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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
31/46

028 ステイン・クローカー

 壮年(そうねん)の男が参戦すると、異形たちはあっという間にいなくなった。

 男が倒したのは十数体ほどで、残りは蜘蛛(くも)の子を散らしたように逃げていった。

 異形は単に力がある相手というだけで引き下がることは通常しない。

 逆に言えば、異形を(おび)えさせる何かが男には存在するということだ。

 だからだろうか。


(あの人を見ていると……何か怖い)


 今までおよそ危機感以外の脅威(きょうい)というものは感じて来なかったエフリールだが、初めて未知の恐怖というものが湧き起こっていた。

 男が近付いてくる。

 エフリールは咄嗟(とっさ)に身構えかけるが、それでどうにかなる相手とも思えない。

 しゃがれそうな(のど)からいつものように声を発する。


「あの……あなたは?」


 男はぴくりと不機嫌そうに(まゆ)を動かした。


「お前こそ何だ。人に名を(たず)ねるならまず自分から名乗るのが礼儀というものだ。助けてやった礼も聞いておらん。常識のない愚物(ぐぶつ)か」


 エフリールの軽い問いかけに、岩でも投げつけるかのように男が尋ね返してきた。

 言い回しは理解出来ないが、態度からエフリールは男の機嫌を損ねたのかと思い、戸惑(とまど)った。


「なるほど。頭の回らん愚図(ぐず)の方か。私はステイン・クローカー。お前は?」


「あ、えっと……エフリール、です」


()()()()()……?」


 ステインがじろりと目を向け、こちらを観察する。

 どこか苦手な雰囲気のする相手に見つめられ、エフリールは不安を誤魔化(ごまか)すように帽子と胸のお守りとにそれぞれ手を()れる。


「ふん……あれによく似ているが名も違う。別の(うつわ)か。スロールか魔術協会か、私の知らぬところで作っておくとは、よほど用心深いらしい」


 ステインはひとりで納得したように何やら(つぶや)いている。

 そのまま手に握っている円筒状(えんとうじょう)の物をいじり始める。


「あの、それは?」


(じゅう)を知らないか。よほどの田舎(いなか)()だな。火薬の爆発で弾丸(だんがん)を撃ち出す武器だ。と言っても伝わらんか。要は飛び道具だ。取り回しが効くし魔術の節約にもなる。もっともさっきの連中に食わせるには弾丸ですらもったいないが」


 ひとつの問いかけに、ステインは余計なほど(くわ)しく答えてくれた。

 およそこの手の機微(きび)(さと)くないエフリールにも、彼が周りを見下しているのははっきりと伝わってくる。

 弾丸を装填(そうてん)したステインが再び視線を向ける。


「それで? お前は何の目的でここへ来た?」


 直球な問いに、エフリールはいつものように素直に答えることが出来なかった。

 自分の中にある何か、あるいはここにいないカイルやグレースが警告し、躊躇(ためら)わせる。


「……街の奥に行きたいんです」


 悪夢を止めるために、とは口にしなかった。

 ステインは若干(じゃっかん)興味を持った様子で告げてくる。


「それはちょうどいい。私も目的は同じだ。協力させてやろう」


「……えっと?」


 やはり言い回しに困惑していると、ステインは先んじて回廊(かいろう)を登り始める。


「何をぼさっとしている。さっさとついてこい」


 まだ返事もしていないのだが、ステインの中ではとっくに(うなず)いていることになっているらしい。

 (あわ)ててエフリールは後を追う。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 回廊を進んでいくと、大きな聖堂の前へ辿(たど)り着いた。

 アーチ状の入り口が通路となって続いている。

 高い天井と、よどんだ天空の下でなければ(やわ)らかな光をもたらすであろう美しいステンドグラスが奥に垣間見(かいまみ)える。


「ここだ。分かるか?」


 ステインが試すように問いかけてくる。

 何を指しての話なのか、エフリールは一瞬首を(かし)げるが、すぐに意味が分かった。

 聖堂の入り口に扉などはついていない。

 だが感覚的にそこは通れないと、エフリールの目には映った。


「壁?」


「結界だ。よほどこちらの邪魔をしたいらしい。外界への接続を(はば)む処置といい、どこまでも目障(めざわ)りな女だ」


「……女?」


「この街が(ゆが)んだ原因を知らないのか。グレースという小娘が形成に関わったからだ」


「――え?」


 エフリールは凍り付く。

 聞き返すことにすら思考が回らなかった。


「あやつのせいでこの街は止まってしまっている。前に進むことも後ろに戻ることもない。干渉さえなければ今頃全ては終わっていたというのに。まったく忌々(いまいま)しい」


 ステインが嘆息(たんそく)しながらかぶりを振る。

 エフリールは彼の言葉を聞くどころではなかった。

 仮に今の話が本当だとしたら、自分がここにいる前提が(くつが)ることになる。


(グレースが街を閉ざしたんだとしたら……僕をこの街に閉じ込めたのも彼女が?)


 背筋(せすじ)に冷たいものが走る。

 果たして彼女が見せてきた言動はエフリールのためだったのだろうか。

 それとも、そう見せかけただけで別の目的があったのだろうか。


「――聞いているのか?」


「え、あ?」


 動揺冷(どうようさ)めやらぬまま視線を戻すと、ステインが渋面(じゅうめん)を向けていた。


間抜(まぬ)けのためにもう一度伝えてやろう。ここの結界を解除する。そのためにお前にも働いてもらうぞ」


「あ……はい」


 反射的にエフリールは頷いた。

 不機嫌な顔を見せつつもステインはそのまま聖堂の結界の説明を始めた。


「この結界は左右の塔にある魔法陣が核となっている。片方を壊してももう片方が修復に走る。同時破壊である必要はないが左右をひとりで行き来するには猶予が足りん――」


 今度は聞き()らさないように注意しながら、エフリールはグレースのことを思い返す。


(あれが(うそ)だったなんて思えない。思いたくない)


 少なくともエフリールにとってはグレースは従順(じゅうじゅん)なメイドであったし、またそのように奉仕(ほうし)してくれていた。

 表面的に見える彼女の態度も嫌々(いやいや)やっているようには感じられなかった。

 つと、エフリールはステインに対してグレースのことを尋ねてみるかと思い付いた。


(……でもこの人はグレースのことを悪く思っているみたいだし)


 考えると同時、帽子が目深(まぶか)に落ち込んで視線を(さえぎ)った。

 まるでカイルもやめておけと忠告しているかのようだった。

 エフリールは口をつぐむことにした。

 誰を信用できるかと問われれば、それは間違いなくグレースやカイルの方だ。

 ステインは街の事情に詳しいようであるが、決して気を許してはいけない狂気もにじませている。


「――話は分かったな? お前は右側の塔へ向かえ。私は左を解除してくる」


 いつの間にか話は終わっていた。

 ともかく街の奥を目指す以上、しばらくは協力するしかない。

 エフリールは頷くと、聖堂を横切る回廊へと歩みを進めた。

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