第五話 「防衛省直属命令」
横浜港第七号埠頭。
午後十時十九分。
燃えるSUVの炎が、港湾区域を赤く染めていた。
銃声。
怒号。
無線。
コンテナへ弾丸が叩き込まれる音。
そこは既に、警備現場ではない。
戦場だった。
『こちら防衛省統合監査室』
『ヴァルハラCEO獅堂蓮司へ』
『直通回線を開く』
蓮司のイヤーピースへ、低い男の声が流れる。
周囲の隊員たちが僅かに視線を向けた。
防衛省統合監査室。
国家認定PMCを監視する、日本政府最高監査機関。
その直属回線が現場へ入ることは滅多にない。
つまり。
国家がこの案件を“通常事件”として扱うことをやめた。
という意味だった。
「獅堂だ」
『状況を報告しろ』
「ヘルハウンド武装員三十以上」
「港湾爆破工作確認」
「現在交戦中」
『爆発物規模は?』
「推定大型物流停止級」
一瞬。
通信先が沈黙する。
そして低い声。
『……国家経済攻撃か』
「その可能性が高い」
『警察庁の見解は?』
「国家安全保障案件へ移行済み」
『自衛隊は』
「海上封鎖のみ」
また沈黙。
やがて。
防衛省の男は静かに言った。
『内閣安全保障会議が動く』
その言葉の重さを、蓮司は理解していた。
国家安全保障会議。
日本政府最高レベルの危機管理機関。
そこが動くということは。
この横浜港事件が、既に“国家危機”認定されたという意味だ。
『獅堂蓮司』
「何だ」
『ヴァルハラへ特例命令を発令する』
蓮司の目が細くなる。
『国家認定PMC特別行動規定第十二条を適用』
『現時刻よりヴァルハラは、防衛省監督下の準防衛行動部隊へ移行』
空気が変わった。
近くにいたアヤですら、一瞬息を止めた。
準防衛行動部隊。
それは法律上、
“国家防衛補助武装組織”
としてPMCを扱う特例。
過去発令例は、わずか二回。
海外邦人大量救出。
そして首都同時多発テロ未遂。
国家級危機にしか使われない。
『作戦指揮権は現場PMC司令官へ委譲』
『必要なら制圧を許可する』
「……責任は?」
『全て監査対象だ』
即答だった。
蓮司は小さく笑う。
「いつも通りだな」
『PMCに自由はない』
「知っています」
『だから国家は、お前たちを認めている』
通信が切れる。
数秒。
蓮司は夜の港を見る。
燃える車両。
倒れた武装員。
完全武装のヴァルハラ戦術員。
そして。
遠方に見える警察部隊。
彼らは踏み込めない。
法的制限がある。
だがヴァルハラは違う。
国家認定PMC。
監査下の合法武力。
だからこそ。
国家ができない仕事を請け負える。
「社長」
アヤが通信端末を見せる。
「ヘルハウンド、本隊が動きました」
ホログラムに複数の赤点。
コンテナ中央区画へ集結していく。
「目的は?」
「不明」
「爆弾起動準備の可能性があります」
蓮司は即座に判断する。
「止める」
「了解」
「第一班は中央制圧」
「第二班は爆発物確保」
「第三班は港湾制御室を守れ」
隊員たちが動く。
迷いなく。
まるで昔から決まっていた役割のように。
その時。
敵側通信を傍受していた隊員が叫ぶ。
「社長!」
「ヘルハウンド指揮官を確認!」
「位置は!?」
「中央倉庫最上階!」
蓮司は銃を構えた。
そして静かに言う。
「――ヴァルハラ」
「国家防衛任務を開始する」
その瞬間。
黒い戦術員たちが、一斉に港湾中央へ突入した。
国家が認めた武士たちのように。




