見える山脈。空は高く、どこまでも続いている。
コンテナが開かれ、白鯨がゆっくりと姿を現す。装甲の発光が今までに見たことがないように力強くゆっくりと脈動していた。第三のメンバーは作業をしながらも、それぞれ思わず白鯨を見上げてる。
城崎が珍しく静かに呟いた。
「……でかい空だな」
白い巨人が、広い空の下に立っている。その姿には失敗作などと呼ばれていた兵器の面影はないように見えた。
灰崎がレンの隣に来て皆に声をかける。
「さて、これからが本番だよ」
それを聞いた皆は力強く頷くのであった。
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カスピ海沿岸北部観測拠点。
表向きは連邦圏国境資源管理局第九観測所、その実態は第九管理区の地上施設である。施設自体は小規模であり、管理棟と格納庫、それと複数の観測塔が建っているだけの簡素な造りであった。周囲は若干の草原に荒れた砂地が広がっており、遮蔽物はほとんどない。
レンは観測塔の上から双眼鏡で周囲を見渡していた。遠くの地平線に僅かに建物が見える。国境付近のかつて集落だった廃墟だろう。今は誰も住んでいないようだった。
「静かですね」
「今は、そうですね」
隣にいた東雲が答えた。
「無人機同士による小競り合いの戦闘は夜間に多いようです。昼間はこうして静かなようです。」
「夜間、ですか……」
「無人機ですから暗闇は特に関係ないんです。むしろ、人間の索敵等に少しでも影響がある夜間の方が都合がいいみたいですね。」
それを聞いてレンは考えた。人間が戦わない戦場。無人機だけが動き、消耗し、そして補充される。それが今のカスピ国境の現実だった。
「白鯨にとってはやりやすい戦場なんですね」
「机上ではそうなります」
東雲は少し困ったような笑顔を見せた。
「でも、実際に動いてみないとわからないことも多いですから」
東雲はもう少し地形データとの照らし合わせをするとのことでレンだけ管理棟へと先に戻ってきた。すると、灰崎が現地連邦軍担当者と話をしているのが見えた。担当者は若い将校で、どこか困惑した様子であった。レンが近くを通りがかった時、話の内容が耳に入ってしまった。
「……カスピ連合側に、少し動きがあったようでして」
「動き、ですか?」
「はい、詳細に関してはまだ不明なのですが。国境基地の無人機配備数が増えているとの報告が入っています」
灰崎の表情が若干曇る。
「増えている、か。なかなかタイミングが悪いですね」
「ただ、それほど大きな動きではないようです。今の所は様子見の段階かと思われます。」
それを聞き灰崎は頷いた。
「わかりました。続報があればまた情報をください。」
担当将校が去っていく。灰崎はレンに気がついて声をかけた。
「聞こえてたかい?」
「はい、少し」
「まぁ、想定の範囲内だよ。僕たちを増援部隊だと警戒しての動きかもしれないしね。」
灰崎はいつも通り軽い口調だった。だが、その目はいつもよりも真剣であった。
その日の夜。実地試験開始、その時が来た。
格納庫から白鯨がゆっくりと出てくる。夜の荒野に白い装甲の発光がだけが浮かんで見えた。中にはシオンも既に搭乗している。
レンは管理棟内にある指揮所にいた。周囲には城崎と東雲、そして灰崎がいる。
「状況開始」
灰崎の声と共に観測塔のレーダーが起動した。
指揮所内のモニターに光点が映る。その数、十機。移動速度及び展開の仕方から見て偵察及び支援攻撃用の無人ヘリコプター六機、主火力である自律戦車が四機だと思われる。
カスピ連合の無人機は、基本的に旧大戦時の兵器を近代化改修したものである。とはいえ、火力は申し分ない。それらが国境付近を哨戒しながらこちらに向かってくる。
「数は想定通りだね」
灰崎が腕を組みながら言った。
「シオン、頼んだよ」
『了解』
短い返答の後、白鯨が動いた。
始まった戦闘は一方的なものであった。夜間というのも白鯨には関係なく、センサーが全周の敵を捉えその動きに一切の迷いがなかった。
無人ヘリが急降下、接近してくる前に白鯨が跳躍。間合いを詰めて一機を掴み、地面に叩きつける。残る五機が散開して包囲しようと動くが、白鯨は包囲が完成する前に内側から突き破る。
その際に追加で二機を撃墜した。
地上では自律戦車が四機展開していた。一二〇ミリの主砲と付属している機関砲の一斉射撃が白鯨に迫る。白鯨は盾を展開して砲撃を受け流し、受け止めながらも前進を止めない。一機に肉薄し、盾で薙ぎ払う。残りの三機が射線の関係で展開しなおすよう動いた。その隙を白鯨とシオンは見逃さなかった。
三機のうち二機の展開先に先回りし、瞬く間に無力化した。残りはヘリ三機と戦車一機、既に戦力は半分を切り勝敗は決していた。
ものの数十秒もかからず残り全てを制圧。もちろん白鯨は無傷である。
戦闘時間、実に四分二十秒。
「……あっという間でしたね」
レンは思わず呟いた。
「白鯨とシオンの組み合わせだからね」
灰崎は端末のデータを見ながら答えた。
「それに今夜の敵は哨戒レベルで、まだ本格的な戦力とは言えない。」
「これが毎晩続くんですか?」
「そうなれば理想的なんだけどね。白鯨一機で無人機の哨戒を全て対処できれば、こちら側の損耗はゼロにできる。」
城崎が腕を組む。
「問題は向こうさんがいつまで同じ手を打ってくれるかだな。」
この城崎の言葉の意味を、レンはこの時まだ深く考えていなかった。
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二日目。
カスピ側の無人機の数が倍に増えた。無人ヘリ十二機、自律戦車八機の合計二十機である。
白鯨はそれを七分で片付けた。
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三日目。
モニターを見た灰崎が珍しく眉を顰めていた。
「……増えすぎだね」
モニターに映る光点は五十を超えていた。さらに今までと違う反応も混じっている。その光点は大きかった。
「これは?」
レンが聞くと東雲が端末を確認した。
「大型の自律兵器です。カスピ連合の切り札的存在のはずです……」
「もう出してきたのか」
灰崎は若干のため息混じりで言った。
「シオン、大型も出できた。無理はしないように」
『把握。問題ない。』
シオンの返答は極めて短かった。
そして、戦闘が始まる。
今日の白鯨の活躍は今まで以上であった。数的有利で圧倒しようとする無人機群を真正面からねじ伏せていく。そして撃破した残骸の後方、草原の奥からそれは現れた。
UA-07《ゴライアス》
全高十五メートルの全長二十メートル。キャタピラと脚部を組み合わせたハイブリッド型の大型自律兵器。上半身は旋回式の重装砲塔構造で、大口径主砲一門と副砲二門、対空機銃を複数搭載している。機動性は極めて低いが、その火力と装甲は単機で拠点制圧が可能であり、カスピ連合が誇る切り札と言っても過言はなかった。
上半身の重装砲塔がゆっくりと旋回し、白鯨に狙いを定める。
「流石に大き過ぎませんか?」
レンは白鯨から送られてくる映像を見ながら思わず呟いた。
「全高こそ白鯨の方が大きいが、全長はそれ以上。」
灰崎は腕を組みながら言う。その声音はいつもより低かった。
「問題は装甲と重量差、そしてあの主砲だ。白鯨でも耐え切れるかどうか、さすがにわからない。」
その言葉が終わる前に第一射が撃たれた。
轟音。
砲弾が白鯨の盾を直撃する。その衝撃は強烈で白鯨の巨体が数メートル押し戻された。周囲の地面が砲弾の余波と白鯨の踏ん張りによって大きく抉れる。
レンの頭に感情が流れ込んでくる。痛みや苦痛ではない、強烈な衝撃を受けてなお前に出ようとする強い意志であった。
白鯨は止まらなかった。押し戻された体勢のまま地面を蹴り、盾を前面に構えて突進する。そこへ第二射が命中し、白鯨が爆炎に包まれる。それでも白鯨の突進は止まらなかった。煙の中から飛び出したその姿は強い光を放っていた。高負荷時特有の装甲の発光である。
ゴライアスの主砲が再び照準を合わせようとする。しかし、白鯨はすでに間合いの内側に入っていた。盾で主砲を横から叩く、砲身が大きく歪みその巨体がよろけた。
しかし体勢を崩すまでには至らず、展開された副砲と対空機銃の一斉射撃。白鯨の装甲に無数の火花が散った。
それでも白鯨は動いた。
歪んだ砲身を両手で掴み、全体重を掛けて押し込んでいく。ゴライアスはキャタピラで地面を削りながら抵抗するが、白鯨は押し続けた。軋む音が響き、砲塔の根本が限界を迎える。轟音とともに砲塔が外れ、ゴライアスは停止した。
動かなくなった残骸の前で白鯨は静かに立っていた。
五十機以上を全滅させるのにかかった時間は約十四分であった。
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指揮所では第三のメンバーが沸いていた。
「すごい……」
「やべぇな白鯨」
「シオンさんも化け物じゃないですか」
整備班の面々が口々に言い、城崎も興奮した様子だった。
だが、灰崎と東雲は複雑な顔をしていた。
「隊長……」
「ああ、やりすぎたな」
灰崎は静かに言った。
「向こうも馬鹿じゃない。三日間でこれだけの戦力を失えば、何かしらの対応をとるだろう」
レンはこの時灰崎と東雲の会話の意味をわかってはいなかった。
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カスピ連合国境のザスロン基地。
ここ数日の直視し難い損害が問題になっていた。特に、基地の大半の戦力と型落ちとはいえ虎の子の攻城兵器まで投入したにも関わらず、戦果を一切上げられなかった今回の戦い。
せっかく敵の増援と思われる部隊の到着に託けて追加した増援も意味が無くなってしまった。
そんな中でも一人だけ、報告書を静かに読み終えた男がいた。
カスピ連合ザスロン基地 基地司令
ヴァシリ・クレイン
報告書を置き、窓の外の格納庫を見る。そこには男の機体が待機していた。
長い沈黙の後、男は口を開いた。
「面白い」
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