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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
35/46

032 悪夢の行方

 過去が()け込んでくる。

 そこは暗く大きな広間だった。

 きらびやかな燭台(しょくだい)の明かりがぼんやりと照らす中、大勢の人間が饗宴(きょうえん)にふけっている。

 白い布をかけられて居並んだテーブルの上には豪勢(ごうせい)な酒と料理が盛られており、人々は飲み、食い、歓談して(うたげ)を楽しんでいる。

 一見すれば単なるパーティーの光景だが、異常だったのは参加者の全員が一糸(いっし)まとわぬ(はだか)だったことだ。

 広間に響き渡る笑い声は淫蕩(いんとう)さに満ちており、(ただよ)う空気も(ねば)ついている。

 流れ込んできた記憶の嗅覚(きゅうかく)でははっきりと伝わってこないが、この広間には性欲を刺激する(こう)()かれている。


 彼らは皆、魔術師だった。

 とある目的のために屋敷へ(つど)い、儀式を行なう予定だった。

 やがて一組の男女が周りの目もはばからずにまぐわい始める。

 (なら)うように一組、また一組、あるいは多数、あるいは同性同士であっても構わずに(とろ)けていく。

 見る者が見れば悪魔の儀式だと叫んだことだろう。

 だがここに異議を(とな)える者はおらず、全員が一つの意志にまとまっていた。


「さあ、()()()()()。お前も混ざりなさい。彼らにお前の神性を分け与えてやるのだ」


 父に頭を押さえつけられる。

 床に()いつくばり、獣のような格好で伏せる。

 ひとりの魔術師が寄ってきた。

 彼は常軌(じょうき)(いっ)した笑みを浮かべ、こちらをしばし()でまわした後、火が()いたように蹂躙(じゅうりん)し始めた。

 ひとりが手を出し始めれば、またひとり、更に数人と(むら)がっていく。

 気持ちよさはなかった。代わりに怖気(おぞけ)もなかった。

 それだけでは終わらず、今度は針や短剣でもってこちらの体を傷つけていく。

 赤い血が(したた)る。魔術師たちは()き散らされる血を一身に()び、()めとり、恍惚(こうこつ)()いしれる。

 (おか)し続けられる。()すがまま傷物(きずもの)にされていく。

 拒絶(きょぜつ)は口にしなかった。

 これは父が自分に命じた、果たさなければならない務めだ。

 この閉じた屋敷の中で唯一(ゆいいつ)こなせる自分の役割である。

 だからただ従順(じゅうじゅん)に受け入れる――諦観(ていかん)と共に。

 父との血の(つな)がりという首輪がひたすら無知な獣である自分を飼い慣らす。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「う……」


 視界が明滅する。

 (にぶ)い痛みが頭の奥で繰り返し起きる。

 塔の頂上、()てつくような空気の中でエフリールは目を覚ました。

 リルの残骸(ざんがい)である白い灰がまとわりつく。

 最悪の目覚めだった。

 体は万全ではないが大きく傷付いた部分は再生している。

 問題は記憶の方で、取り戻してきたものが増えたせいなのか、より質感を(ともな)った光景が流れ込んできた。

 エフリールはおぞましさにぶるり、と身震(みぶる)いし、自分の体を抱く。

 感触が恐ろしかったのではない。

 それが当たり前のものだと受け入れてしまっている自分が怖くてたまらなかった。


「あれは……僕の記憶……?」


 過去の中で呼ばれたリフェールという名前。

 はっきりと覚えがある。

 思い出そうとする前に灰を踏み鳴らす音がして、エフリールはそちらを向いた。

 白い雄山羊(おやぎ)が立っていた。

 毛並みの色こそ違うが教会にいたのと同じ異形だ。

 手には巨大な戦斧(せんぷ)を持ち、その()(さき)は黒い血に()れている。


「お前は……! ……?」


 はっとなって身構えるも、こちらへ襲いかかってくる気配はなかった。

 雄山羊はまるで誰かと戦っていたかのようにあちこち傷付いていた。

 黒い毛並みだった時とは雰囲気が全く違う。

 エフリールに向けてくる瞳はひどく穏やかだった。


「……あの」


 話しかけようとすると雄山羊はがくりと膝をつき、灰となって崩れていった。

 エフリールは唖然(あぜん)となってその様子を見ていた。

 自然、雄山羊のいた場所へと近づき灰を手に取る。

 気絶していたのはどのくらいの時間だったのか。

 その間、他の異形は塔の頂上に来たのか。

 いたとして、他の異形はどこへ行ったのか。

 いなかったとして、雄山羊は何故自分を殺そうとしなかったのか。


(守ってくれていた……?)


 雄山羊が記憶にあった執事と関係あるのかは分からない。

 分からないが、エフリールはしばし灰をつかんだまま瞑目(めいもく)した。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 結界の起点は天井にある(かね)に刻まれていた。

 エフリールは〈(ジェイル)〉でぴったり狙いを定め、〈(パイル)〉を投擲(とうてき)して壊す。

 魔力が鐘から放出されるが、同時に急速に修復を試みようとしてくる。

 反対側の塔の影響だろう。

 こちらの破壊を受けて反対側でも――と言ってもエフリールの目には映らない距離だが――魔力の放出が起き、修復が止まる。

 起点が崩れ去る。そして聖堂の方から強大な壁が取り払われる気配があった。

 途端、何か恐ろしいものの眠りを解いてしまったかのような、濃密な死の空気が流れてきた。

 塔の頂上にいるにもかかわらず、エフリールの元にも伝わってきた。

 強い忌避感(きひかん)を覚える。あそこへ近づいてはいけないと、体中が警告している。

 一方で心のどこかが聖堂の奥へ行かなければならないと叫んでいる。

 拒絶と使命感が矛盾(むじゅん)しながら同居していた。

 エフリールは当然後者を選んだ。

 灰に(まみ)れたカイルの帽子を(かぶ)り直し、塔を(くだ)る。




 聖堂の前へ辿(たど)り着く。

 ステインの姿はない。既に先に行ってしまっているようだ。


「僕の、名前……」


 聖堂を(なが)めながらエフリールはひとりごちる。

 ずきずきと頭痛が重さを増すが、思い出そうとするのは止まらない。

 自分の名前、グレースから教えられたエフリールという名前。

 それは初めから何も自分の心に響かなかった。

 何故? 答えは単純だった。


「そうだ……僕は、エフリールなんかじゃ、ない……()()()()()()()()()()()


 記憶の壁にひびが入る感覚があった。

 波にかき消されるようにあやふやだった自分自身が浮上していく。


「僕は……魔術師である父さんが、僕を使って何かを成し遂げようとして、それで……」


 確かめられる記憶を口に出して(つぶや)く。

 箱庭のような屋敷、離れることは許されず、学ぶことも与えられず、ただ父の言いつけを受け入れ暮らしていた。

 絵を教えてくれた執事、歌を響かせ合った監督役の女性。

 どちらもやがて姿を消した。

 そして最後にグレースが自分の元に(つか)えてきた。


「覚えてる……思い出した……でも……それならどうしてグレースは違う名前を……?」


 記憶の中のグレースは、狼獄(ろうごく)の街で会った今より少し冷たい態度であったと覚えている。

 それでも妙な嫌がらせや意地の悪い真似(まね)をしたことはなく、忠実なメイドであったのは変わりない。

 むしろちょっかいをかけていたのは自分の方だったとリフェールは記憶している。

 偽名を教えたのは一体どんな理由なのか。

 手掛かりになりそうな記憶を呼び起こそうと(こころ)みる。

 だが()れた泉から水をすくうかの(ごと)く、つかみどころがない。

 抜け落ちている。まだ、足りない部分がある。


「……奥に」


 答えがある気がする。

 街の中心、終焉(しゅうえん)()らう御子(みこ)御座(みざ)

 ここは自分を待ち受けている。

 初めからずっとそうだった。


「これは、僕の悪夢、なのか……?」


 (つば)を飲み込む。

 聖堂の奥へ向け、リフェールはゆっくりと歩きだした。

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