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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
30/46

027 独りの弱さ

 たっぷりと休息を取り、エフリールの体は万全な調子に戻った。

 破けていた衣装も変えた。

 上は(えり)のないシャツにベストを重ね、下は動きやすいよう膝下(ひざした)までで(すそ)がくくられた短ズボン(ニッカーズ)()いている。

 忘れずにカイルのテンガロンハットを頭に(かぶ)り、屋敷の外へ出る。


「行ってらっしゃいませ」


 グレースの見送りを受けながら、エフリールは再び街の深部(しんぶ)を目指した。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 城塞(じょうさい)が見えてくる。

 ひと眠りする前と変わらず、こちらを呼び込むように入り口が()いている。

 エフリールは道中なるべく消耗(しょうもう)(おさ)えて戻ってきた。

 カイルのことを思うと異形(いぎょう)に対して少なからず敵愾心(てきがいしん)が湧くようになったが、だからと言って無闇(むやみ)に戦っても意味はない。

 すべてはこの先に、原因とそれを止める(すべ)がある。

 ゆっくりと息を整え、(はや)る気持ちを静めながら内部へ乗り込んだ。




 まずエフリールを出迎えたのは、薄靄(うすもや)の中で螺旋(らせん)のように伸びた空中回廊(かいろう)だった。

 外から見た城塞は決して地面から離れているということはなかった。

 だが一転して内部の光景は高空へ切り替わっていた。

 手すりの端から眼下を見れば雲海(うんかい)蒼穹(そうきゅう)が広がっており、うすら寒い空気が流れてくる。


 階段状の回廊は天を目指すように(はる)か高みまで続いていた。

 鐘楼(しょうろう)尖塔(せんとう)が途中に(つら)なり、手すりや建物の外壁には精巧(せいこう)戦乙女(いくさおとめ)の彫像や、勇猛な戦士の像が立っていた。


 思わず目で追って見上げていくと、天空にはよどんだ雲が立ち込め、中心に青ざめた月が浮かんでいる。

 月の周りには星々が(あふ)れんばかりにちりばめられており、今にも落ちてきそうだ。

 また蒼月(そうげつ)の真上にはもう一つ巨大な丸い岩塊(がんかい)――火の()えた太陽が存在していた。


 美しくも奇怪(きっかい)な光景に見惚(みと)れていると、どこからか(かね)()が鳴り響いてきた。

 その(おと)(われ)に返り、夢心地(ゆめごこち)の気分が霧散(むさん)する。エフリールは息を()んだ。


 ここは今までの場所と全く雰囲気が違う。

 ともすれば、あっという間に自分を見失ってしまいそうになる。

 無意識に帽子と胸に手を触れる。

 カイルの形見とグレースのお守りが、曖昧(あいまい)自己(じこ)(つな)ぎ止めてくれるようだった。


「とりあえず……上がっていけばいいのかな?」


 道はいくつも()じくれて()()っており、複雑だ。どれが正解かは分からない。

 今は当てずっぽうに進んでいくしかない。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 異形と交戦しながら回廊を登っていく。

 ここには蝙蝠(こうもり)に似た大きな翼を生やした漆黒の異形がいた。

 幅の限られた通路で空中を飛び回る相手に立ち回るのは厳しい。

 特に捕まれば致命的だ。


(下が全然見えない。落ちたらどこまで行くんだろう?)


 うっかり踏み外すか放り出されでもすれば、戻って来られるかすら分からない。

 自然、エフリールは慎重に敵を撃退せざるを得なくなる。

 だがそれは力の消耗を強いられるということでもある。

 宙に留まる一匹を〈(ジェイル)〉で捕らえ回廊に叩き落とす。

 続けざまに〈(パイル)〉で(とど)めを刺す。

 単体ならこの対応でいい。

 問題は複数いることで、更に通路にも翼以外の異形が詰め寄ってくる。


(カイルやグレースがいてくれたら……)


 つい弱気な考えが浮かぶ。

 およそ敵を倒すという一点においてカイルのやり方はまさに理想だった。

 敵が何かを仕掛けてくる前に遠距離から打ち倒す。

 究極的に言えば、戦いにすらさせないことを体現していた。

 初めて街へ乗り込んだ時も、(かたわら)にはグレースがいた。

 彼女はエフリールの動きに合わせて常に的確な援護をしてくれていた。

 (ひと)りではなかった。その違いが今は大きい。

 エフリールには有無を言わせぬ圧倒的な力の発露というのは出来ない。

 小器用(こぎよう)に立ち回る知恵もない。

 ただ地に足をつけて愚直に突き進む、それしか出来ない。


 異形が(はさ)み撃ちにするように通路へ雪崩(なだ)れ込んでくる。

 エフリールは急いで前方を抜けようとするが、当然道を(ふさ)がれる。

 このままでは追いつかれてしまう。

 〈(ジェイル)〉で一度距離を稼ごうと遠くの外壁に向けて手を構える。

 その腕を、翼の異形が足でつかんだ。


「うわっ――」


 体が持ち上がりかかる。

 浮遊感(ふゆうかん)焦燥感(しょうそうかん)が一挙に襲い、エフリールは無防備になった。

 差し迫る異形の群れ、窮地(きゅうち)(おちい)ったその時。


 バァンッ! と、敵を(ひる)ませるように大きな破裂音が辺りに響いた。

 音に驚いていると、エフリールは異形の足に腕を引っ張られる形となって倒れかけた。


「うわっ!?」


 手すりにつかまって難を逃れる。

 翼の異形は何故か力尽きて足を外し、真っ逆さまに回廊の下の雲海へと姿を消していった。

 何が起きたのか。

 つんと()げたような(にお)いが上から(ただよ)ってきた。

 エフリールが視線を(めぐ)らすと回廊の上方に目付きの鋭い壮年(そうねん)紳士(しんし)が立っていた。

 紳士の手には金属と木で作られた奇妙な円筒(えんとう)系の物が握られている。

 円筒の先端からは煙が長くたなびいていた。


「人……?」


 エフリールは思わずそう口にせずにはいられなかった。

 あの紳士の姿を目にした途端、言語化できない妙な感覚が頭に走る。

 およそ人と断定するには違和感を覚えるほど心がざわつく。


(余計なことは……いや、それはダメだ。何が起きてる? 味方なの?)


 呪縛を()けて葛藤(かっとう)していると、男は円筒に付いたフックを引き、異形に対して先端を向ける。

 再び破裂音が響く。

 通路にいた異形の胸が貫かれ、()()って倒れた。

 ()()()()()()()()()()()

 焦げ臭い煙が辺りに広がった。


「……どいつもこいつも自制に失敗しおって。(みにく)くて見るに()えん」


 男は静かに、だが苛立(いらだ)ちの混じった物言いで回廊を(くだ)ってくる。

 周囲の異形の反応がおかしくなった。

 エフリールの前で幾度(いくど)か見せたように恐怖に(とら)われていた。


(けもの)()り果てて(むさぼ)る夢などに意味は無かろう。永久(えいきゅう)に死んで眠れ。貴様らにはそれがお似合いだ」


 傲慢(ごうまん)に言い切り、男が死の(かじ)を取った。

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