過去 響かせ合う歌
執事の失踪から数年が経ち、エフリールは少年期に差し掛かっていた。
屋敷に閉じ込められ、新たな学びを得ることもなく、唯々諾々と父の教えに従わされる。
絵を描くことは禁じられていたので、せめて屋敷に飾ってある絵画や、内装そのものを鑑賞することで退屈を紛らわしていた。
やがてそれにも飽きが来る。
流転する物のない閉じた世界では、膨れ上がる好奇心を満たすことは出来ない。
屋敷から抜け出す、という発想に至るのに時間はかからなかった。
言わずもがな、父は業を煮やして新たな傍仕えを雇った。
黒く艶やかな黒髪をした、妙齢の女性だった。
女性は元々父と昵懇の仲で、息子を厳しく躾けて欲しいという頼みを二つ返事で了承し、とある組織から出向してきた。
エフリールにとってはそうした事情はどうでもよかった。
ようやく新しい出来事と人物がやってきたと、ただ思うばかりだった。
もっとも、興味が最高潮だったのは初日だけで、教育という名の躾けが始まってからは嫌気ばかりが差していった。
長く続けば次第に環境には慣れる。
エフリールも女性も、お互い隔意を保ちながらも、役割に従事していた。
父が家を空けたある日のこと、そんな関係性が崩れる出来事が起きた。
夜も更けた屋敷の片隅で、昼間の鉄仮面とは似ても似つかない、柔らかな歌声を響かせる彼女がいた。
エフリールが思わず聞き惚れて顔を覗かせると、女性はひどく狼狽えた。
今のは気の迷いだ、聞かなかったことにしなさい、などと必死に訴えてきた。
エフリールは首を傾げた。
「あんなに綺麗な声だったのに」
何故、歌っていた事実そのものを消そうとするのか、まるで分らなかった。
もっと聞かせ欲しいと言うと、女性はひどく複雑そうな表情を見せた。
女性は次の日にはいつも通りの厳しい監督役に戻っていたが、歌のことを尋ねるとやはり動揺した。
多少気の利く子供なら引き下がるのだろう。
生憎、エフリールにそうした遠慮は備わっていなかった。
しつこくせがんだ結果、一週間に一度だけ歌を聞かせる、という約束を取り付けた。
歌の時間だけは、女性も穏やかな態度で接してくれた。
口ずさんで真似をし始めると、一度暗い表情になったが、すぐに息づかいや声の出し方、姿勢などを丁寧に教えてくれた。
父の言いつけを守るための教育も続いていはいたが、それでもエフリールは、とても楽しい時間だったと記憶している。
執事と同様に彼女が姿を消すまでは。




