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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
36/46

033 影

 リフェールはアーチ状の身廊(しんろう)――聖堂中央を通る廊下を進んでいく。

 空気が重い。外の肺まで()み渡る冷気と比べると、中は深海の底だ。

 一息ごとに死を吸い込むようで、立っているだけで疲労感が()し掛かる。

 異形もうろついている。だがこれまで見てきた異形とは(おもむき)が違う。

 側廊(そくろう)から襲い掛かってきたのは、鎧の騎士と天使のような羽根を生やした乙女(おとめ)だった。

 鎧騎士は中身がガスのように()らめいており、剣を振るってくる。

 乙女は瞳のない赤い目を向け、甲高(かんだか)嘲笑(あざわら)いながら槍を振り回してくる。

 初めて目にする人型の敵に、リフェールは目を(みは)りつつ身をかわす。

 彼らはスロール教団や魔術協会が作り上げた、神性を得た(うつわ)のひとつの成果であり、神域(しんいき)を守る役目を持った尖兵(せんぺい)だ。

 もっとも人としての理性の消失という特徴は変わらない。

 より上位者の(めい)のみ聞く生きた人形でしかない。

 そんな素性など知らぬリフェールは、行く手を(はば)む彼ら異形の兵を打ち倒し、奥の祭壇(さいだん)へと足を踏み入れる。

 胸騒(むなさわ)ぎはどんどん()していく。


「……ほう。お前も追いついてきたか」


 感心したような声。ステインがいた。

 彼は銃をこちらへ向けて牽制(けんせい)しつつ、祭壇の中心にうずくまる異形を魔術で押さえ込んでいる。


「エフリールと言ったか。ここに至れるということは、お前には器としてそれなりに資格があったらしい。存外(ぞんがい)、スロール教団も魔術協会も無能ではなかったようだ。だがそれもここまで。お前自身に意図(いと)があるにせよないにせよ、これ以上の立ち入りは無用だぞ」


 ステインがしたり顔で何やら語っているが、リフェールの耳には一切(いっさい)入ってこなかった。

 リフェールの視線はただ異形の方へ一心に(そそ)がれている。

 そこにいたのは漆黒(しっこく)の狼だった。

 初めに遭遇(そうぐう)した人狼(ウェアウルフ)に近い形だが、その身はあらゆる部分が光を吸収するような闇に()まり、もはや黒狼(こくろう)というより影に等しい。

 目を引くのは大きな槍が左胸に突き刺さっている点だ。

 背中側から貫かれた傷口には、影の色と同化した(いばら)()え、(から)み付いている。

 傷はステインの手によるものではない。(ほどこ)されている魔術の拘束(こうそく)(くさり)の形をしている。

 この異形は元々こういう形なのだ。それがなんとなく察せられた。

 視線が外せない。狼と息づかいが同調する。魂の深い部分が、もぎ取られるように()かれ合う。


「……どうするつもりなの?」


 当惑しながらリフェールはそんな言葉を口にしていた。

 考えがあったわけではない。落ち着く時間を稼ごうと咄嗟(とっさ)に出た行動がそれだっただけだ。


「全てを終わらせる。あの時はグレース(メイドの小娘)に邪魔をされたが、ようやくこれで私の悲願が結実(けつじつ)する。神秘を理解しない(おろ)かな民は駆逐(くちく)され、我々神があらゆるものを飲み込み支配する」


「……我々?」


「私と息子だ。おっと、お前には異形にしか映らんか? これだよ」


 ステインは(あご)でしゃくって影の狼を示す。


「理解できたか? いや、しなくても構わん。いずれにしろこれは我々親子の問題。他の人間が介入する余地などない。この街も全て私が用意したもの。息子を頂きへ至らせるために作り上げたのだ」


 愉快そうに顔を(ゆが)ませながらステインが銃を撃ってきた。

 リフェールは反射的に〈(ベイル)〉で防ぐ。

 弾丸が体の表面を(かす)め、軽くはない衝撃が走った。


「……()しいな。それだけの力があるのは。どうだ? お前も一緒に私と息子が作り上げる新世界の民にならないか? 才覚のある人間は力を振るう義務がある。そうした機会がただ失われるのを見るのは忍びない」


 ステインが大仰(おおぎょう)に手を広げ、語りかけてくる。

 ただでさえ困惑している所に話を持ち掛けられ、リフェールは理解が追い付かず、唖然(あぜん)となるしかない。


「以前、街で見かけた魔術師にも声をかけたことがあった。そやつは『金稼ぎにしか力を使う気はない』などと下らんことを言っていたがな。お前はどうだ? よく考えるがいい。世界をより良く変革(へんかく)するために自らの力を使う。これほど正しい行い(おこな)は他にない」


 よどみなく()げるステインの言葉は、意味をほとんど分かっていないリフェールにとっても無条件で信じてしまいそうな力強さが()められている。

 内容の正しさではなく、そこに付随(ふずい)する他者の心を震動(しんどう)させるものが無類(むるい)の説得力を持たせる。

 それは作為的な誘導(ゆうどう)であり、魔術による手管(てくだ)でもあった。

 だが――


「グウウウウウウ……! グオオオオオオオオ!」


 突如、狼が咆哮(ほうこう)し、拘束を打ち破った。


「何っ!? 馬鹿な、グレイプニルを……!?」


 驚愕するステインを狼が襲撃する。

 大きく跳躍(ちょうやく)してステインはその場を逃れる。

 狼は歯噛(はが)みするステインを差し置いて急転、リフェール目掛け突進してきた。


「うあっ!?」


 避けきれずまともにぶつかり、壁を破壊しながら奥の礼拝室(チャペル)へと雪崩(なだ)れ込む。

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