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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
44/46

041 そして祈りは希望を結ぶ

 男は墓石の前で(たたず)んでいた。

 町が眠りから解放された(のち)、少なくない数の人間が命を落としていたことが判明し、共同墓地へと(ほうむ)られた。

 居並ぶ墓の中、眼前のものにはグレースの名がつづられ、色とりどりのベロニカの花が(そな)えられている。

 あの悪夢の災厄(さいやく)から、ちょうど三年が経過しようとしていた。


「おじさん!」


 男が振り向くと、リフェールが()け寄ってきた。


「おお、リフェール。久しぶりだな。(めずら)しくきちんとした格好で来たな」


「そう? 前は(いそが)しかったし、こういうのは着なかったかもね」


 リフェールは自分の格好を見下(みお)ろす。

 髪を丁寧(ていねい)に整え、黒い喪服(もふく)に身を包んでいる。

 以前よりたくましさが増し、だいぶ年相応の顔つきになっていた。


「おじさんの方はどう? 問題は起きてない?」


「ああ、平和なもんさ。お前や魔術協会の言っていた悪夢の影響がどこかに出るんじゃないかと心配していたが……案外この辺りは綺麗(きれい)さっぱりなくなったのかもなあ」


 男の返答に、リフェールは「ならよかった」と安堵(あんど)する。

 リフェールがロデュルの(たくら)みを破壊した結果、スロール教団と魔術協会はこぞって事態(じたい)把握(はあく)(のぞ)んだ。

 これには儀式の再起を目論(もくろ)む意志が(から)んでいた。

 だがその目的が果たされることはなかった。

 町ひとつ分の実害を出し、更には人類全てを巻き込みかねなかった事件。 それらの点を踏まえ、普段は自分の領域に閉じこもっている魔術師たちも、見かねて解決と自浄に当たった。

 ロデュルの儀式は人の狂化(きょうか)異形化(いぎょうか)を強制的に(うなが)す危険な魔術と認識され、封印指定された。

 巻き込まれた町には、定期的に魔術師たちが経過を見に(おとず)れている。


「お前の方は、不自由はしていないか?」


「うん、大丈夫だよ。仕事も覚えてきたし、色々楽しんでる」


 リフェールが男に笑顔を向けると、水を差すように声が届いた。


「……楽しむのは結構ですが、監視対象としての自覚がないというのは困るのですがね。おかげで墓参りに付き合わされるし」


 視線を向けると、リフェールから少し離れた後方に、いつの間にか不機嫌そうに立つ少女の姿があった。

 金髪碧眼(きんぱつへきがん)の一見(うるわ)しい容貌(ようぼう)だが、鉄を思わせるような固い雰囲気を持ち合わせている。


「とりあえず辺りを回ってきますので、辛気臭(しんきくさ)い話はとっとと終わらせてください。それと、知り合いとはいえ一般の人間にあまり情報を()らさないように」


 念押ししながら少女はふらりとどこかへ行ってしまう。

 男は思わずリフェールを見やる。


「彼女は?」


「イアンって言うんだ。僕の監視をしてる人。……って、前も言わなかったっけ?」


 リフェールの問いに男は首を(ひね)る。


「会ったような会わなかったような。どうも曖昧(あいまい)だな」


「あー、やっぱり何か魔術で誤魔化(ごまか)してるんだな。ごめんね。多分、変な影響とかはないと思うけど」


「まあ、仕方ないさ。気にするな。お前のことで色々あるんだろうしな」


 謝るリフェールを気遣(きづか)ってやると、彼は申し訳なさそうに苦笑した。

 ずいぶん複雑な感情表現も出来るようになっている。

 現在の環境がいい刺激になっているのだろう。

 男は素直にリフェールの成長の(あかし)と受け取った。


 ロデュル派の魔術師たちはどうにかリフェールを手に入れようと躍起(やっき)になっていた。

 彼さえいれば、人間の脆弱(ぜいじゃく)な精神や肉体からは脱却(だっきゃく)できる。

 その考えは(あと)()たなかった。

 リフェールはこれに対し、カイルと懇意(こんい)にしていた魔術師へ(わた)りをつけ、自身の立場について説明した。

 実直に、この世界で生きていくことと、いまだ残る悪夢の痕跡(こんせき)を自分がどうにかしたいという話を伝える。

 結果、その魔術師を始めとした穏健派(おんけんは)の者たちが、リフェールを監視し、力の制御を覚えさせる、ということで話がまとまる。

 とはいえ、ほとんどは名目上であり、今のように外出も許されている。

 ロデュルに付き従っていた派閥(はばつ)が、先導者であるロデュル自体の喪失と、粛清(しゅくせい)の対象となって勢力を減退したのが大きかった。


「……グレース、ただいま。僕は元気でやっているよ」


 リフェールが墓へ花を供え、呼びかける。

 その下で眠る少女に。


「最近は色んな事を覚えたよ。魔術のこともそうだし、料理も自分で作るようになって、国や歴史のことを学んだり。それからまた絵を描き始めて。あと歌も。久しぶりだからどっちも下手だったけど、次に来るときは披露(ひろう)しようかな」


 リフェールはとても楽しげに語っていく。

 男も、じっと感じ入るようにその姿を眺める。

 だがリフェールの表情がわずかに(くも)る。


「……でも代わりになんだか……昔のことが、すごく遠くなっているような気がする。あんなにたくさんのことがあったのに。グレースと一緒にいて、カイルと出会って……あの悪夢のことさえ、本当にその通り、夢だったんじゃないかって。おかしいよね?」


 自嘲(じちょう)するように言うリフェールだが、笑顔は作れていない。

 続ける言葉を()くしたように、視線を地面へ落とす。


「リフェール、それは決しておかしいことなんかじゃない」


 男はリフェールの背中に手を()える。

 リフェールが口にしている話は、人間には至極当たり前の出来事だ。

 どれほど膨大(ぼうだい)な感情の波と記憶の(たば)も、時は(ゆる)やかに押し流し、いずれ昇華(しょうか)させる。


「お前の感じた(さび)しさや悲しさを、お前の出会った人々が持って行ってくれているんだ。だからそれは決しておかしいことでも、まして(なげ)くことでもない。お前はこの先を、精いっぱい生きればそれでいい」


 リフェールは驚いた顔をしていたが、やがていつもの純真な笑顔に戻っていた。


「そっか……ありがとう、おじさん。ありがとう、グレース、みんな」


 礼を告げ、リフェールはそっと墓前に祈りをささげた。

 やがて顔を上げ、使い込んだテンガロンハットを(かぶ)る。


「僕は、誰かを助ける自分になるよ。グレースが僕にそうしてくれたように」


 リフェールは戻ってきたイアンという少女と共に旅立っていく。


「またね、グレース。またね、おじさん」


 手を振り、別れを告げる。

 男もひたすら手を振り返した。

 ひとり墓地へ残った男は、もう一度少女の墓を見る。


「……ありがとう。君の祈りと思いは、あの子に届いているよ」


 そして男も墓地を後にする。

 供えられたベロニカの花が、返事をするようにそよいでいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 悪夢に終わりはない。

 生きていればまたどこかで遭遇(そうぐう)し、困難や理不尽(りふじん)(もてあそ)ばれる時もある。


 少年は怪物に追われていた。

 家族を惨殺(ざんさつ)され、絶望の中をひた走る。

 父に買ってもらった靴は片方失くした。

 母になでそろえてもらった髪の毛はぐしゃぐしゃに振り乱れている。

 妹にプレゼントするはずだったおもちゃを握り締め、裸足の片足が血を流すのも構わず逃げ続ける。

 怪物の息づかいがすぐ(そば)に迫っているような気がした。

 涙で視界がにじむ。

 足がもつれ、倒れ込んだ。


「あっ、ああああっ、あっ」


 早く立たなければ。

 そう思って動くものの、体は想像ほどついてこない。

 必死に急いでいるのに、瞬時の動作が(にぶ)く感じられるほどもどかしい。

 影が少年に(おお)いかぶさる。

 恐怖に喉から悲鳴がこぼれた。

 だが次の瞬間、少年に届いたのは場違いに明るい声だった。


「大丈夫?」


 少年が顔を上げる。

 そこには黒髪に赤い瞳をした青年が立っており、手を差し伸べていた。

 呆然(ぼうぜん)としていると、青年は少年の肩に手を置いた。


「もう平気だよ。君の悪夢は、僕が引き受ける。安心して」


 絶望を見抜くように告げる言葉と、底抜けの笑顔。

 少年はわけが分からなかった。

 けれど理由もなく安心が湧き起こり、その場で泣き出した。


「よく頑張ったね。……イアン、この子の手当て、お願い」


 青年の背後から無愛想(ぶあいそう)な少女が現れ、少年の怪我(けが)渋々(しぶしぶ)といった様子で()る。

 戸惑(とまど)う少年は、二人が何者なのか(たず)ねようとし。

 そこへ怪物がやってきた。


「ひっ……!」


 家族を切り裂いた、狼の(ごと)き異形。

 恐怖がよみがえる。

 まだ若干距離があるが、すぐに駆け寄ってくるだろう。

 そうなれば一巻の終わりだ。


「やあ――君は悪夢生まれ? それともこっち生まれ?」


 青年が、友人に話しかけるかのように気軽に声をかける。

 怪物の目付きが鋭さを増す。

 しかし奇妙なことに、踏み込んでこない。


「どちらでもいいでしょう。肝心(かんじん)なのは、ロデュルが作った悪夢の爪痕(つめあと)は、まだまだ残されているということです」


 イアンと呼ばれた少女が青年へ言い切る。

 青年は、少女の率直な物言いに、動じた様子もなく深く頷く。


「そうだね。悪いけれど、君にこの子を殺させるわけにはいかない。代わりに僕が君の相手をするよ。それが僕の使命だから。――〈(パイル)〉」


 青年は、手から白い槍を生み出す。

 肉体を突き出てきた不気味さとは裏腹に、見る者の心をつかんで離さない、美しさと神聖さがあった。


「さあ、悪夢を終わりにしよう」





2020/11/10 一部表記を修正

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