22、異端狩り
『精霊信仰』
あらゆるものに精霊の加護あり、と謳う宗教モドキだ。
精霊とは、自然。
森、海や炎に砂漠や雪原といった、所謂自然と呼べるものの結晶の事だ。
この世のすべてに精霊は宿り、生命は精霊にお願いする事で
あらゆる事象は精霊によって司ると信じられている。
だから、とても神とは折り合いが悪い。
神は全知であり、全能の存在。あらゆる生命、事象は神こそが司っていると書かれている。
ここが食い違ってしまえば、行き着く先は争いだ。
自身の信仰こそが至上であると主張する二者は、最悪どちらか滅びるまでやるだろう。
穏健派と呼ばれる者たちも居るが、関係ない。
火がつけば、一瞬だ。
だが、争いが生まれることはなかった。
百年前も、五百年前も、千年前も、大きな戦いが起こった事は一度だってない。
なぜなら、力の差があり過ぎるからだ。
『精霊信仰』は、どれだけ人間を集めたとして、一国ほどにしかならないだろう。それも、規模は小国。上手くいけば中堅になれるかもしれない。
しかも、そこには戦えない子どもや老人も多く含むことになるはずだ。
だが、神はそうではない。
呼べば動く国は十や二十ではない。
小国、中堅、大国問わず、あらゆる国が牙を剥く。
戦力に差があり過ぎる。
だから、争いなどという大層なものにはならない。
起こるのは虐殺と殲滅戦。
弱い『精霊信仰』は、神から、人から逃げるしかなかった。
だから、クララは森に来ていた。
人が居ない、寄り付かない、隠れやすそうな森に。
「居るとしたら、こういう所かな?」
クララは、薄れた前世の知識だが偶には役に立つ、と自分で感心している。
実はこの世界には、アマゾネスやら何たら族やらの秘境に住み着く戦士という概念はないのだ。
なぜなら、危ないから。
森には魔物が住み着く。
人間が今国を、街を、村を作って安心して過ごせているのは、そういう土壌が出来上がっているからだ。
その昔、人間は数を増やし、土地を開拓して、魔物の領域を少しずつ踏み潰していった。勿論、その過程で多大な被害が生まれただろうが、それ以上に人間が増えられた。
何十年も、何百年もかけて、人間の土地が生まれていったのだ。
魔物は獣だが、知恵はある。
外敵が多い場所を積極的に踏み抜こうとする魔物は少ない。人間が人間らしい場所を作り、数を増やす限り、その場での人間は最強の生物だ。
だが、森や洞窟、砂漠や海などの自然はそうではない。
魔物が独自の体系を作り出し、その場を支配している。
人間がそこに踏み込めば、襲いかかって来るのは当然の事と言えるだろう。
そこでは、魔物の方が多いのだ。
魔物に仲間意識はほぼ無いが、人間が群れる動物と本能で知る彼らは、魔物の領域に来た人間を襲う。
だから、人間は未開拓地に住まない。
住めない。
異端は少数としか認識されないため、こんな所に居るなんていう思考が出ない。
先の想定にしても、全てを集めるという不可能な前提での話である。当たり前だが、人はそんな大規模で、皆が同じ行動を取ることはできないのだ。
そもそも人が住む事があり得ない前提だと切り捨てられる。
(でも、もしもがある)
一定の数の『精霊信仰』者がかたまり、森に身を潜めた。そして、その末に安定して暮らせるまでに増えた。
あり得なくはない。
とても低い、奇跡のような可能性だが、あるならここだ。
数十人程度ならば、異端審問官が動かされる事はない。
異端審問官はそれなりの戦力。
万夫不当の駒を、そんなくだらない案件には使われないのだ。
だから、規模でいえば数百から数千。
最悪の場合、万にまで上るかもしれない。
「……ていうか、森ってめちゃくちゃ広いじゃん」
神が指定した以上、トロン王国の中なのは確定だ。
だが、王国の四割は森だ。
そして、トロンは大国でこそないが、規模は小国では決してない。
気が遠くなる真実だ。
森を虱潰しで探したのなら、終わるのはいったい何ヶ月先になるというのだろうか?
クララはそれを思うと、頭が痛くなった。
別に時間がない訳ではない。
他の異端審問官は、王者たちの戦線へ駆り出されている事だろう。クララは彼らの心配はしていないし、何ならアレン以外は死ねばいいと思っている。
だが、戦線は魔物を討伐するのが仕事だ。
王者によって生み出され、束ねられた魔物は数が多く、強い。
まだまだ先の話にはなるが、戦線の魔物を減らすのは、アイリスの助けになる。
いずれアイリスは、『勇者』と共に王者を滅ぼす運命にあるのだから。
(腹が立つ。アイリスにそんな役目を押し付けるなんて)
クララは歩く。
イライラしながら、森の中を探る。
今クララは、普段から見せつけている神聖力を抑えて行動しているのだ。
規模でいえば、いつもの十分の一以下。
溢れんばかりのエネルギーを、外に見えないように、内に押し留めている。
かなり神経を使う作業だ。
これまでの、神聖力をコントロールするのもそれなりに技術が必要ではあるのだが、アレは無理の無い範囲での操作であり、寝ていてもできるほど慣れている。
だが、今は違う。
面倒な作業をしながら、索敵もする。
なかなかにストレスであり、苦痛でもある。
だがもう少しだけ、そこを抑えながらでなければならない。
「!」
そして、クララの足が止まる。
気配を感知した。
まっすぐ自分の元へ向かって来る存在に気付いた。
だが、すぐに溜息を漏らす。
がっかり、という風に目を伏せる。
そんなクララを無視するように、どんどんと音が近づいていく。
枝を踏み潰し、木をなぎ倒し、地を鳴らす音。
するとそのすぐ後に、
「GOAAAAAA!!」
現れたのは、体長四メートルを超える熊だ。
だが、普通の熊ではない。
その丸太のような腕は体の両側に三本ずつ生えている。そのすべてが意思をもって動いている。
鋭い牙と爪はまるで刀剣のようで、力強そうな腕や顎も相まって、ただの鉄の鎧なら紙のように引き裂けそうだ。
それに、熊からもれ出る魔力。
駆け出しの魔術師なら、泡を吹いて失神するだろうレベルで、とても高い。
これの名は、アームベア。
冒険者ギルドがBランク、討伐のために街一つが総力をあげてようやくと定められた魔物だ。
「……人間一人でいたから飛んできたのか」
格下の存在を感知し、走ってきた。
人間という弱い獲物がむざむざ一人で居たのだ。
これを狩りたい、と思うのが魔物である。
これまでクララは一人で魔物に襲われる事もなく歩いてきたが、それは身に纏う神聖力の影響だ。
そこからクララの実力を推測し、格下、およそCランク、村一つが総力をあげてようやく、というレベル以下の魔物は寄り付かなかった。
だが、アームベアはCランクとは比べ物にならない。
強者としての自負が、ここに身を運んだのだ。
中途半端な力を持つ獲物を叩き潰してやろう、という。
しかし、
「良いところに来た、熊」
クララはメイスを振る。
確かめるように、ニ度。
「GOAAAAAA!!」
それを威嚇ととったアームベアは、唸りをあげ、二足で立ち上がって体を大きく見せる。
その叫びは大気を震わせ、周辺の魔物は軒並み逃げた。
そしてただでさえ大きかったアームベアが目一杯大きく広げた体はまるで壁のようで、敵を怯ませるには十分すぎる威力を持っているだろう。
だが、クララはそれを鼻で笑う。
「ちょうど、イライラしてたんだ」
その時、アームベアは一瞬退却を考えた。
間違いなく自分より小さく、弱いだろう人間を相手に、だ。
だが、そのままクララへ走る。
その巨体をぶつけ、押し潰して終わりだと信じて走る。
しかし、それが誤った判断だと知らない。
知恵はあれども足りない熊は、クララが現在力を抑えているという事が分からない。考え付きもしない。
格下だと思っている相手が、実は格上だと気付かない。
森ではずっと、自分こそが強者だと疑わなかったがために。
「バーカ」
フッとメイスが消えた。
消えたように思うほど速く、メイスは振られた。
そのままの勢い、パワーをもってして、アームベアの硬い体にぶつかる。
そもそもが金属のように硬い筋繊維、骨に、分厚くて下手な刃物に負けない毛皮。それを強化しているアームベアに、だ。
硬さと見た目通りのパワー。
シンプルだが、それだけでBランクに分類されているほど強い。
クララ対アームベア。
それは、
拮抗すら許さず、クララが勝った。
衝撃波がメイスを振った方向へ飛び、いくつもの木々が破壊される。
そして、ギュンというメイスを振った音が今追いつき、高々と森の中に鳴り響いた。
それから、ドチャドチャと肉片が落ちていく。
アームベアの血は地面に散り、力を失った残骸がドタリと崩れた。
クララはさも当然のような顔をしている。しているが、戦鎚を持った前衛の凄腕の戦士でも、これはできない。
本来、この魔物は前衛が攻撃を押し留め、後衛が魔術によって倒すもの。物理攻撃がその頑丈さから滅多に通じないのが有名な魔物である。
それを、一撃。
死体を残骸としか言い表す事ができなくなるまでの破壊を与えて。
「はあ、スカッとした。もっと寄ってこないかな、こういうの。ついでに本命が来てくれたら最高だけど……」
結局その後、別の魔物に二度襲われた。
クララは同じく、一撃の元にそれらを殺した。
結局『精霊信仰』の手がかりは、その日一切見つからなかった。




