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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
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037 嘆きの果てに

「リフェール様!」


 グレースはやっとの思いで聖堂にいる(あるじ)の元へ辿(たど)り着いた。

 だがリフェールは黒狼と(なか)融合(ゆうごう)した姿で苦しんでいた。


「っ――あああああああ! うあああああああああ!?」


 急いで(そば)()けつけようとする。

 しかし行く手を(ふさ)ぐようにロデュルが立ちはだかる。


「どうやってここへ来た? この神域(しんいき)は死者の立ち入れる場所ではないぞ?」


「さあ……きっとどこかにお節介(せっかい)な魔術師がいたんでしょう」


 軽口を叩きながら剪刀(せんとう)を取り出し構える。

 ロデュルが不快そうに(まゆ)を寄せ、グレースの身に起きた出来事を看破(かんぱ)する。


「風の加護……なるほど、カイル・ノートか。神化(しんか)の誘いを断ったあげく、こんな所でも邪魔をするとは。お前といい、つくづく不愉快な人間だ」


 グレースはロデュルがカイルを知っていたことに驚く。

 同時に、彼らに(くみ)しなかったという話に、改めてカイルへ感謝と畏敬(いけい)の念が湧いた。

 ロデュルが居丈高(いたけだか)に口を開く。


何故(なぜ)、私の気に(さわ)真似(まね)ばかりする。何故、お前たちはくだらない信念ばかり持って生きるのだ」


「くだらない、ですって?」


「そうだ。カイル・ノートは強者だった。だが奴は『金のため』などという低俗な価値観に流され、自らを新たな段階へ進める機会を永遠に失った」


「それの何がいけないというのです?」


「強者には(おのれ)の力を振るう義務と責任がある! 世界をより良い方向へ導く使命を(にな)っているのだ! それを放棄(ほうき)した人間などただの愚者(ぐしゃ)に過ぎん!」


 ロデュルが敢然と否定する。朗々とした声が聖堂内に響き渡った。

 リフェールを助けることしか頭にないグレースさえ、一瞬気後(きおく)れするほどの熱のこもりようだった。


「リフェールには(うつわ)としてふさわしい才能がある。愚者を間引(まび)き、真なる知恵を持った魔術師たちに祝福を与える次代(じだい)の世界の神としての器が。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これをただ見過ごすような真似ができるものか!」


 グレースは、傲然(ごうぜん)と告げる言葉の中に、ロデュルの妄執染(もうしゅうじ)みた思いが混ざり込んでいるのを聞き逃さなかった。

 本人は気付かないまま、ただグレースを敵視する。


「これは私の息子だ。私が好きに扱って何が悪い。何故、邪魔をするのだ!」


「……あなたには一生分からないままでしょう。あなたの理由がどうあれ、私の取るべき行動はひとつです。彼を解放する。それだけです」


 真剣な眼差(まなざ)しを返すグレースに対し、ロデュルが鬱陶(うっとう)しげに鼻を鳴らす。


「出来るものならやってみるがいい。既に儀式は整っている。リフェール(これ)が元に戻れば全ては終わる」


 獣と()け合うリフェールを示し、ロデュルは不敵な笑みを浮かべる。


所詮(しょせん)お前ごときが(あらが)える定めではないぞ」


「っ、リフェール様!」


 自己を見失っていく(あるじ)を呼び戻そうと、グレースは必死に叫び、老魔術師に立ち向かう。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 リフェールは闇に落ちていく意識の端で、決死の覚悟で立ち向かうグレースと、それを迎え撃つ父ロデュルの姿を(とら)える。

 ロデュルの対応は苛烈(かれつ)だった。

 逃亡した自分たちを見つけた時のように、容赦(ようしゃ)なく力を振るう。

 あの時は痛めつける目的で加減されていたが、今は違う。

 剪刀から(つる)を出すグレースの(つたな)い魔術では、ロデュルの莫大(ばくだい)な魔力には(こう)しきれない。

 炸裂(さくれつ)する魔術を前に、彼女は何度も吹き飛び、傷付いていく。

 その(たび)にリフェールは血を吐くような思いを味わった。


(もう、もう守らなくていいから……僕が君を、殺してしまったのに……!)


 これは(むく)いだ。

 自分が外の世界なんか求めたりしたから。

 (ばっ)せられるべきは自分なのだ。

 だというのに彼女はまた傷付いている。

 守られる必要などない。

 このまま闇に(ゆだ)ねて消えてしまえばいい。

 そうすれば何もかも終わるのだ。


 ――本当にそれでいいのか。


 誰かの声。一人ではない。聞き覚えがある。


 ――本当に終わってしまっていいのか。お前の身に起きた、全てを()くしてでも。


 それは今まで出会った人々の声だった。

 悪夢から助け出した男の声。カイルの声。執事や歌を教えてくれた女性の声。リルや父の声もする。

 グレースの笑顔がよぎる。

 そして自分の声がする。


「本当に、それで、いいのか」


 闇に(つつ)まれ地に()したリフェールを、半身が冷たい表情で見下ろしている。


「……だって、だってどうしたらいいんだ! グレースはずっとずっと僕を守ってくれていた……なのに僕は、彼女を殺してしまったんだ! 自分がどうすればいいのか分からない、分からないんだ!」


 リフェールは泣きながら(うった)える。

 殺してしまったグレースの思いを、自分はずっと何も知らずに受け取っていた。

 一体何をすれば(あがな)えるのだろう。

 自分には何もない。出来ることも、知っていることも、与えられるものも何一つとしてない。

 それでも報いなければならないなら、どうすればいいのだろう。

 もう自分の命を()やす以外、思い付かない。


 半身が指を差す。

 闇の外、戦うグレースの様子。


「リフェール様!」


 呼びかける声が、痛みを(ともな)ってリフェールの意識を()まさせた。

 グレースは一切(ひる)むことなく、ロデュルへ挑み続ける。

 何故? 自分を救うため。

 何故? それが彼女の使命だからだ。


 自分に救われる価値などあるだろうか。

 助かったとして、この先何を()せることがあるのだろうか。

 だがそんなことは関係ない。

 大事なのはただ、グレースが自分を助けようとして戦っていることだ。

 だから――本当にこのまま消えてしまっていいのか。


(――そうだ。なかったことになんて、しちゃいけない)


 向き合わなくてはならない。自分の罪と。

 立ち上がらなくてはならない。彼女の思いに(こた)えるために。

 まとわりつく闇の中から、リフェールは()い上がる。

 半身はまだ冷たく見下ろしている。

 何故、自分は自分を無意識に二つに分けたのか、その意味をはっきりと悟った。


「ずっと君が……代わりに憎んでいたんだ。泣いてくれていたんだ」


 記憶の欠如(けつじょ)情緒(じょうちょ)放棄(ほうき)

 そのどちらもが、自らの罪に耐えかね逃避を選んだ結果だった。

 悪夢とはすなわち自分自身だった。


「なら、今度は僕がそれを背負わなくちゃ」


 立ち上がる。

 半身は、もうこれで泣かなくていいのだというように、目を伏せてリフェールの方へ近づき、ふっと(かさ)なり()け合った。

 全てを取り戻した。記憶も、罪も、痛みも、何もかも。

 行かなくては。自分はここを出ると、約束したのだ。


「悪夢を、終わらせるんだ……!」

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