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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
29/46

過去 響かせ合う歌

 執事(しつじ)失踪(しっそう)から数年が()ち、エフリールは少年期に差し掛かっていた。

 屋敷に閉じ込められ、新たな学びを得ることもなく、唯々諾々(いいだくだく)と父の教えに(したが)わされる。

 絵を描くことは禁じられていたので、せめて屋敷に(かざ)ってある絵画や、内装そのものを鑑賞(かんしょう)することで退屈を(まぎ)らわしていた。

 やがてそれにも()きが来る。

 流転(るてん)する物のない閉じた世界では、(ふく)れ上がる好奇心を満たすことは出来ない。

 屋敷から抜け出す、という発想に至るのに時間はかからなかった。


 言わずもがな、父は(ごう)を煮やして新たな傍仕(そばづか)えを(やと)った。

 黒く(つや)やかな黒髪をした、妙齢(みょうれい)の女性だった。

 女性は元々父と昵懇(じっこん)の仲で、息子を(きび)しく(しつ)けて欲しいという頼みを二つ返事で了承(りょうしょう)し、とある組織から出向(しゅっこう)してきた。


 エフリールにとってはそうした事情はどうでもよかった。

 ようやく新しい出来事と人物がやってきたと、ただ思うばかりだった。

 もっとも、興味が最高潮(さいこうちょう)だったのは初日だけで、教育という名の躾けが始まってからは嫌気(いやけ)ばかりが差していった。


 長く続けば次第(しだい)に環境には慣れる。

 エフリールも女性も、お互い隔意(かくい)(たも)ちながらも、役割に従事していた。

 父が家を()けたある日のこと、そんな関係性が崩れる出来事が起きた。

 夜も()けた屋敷の片隅で、昼間の鉄仮面とは似ても似つかない、(やわ)らかな歌声を響かせる彼女がいた。

 エフリールが思わず聞き()れて顔を(のぞ)かせると、女性はひどく狼狽(うろた)えた。

 今のは気の迷いだ、聞かなかったことにしなさい、などと必死に(うった)えてきた。

 エフリールは首を(かし)げた。


「あんなに綺麗(きれい)な声だったのに」


 何故(なぜ)、歌っていた事実そのものを消そうとするのか、まるで分らなかった。

 もっと聞かせ欲しいと言うと、女性はひどく複雑そうな表情を見せた。


 女性は次の日にはいつも通りの厳しい監督役(かんとくやく)に戻っていたが、歌のことを(たず)ねるとやはり動揺(どうよう)した。

 多少気の()く子供なら引き下がるのだろう。

 生憎(あいにく)、エフリールにそうした遠慮(えんりょ)(そな)わっていなかった。

 しつこくせがんだ結果、一週間に一度だけ歌を聞かせる、という約束を取り付けた。


 歌の時間だけは、女性も(おだ)やかな態度(たいど)で接してくれた。

 口ずさんで真似(まね)をし始めると、一度暗い表情になったが、すぐに息づかいや声の出し方、姿勢(しせい)などを丁寧(ていねい)に教えてくれた。

 父の言いつけを守るための教育も続いていはいたが、それでもエフリールは、とても楽しい時間だったと記憶している。


 執事と同様に彼女が姿を消すまでは。

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