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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
42/46

039 天明

 その町は静かに夜明けを迎えていた。

 悪夢に取り込まれ、狼獄の街の風景を形作っていた災禍(さいか)の跡地。

 朝日に照らされながら住民たちが眠りから解放され、次々に何があったのかと戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

 男――リフェールとグレースが悪夢の中で助け出した男性だ――もその中にいた。

 彼は真っ先に動き、町の様子を見に行く。

 すると異変に気が付く。

 町の中心が、そこだけ天災にでも()ったのか、放射状に吹き飛んで崩壊していたのだ。

 地肌をさらす大地の周辺にはまとまった瓦礫(がれき)が散乱し、衝撃の(すさ)まじさを物語っている。

 およそここに生きている人間はいないだろうと思われた。

 だがひとつの人影があった。

 人影は地面に(うつむ)くようにして座り込んでいた。

 生き残りだろうか。男は近づく。

 予想より人影は大きい。

 いたのはひとりではなかった。

 近寄ると、座り込んだ黒髪の青年と、その腕に()かれている銀髪の少女の姿が目に飛び込んだ。


「グレース……ごめん、ごめんよ……」


 青年は少女をかき(いだ)き、悲しげに肩を震わせて泣いていた。

 少女の方はぴくりとも動かない。血の()の引いた様子で、体には何かで突き刺されたような大穴が()いている。

 無残(むざん)な傷とは裏腹に、その顔はまるで使命をやり()げたように穏やかで、安らぎに満ちている。

 二人の周りには、どこからか(ただよ)ってきたのか、灰色の花びらが舞い落ちていた。

 魔術師でない男に悪夢の中の記憶はなく、青年にも見覚えはない。

 しかし男は青年が(なげ)いている理由を察した。

 恐らくここで起きた何かのせいで、彼は大事な人を()くしたのだ。

 青年はひたすらに泣き()れている。


「おい、君――」


 放っておけず、男は青年へ声をかけた。

 瞬間、辺りの瓦礫の一部が凄まじい勢いで吹き飛び、中から何者かの姿が現れた。


「……何故(なぜ)だ!? 何故、(こば)む!?」


 血走った目をした老人――ロデュルだった。

 あちこち傷付き荒く息を()いてはいるが、魔力は健在だった。

 ロデュルは青年――リフェールを(にら)み付ける。

 その(うら)みがましい視線や発する不気味な雰囲気は、(はた)で見ている男にすらはっきり危険と分かるほど異質だった。


「何故、お前のために用意された道を受け入れない!? 何故、私が手に入れられなかった物を初めから持っているお前が、そんな真似(まね)をする!? たかが小娘ひとりがなんだというのだ! そんなことでお前は、お前に与えられたものを捨て去るというのか!」


 明らかに独善的な言葉をぶつけてくるロデュルに、事情を知らぬ男も思わず鼻白(はなじろ)む。

 口出ししようとするも、先にリフェールが答えを返した。


「父さん……もう、もう無理だよ」


 リフェールがゆっくりと首を振る。グレースを一層強く抱きしめる。

 彼にはもう、知ってしまった思いがあった。


「グレースが、ずっと僕を守ってくれていたんだ……本当の意味でこの先の世界を生きるために……だから僕はもう、あなたには従えない。あなたの与える世界にはいられない」


 取り戻した記憶が、悪夢の中の歩みが、ロデュルの作る道を選ばせなかった。

 ロデュルが紅潮(こうちょう)を通り越して青ざめるほど憤慨(ふんがい)し、銃を構えながら(わめ)き散らす。


「ふ、ざけるな! 貴様がそんなことを口にしていいと思っているのか! 余計なことなど考えるな! お前は、私が、がっああああ!?」


 ロデュルの叫びに何かが割り込んだ。

 青黒い(つる)が老魔術師の体を貫き、持ち上げる。


「キャハハハハ! お父様お父様お父様! キャハハハハ!」


 耳障(みみざわ)りな嬌声(きょうせい)と共に、少女の姿が生えた肉塊(にくかい)が地面から飛び出してくる。


「な、何だありゃ!?」


 現実では初めて目の当たりする異形に男は仰天(ぎょうてん)する。

 リフェールも思わず目を(みは)る。

 倒したはずのリルが何故ここにいるのか。

 よく似た姉妹か、あるいは本体が外へ逃れていたのか。


「かっ、し、失敗作、が……! 離せ、この間抜(まぬ)け――」


「イ・ヤ。いただきまーす」


 狼狽(うろた)身悶(みもだ)えるロデュルを、リルは(うれ)しそうに肉塊の大口を開け、そこへ向けて放り込む。


「まっ――」


 リフェールの時とは違い、抵抗する間もなく口が閉じた。

 ぐちゃぐちゃと咀嚼音(そしゃくおん)が響く。

 断末魔(だんまつま)は上がらなかった。


「キャハハハハ! これで一緒、ずっと一緒よ、お父様! キャハハハハ!」


 あまりの出来事に、男もリフェールも呆然(ぼうぜん)となる。

 世界全てを飲み込み、知恵ある者を神へと押し上げ、更にそれを支配する神へと至ろうと画策(かくさく)した老魔術師は、あっさりとその野望(やぼう)生涯(しょうがい)(まく)を閉じた。


「これで私が完璧(かんぺき)だから~、出来損(できそこ)ないのお前はいらない。あとただの人間もお父様の世界にはいらない」


 リルがこちらを振り向き、敵意をぶつけてくる。

 既にロデュルの目論(もくろ)んだ新世界の構築はリフェールが壊してしまっているのだが、リルの中では終わっていないらしい。


「……おじさん。逃げて」


 リフェールが告げる。

 恐怖に固まっていた男は、震えながら青年を見返す。


「に、逃げろって……君はどうするんだっ?」


「僕は、あの子と戦う。悪夢を終わらせる、そう約束したから」


 リフェールが〈(パイル)〉を構え、真っ直ぐに前を向く。

 どこか覚えのある赤い瞳。

 あの時は茫洋(ぼうよう)としながらも子供のように純真な(まぶ)しさがあった。

 今度の目は、奥に悲しさと優しさを秘め、荘厳(そうごん)な意志をたたえている。

 男は青年の決意を悟る。そして言った。


「その子、預かろう」


「え?」


(かか)えたままあれには立ち向かえないだろう。大事な子なんだろう? 私が守っていよう」


「……ありがとう、おじさん」


 よほど大事な相手であることは想像に(かた)くないが、青年は信頼した様子で男に少女を(たく)した。

 男も青年のことを、その意志と使命を、わけもなく信じていた。

 見たこともない怪物に立ち向かうというのに、死地に(おとず)れるだけの状況でしかないのに、必ず成し遂げて帰ってくると、信じて疑わなかった。


「いいか! 必ず生き残れ! 戻ってくるんだぞ! 約束だからな!」


 男は、少女を大切に抱えてその場から離れる。


「ありがとう……必ず」


 駆けていく男の背に、もう一度青年の感謝と決意の言葉が届いた。


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