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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
37/46

034 終焉の玉座

 ステインはあり得ない出来事に目を見開いていた。


何故(なぜ)あの小僧に反応する……?」


 大穴(おおあな)()いた壁の向こう、礼拝室(チャペル)の中でエフリールと名乗った青年は狼に組みしだかれていた。

 (きば)が迫り、今にも頭ごとかじり取られそうな状態だ。

 ステインは咄嗟(とっさ)に助けるかどうか迷った。

 才能ある(うつわ)としては()しい。自分の支配を受ける前提であるならば十分使い道のある(こま)になるだろう。

 だが先に息子が反応した不可解さの答えを見つけるべきだ。

 かろうじて牙と拮抗(きっこう)しているエフリールを、ステインはより深く観察する。

 魔術による探査も駆使して内奥(ないおう)を調べ、そして覚える違和感。

 (かす)かな花の香りが(まぎ)れ込む。


「……まさか」


 ぎろりと(にら)むステインの眼前では、エフリールが狼を跳ね飛ばして起き上がる。

 手に骨の槍を生み出し、魔術による身体操作での強化を(ほどこ)すと、狼と本格的に対峙(たいじ)する構えに入る。

 その瞬間、ステインは狙いを定めてエフリールの胸元を(かす)めるように魔力を込めて銃弾を(はな)った。


「っ――」


 不意打ちにたじろぐエフリールの体から、手の平に収まるような小さな包み袋が(はじ)け飛んだ。

 床に落ちた袋からは白色の花びらが無数に散らばった。ベロニカの花だ。

 ステインは改めてエフリールに目をやり――そしてその正体と、何が起きていたのかを理解した。


「なるほど……偽装に偽名……グレース(あの小娘)、私を(たばか)ったかっ」


 ステインにとっては大きな邪魔はこれで三度目だ。怒りで頭に血が上る。

 しかしその怒りもすぐさま息子(リフェール)を見つけた喜びに打ち消された。

 人の姿を保った息子と、狼の姿をした息子とをそれぞれ見やる。


「リフェール! お前はあの時、自分を二つに割ったのだな!? 私がこの街でお前の後を追えなくするために!」


 ステインは叫び、自らも偽装を()いた。

 壮年の紳士の顔が、狂気と狡猾(こうかつ)さをにじませた老人へと変わる。


(とう)、さん……」


 それはリフェールの記憶の中で、(もや)をかけられたように曖昧(あいまい)だった、父ロデュルの姿であった。

 動揺(どうよう)する息子に、ステイン――ロデュルは(ゆが)んだ笑みを向ける。

 本来、リフェールには位置を報せる信号が、ロデュルの施した魔術によって発せられている。

 予定外の街への混入の後、その信号はかなりおぼろげな反応に変わってしまっていた。

 それゆえロデュルは一息(ひといき)にリフェールの足跡(そくせき)辿(たど)ることが出来なかった。


()の抜けたお前にもそんな悪知恵(わるぢえ)を働かせる頭があったとは……それともこれもお前のメイドの入れ知恵(ぢえ)か? だが結局のところ、こうして見つかってしまえば意味はない」


 ロデュルは銃と魔術を構える。

 多少傷つけてでもリフェールを厳重に取り押さえようとして、直前で手を止める。

 慈悲(じひ)ではない。先に狼の形をしたリフェールが、人の姿をしたリフェールへ再び()し掛かったからだ。


「ぐっ!?」


「自らの半身であればお前に反応するのは自明の理だな。形からすれば獣性と理性……面白いではないか。せっかくだ。自分自身と殺し合うがいい。どちらが生き延びようと結果に変わりはない。一つに戻ったその時、お前は終焉(しゅうえん)()らう御子(みこ)となる! そして世界の変革(へんかく)が始まるのだ!」


 ロデュルの哄笑(こうしょう)が聖堂に響き渡る。

 御子の半身が近付き合ったことで、空が、星が、月が、太陽が、動き始める。暗澹(あんたん)とした雲が黄昏(たそがれ)を迎えていく。

 街は(とら)われた人間を、そして外にある現実をも侵蝕(しんしょく)しようと(とき)を刻み出していく。

 大いなる神性(しんせい)が、それに()れられぬ人間を駆逐(くちく)し、魔術の深淵(しんえん)を知る者だけを引き上げようと(うなが)していく。


 終焉が迫る。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 庭園の花を世話しようと外に出たグレースは、突如(とつじょ)胸を刺すような動悸(どうき)を感じ、水差しを取り落として顔を上げた。

 街が、空が、(うごめ)いている。

 前にリフェールが戻ってきた時の異変とは動きの大きさがまるで違う。

 外へ向けて(あふ)れ出そうとしている。


「っ――リフェール様!」


 (あるじ)の身にかつてないほどの危機が訪れている。

 心当たりがひとつあった。

 リフェールの父、ロデュルの存在。彼にリフェールが見つかった。

 グレースは思わず駆け出していた。

 自分に何が出来るわけでもない。今から行っても追いつかない。そもそも辿り着けもしない。

 分かっている。それでも止まらなかった。


「リフェール様!」


 名前を叫ぶ。届くはずがなくとも声を振り絞る。

 (うつ)ろに消えかけていく街の人々を、進化を(うなが)され(もだ)える異形を(かえり)みず、ただひた走る。

 だがやがて限界が来る。

 進めない。領域を隔絶(かくぜつ)されたように体は重く拒否を示し、消失を警告する。


「……どうして? どうしてあの人の元へ辿(たど)り着けないの?」


 膝をつく。涙がこぼれた。


「どうして助けに行けないの? (いの)るだけしか出来ないなら、どうしてこの体は残っているの!? 何の力にもなれないなら、私がここにいる意味は一体何だと言うの!?」


 懇願(こんがん)して手を伸ばす。

 掲げた(はし)から自分の手が光となって散っていく。

 痛みはない。だが続ければ完全な消失に至るのは明白だ。


「お願いよ……私はあの人を助けなくてはいけない。あの人は言ったわ、『僕の代わりに君は世界を見てきて』って。なのに私にはもうそれが出来ない。だからせめて、あの人をここから助け出さなければ……」


 グレースは消えるのも(いと)わず腕を押し出そうとする。

 しかし街は無慈悲に拒絶し、形を保てない。

 生者でないグレースには奥へ入る資格がない。

 (あるじ)を信じてただ待つか、消失しようとも前へ進むか、葛藤(かっとう)する。

 不意にぽとり、と何かがグレースの脇に落ちた。


「これは……カイルの弟さんの……」


 リフェールから預かった、カイルの弟のハンチング帽だ。

 グレースが取り出した覚えはない。まるで何かに応えるように自然とこぼれ出てきた。

 風が吹いた。グレースの周りを包むように。

 力の入らぬ足を浮かせ、拒絶しようとする街から守る鎧となって、風が走る。


「この風は……カイル! あなたなの!?」


 返事はない。

 代わりに風はグレースの身を街の奥へと運ぶ。(いと)しき(あるじ)の元へ。

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