21、任務開始
夜十時台にもっかい更新します。お願いします、見てください。
世界は、一つの大陸によって構成されている。
たった一つの巨大な大地に、人間を含む全ての陸の生命が存在していた。
本来ならば千切れて散らばる所を、何万年も、何十万年も、神の力によって一つに束ねられているのだ。
その結果としてというべきか、人は団結の力は高い。
国や地区で別れていたとしても、意思疎通を図るために大陸全てで共通する言語があったり、魔物を殺すための技能は積極的に広められたり。
他にも、人種差別が少ない、国同士の連携のための連絡手段が発展している、
宗教というものが、一つしかなかったり。
この世界において、宗教と認められるモノは一つだけだ。
神を崇めるモノ以外は必要ない。
大陸の中央にある聖国が流布するモノのみ、世界には認知される。それ以外は排除される。
これも、一致団結のため。
現存する神こそが、存在する異端を押し退けよ、と言ったのだ。
神は語った。
信じるものを違えれば余計な不信を生む、と。
それに頷く者は多かった。
ただ一つさえ信じれば、避けるべき問題は発生しない。
もちろん、問題が一つ潰れるだけで、また新たな問題が生まれる。宗教を一つにするために弾圧すれば間違いなく禍根は残るだろう。
だが、それは時間をかければ解決する問題だ。
きっと弾圧を受けた親は恨むだろう。だが、その子を宗教によって染めていく。孫も、曾孫も同じくすれば、恨みは薄れていくだろう。
抵抗はあった。
まあ、当然と言える行動だろう。
これまでの自分たちの拠り所が、まったく別の存在に成り代わるのだ。
はいそうですか、と受け入れられる者の方がずっとずっと少ない。
しかし、それも些細な事だった。
なぜなら、ほとんどが神の味方で、他の宗教と呼べるモノが元より数えるほどしかなかったからだ。
頷く者は多かった、とは言ったが、その頷く者はほぼ全てが神を信じていた者だった。ただ、弱くて少ない者が、割りを食っただけの事だ。
その結果、いくつもの宗教モドキは消えた。
ひたすら粘着質に、しつこく、蟻を一匹一匹潰していくように、掻き消していった。
緩やかに、神以外は死んでいったのだ。
だが、それに納得できる人間は居たし、恨みを残し続けた者も同時に居た。
神の予想以上に、人間の執念は強かったらしい。
一部は神の教育よりも根深く恨みを伝え、はたまた、未開拓の領域に村を作り出して考えを残し、さらには神を打倒する組織を結成した者も居た。
少ない異端者の中でも、それらに至ったのはさらに少数だけだ。
勿論、大した影響力など持ち合わせない。
けれども、それから百年経った。
なおも忘れず、覚え続ける者が居る。
さらに五百年経った。
国すら滅びる時間を経てもなお、忘れずに、忘れないように継承されていく恨みがあった。
数を増やし、着々と怨念の火を繋いでいく。
他者を思いやる人の想いが無くならないように、他者を貶める人の想いも無くならない。
生き延び、死んでも次へ、その次へと代わっていく。
千年が経った。
消えていった宗教モドキは、いくつもある。
決して軽い時間ではないのだ。
すべての人間を殺し尽くし、重ねた年月はあらゆる想いを風化させ、最後には何も残らない。
けれども、だ。
時間に負けず、憎しみを糧に足掻き、伝え続ける事ができてしまえば。
そんな事が起こってしまえば、それは狂気だ。強い狂気であり、有り得べからざる奇跡だ。
神が敵と認識せざるを得ない強烈な意志だ。
なにせ、気が遠くなる時間が経過している。
下手をすれば、国一つ分の人数まで増えていてもおかしくはない。
苦しい事に分からないのだ。
どうせすぐに消えるだろうと思っていた弱々しい者たちが、知らぬ間に生き延びていた。予想外も予想外で、これまで気にもしなかった相手がそれなりの戦力を持っている。
しかも、虎視眈々と力を蓄えている知られていない組織もあれば、今も神打倒を掲げる組織もある。
複雑化しすぎて、有効な手がほとんどないのが現状だった。
できる事と言えば、神に仇為す異端を徹底的に殺す事だけだろう。
※※※※※※※※
大陸南部、トロン王国。
一年を通して高い気温と降水量の多さ、広がる広大な森が特徴の中堅国家だ。
南には四体の王の一つである『屍王』の領域が広がるが、最南端であるそことはいくつかの国を挟んでおり、魔物も比較的少数で、まま平和な国だ。
国の義務として『屍王』の戦線に兵士や物資を一部派遣せねばならないが、別に貧しい訳ではないし、目に見えて生活に影響が出る事もない。
つまり、特に何も無い国なのだ。
「…………」
だが、異変というものは必ず起こる。
望もうが望むまいが、外から変化というものを持ち込まれてしまう。もしくは、変化の土台を形作られており、全てが整ってから一気にひっくり返されるか、だ。
例え何年平和が続いたとして、間違いなくそういう時が来るということ。
これもきっと、その一歩のはずだ。
王国の首都にある教会では、異様な空気に包まれていた。
というのも、一人の神官が訪れたのだ。
「あ、あの、本日はどのような……?」
この教会の責任者、司祭が震えた声で声をかける。
彼は、神の下僕の一人として、ひたすらに神のために働いてきた男だ。
そこそこの才能と長年の努力の結果、普通に出世している。
地方の聖職者として、四十すぎて司祭になったのだから、まあ普通に才能がある方だろう。
自分の積み上げてきたものに、それなりの自負を持つ、普通の大人だ。
だが、明らかに歳下の神官に対して、彼は畏怖しか感じることしかできなかった。
「ああはじめに、突然訪問して申し訳無い。本当なら連絡でも入れれば良かったのですが、少し急いでまして」
「は、はあ……」
彼からすれば、娘とも言える年齢だ。
しかし、見た目こそ可愛らしい少女だが、二十年以上聖職者として働いてきた彼には、得体の知れない怪物にしか見えなかった。
実力差というものを、感じ取れたのだ。
彼など、地方の司祭なんて比べ物にもならない。
少女の身に宿るのは、想像もできないほど莫大な神聖力だった。
普通、神聖力は身に纏うものではない。
あくまでも神の力であり、いただくには祈りが必要なのだ。魔力のように、人間自身のものではない。
基本的に祈りに応じた必要な分だけが与えられるし、新たに補充するには祈りが要る。
補充は最低限しか貰えず、貰うにしても手間がかかる。
だから、神聖力が溜まるという事はまずない。
彼が見たどんな神官も、使う時にしか力を感じる事は決してなかった。
必要でもないのにこれというのは、いわばイレギュラー。
司祭は、見た事もない新しい種類の人間を前に、自分よりも格上という事しか分からない。
「ここに来た理由ですが、実はこの辺りに、異端が居まして」
「い、異端、ですか……?」
そんな彼女が言う、異端という言葉に、つい司祭は身構えてしまう。
そんな司祭を冷めた目で見ながら、少女は首に下げたネックレスを彼に見せた。
とある枯れた花の意匠が目を引く、黒いネックレスだ。
花の名前は白磁草。本来は美しい白であり、祭事にはよく献花として選ばれる花だ。
一部では、この花を黒に染めて捧げるという風習がある。主に神に良くない感情を抱く者たちが、だが。
この花が枯れる時には種を残して散っていくのだが、案外繊細な花で、染料などに触れると種が死んでしまう。
それを意匠に使う事を許された者は、現在六人しか居ない。
司祭は驚きと共に目を見開き、次いで納得したようにゆっくりと頭を下げ、膝を床に付ける。
異端、異常な神官と、さらにはネックレスの意匠。
これで分からないはずがなかった。
「い、異端審問官様が、わざわざ……?」
「ええ。神からそう言われました」
異端を殺し続ける、教会の最高戦力。
神から直接言葉を授けられる、選ばれた存在。
極めて高い戦闘能力を持ち、神聖術を完璧に使いこなせる者たち。
彼ら彼女らが異端だと判断すれば、否応なしに異端認定だ。
司祭が恐れるのも無理はない。
「ぼ、私はこの辺りの地理は分かりません。しばらくは、ここを拠点にしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、貴女様の意見に否は言いません。大したおもてなしはできませんが、よろしければ……」
黒髪の少女は左手を司祭に出す。
一瞬呆けた司祭だったが、彼女は強引に手を握った。
握手を求められているとは思いもしなかった司祭は、間抜けな声をあげそうになった。
だが、司祭が何かする前に、少女は言う。
「異端審問官の一人、クララ・ランフェルスです。短い間でしょうが、同じ神の下僕として仲良くしましょう」
名乗りに、握手。
予想外の親愛に、司祭はどうすればいいのか分からなくなる。
目を白黒させるだけだ。
溜息を吐いて、クララは踵を返す。
「夜にまた来ます。この国に居るらしい異端を探してきましょう」
「え、あ、」
「そちらでも、少し情報を集めてもらえると助かります」
焦りを滲ませながら、司祭はすぐに体勢を戻す。
突如現れた、立場の高い人間に驚いたのだ。驚き過ぎて、まともなやり取りが出来ないくらいに。
失礼を働いたと思い、さらに焦った。
せめてできる事をと声を出す。
「い、異端とは、い、いったいどんな!?」
「…………」
クララは足を止める。
だが、振り向かないままだ。
司祭の心臓が痛いくらいに速まる。
汗がじっとりと滲む、嫌な時間を感じていた。
「相手は『精霊信仰』です。一応、お願いします」
それだけ言うと、クララは去って行った。
司祭は安堵の溜息を吐く。
異端審問官の戦闘能力は教会最高。その上、神への強い忠誠を持ち、手段を選ばない事で知られている。
歴史では、異端を滅ぼすために街を一つ更地にしたという伝説も残っていた。
そんな危険な人間の一人が、すぐそこに居る。
司祭とて聖職者、神官の端くれだ。異端は許容できないし、排せるなら排したいが、冤罪や返り討ちの可能性を考えれば、触れたくないというのが本心だ。
だから、不吉でしかない異端審問官が来るなど、恐ろしくて仕方がない。
最悪、あちこちで無用な虐殺が起こると思うと、足が竦む。
彼は頭がイカれている訳ではないし、異端排除の代償に街や国に被害が出る事に頷けない。
たっぷりと時間を置いてから、司祭は部下たちを呼んだ。
早くクララに任務を終えて帰ってもらうために。
仮にも首都の教会だ。
動かせる人員は多いし、支部の教会への連絡の手段もきちんと備えている。
司祭はその日、その全てを動かした。




