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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
25/46

023 揺れ立つ心

 カイルが幻に()りつかれている中、エフリールもまた同じく幻夢(げんむ)(とら)われていた。

 緑原(りょくげん)の屋敷、黄金色(こがねいろ)の空、まっさらなキャンバス、穏やかに微笑む壮齢(そうれい)の執事とグレース、暖かな眼差(まなざ)しを向けるカイル。そして歌声が響く。

 (とろ)けるような甘い旋律(せんりつ)に支配された空間。体に恍惚(こうこつ)としたような(しび)れが走る。


「……ここは違う」


 嗅覚(きゅうかく)が、右目が、胸にある約束とお守りが、ひたすらに(うった)えてくる。

 見えているのは何もかも偽物(にせもの)だ。

 エフリールは立ち上がる。幻夢が逃がすまいと更に歌声を強くする。

 作り物めいたグレースたちの笑顔が迫る。

 初めて怒りのような感情が湧き上がった。

 外見は同じでも、明らかに本物と違う。おぼろげな記憶しかない執事でさえ、違和感をはっきりと覚える。

 エフリールは両手を強く耳に押し当て、そこに自らの血を流し込んで固め、音を遮断(しゃだん)する。


「みんなを(ゆが)めるな、侮辱(ぶじょく)するな! 邪魔をするな!」


 激しい勘気(かんき)にさらされた幻夢は、びしりと音を立ててひび割れ、退去していく。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 気が付けばエフリールは元の湖面に立っている。

 巨大な異形も意識を失う前のまま、大口を開けて(うな)りを上げていた。


「カイル!」


 近くの湖面にカイルは倒れていた。

 まだ目を覚ましていない。急いで起こさなければ。

 だが出鼻(でばな)をくじくように異形の触手が振ってくる。

 倒れているカイルではなく、エフリールの方を狙ってきた。

 怪音が通じないとみて直接叩き潰しにくる。

 エフリールはどうにか回避するが、代わりにカイルから引き離される。


「……ぐああっ! あがっ」


 突如、カイルがのたうち回った。

 触手に当たったわけでもないのに何が、と見ると、カイルの体に小さな蛞蝓(なめくじ)分体(ぶんたい)(はい)い回っている。

 協力して(えぐ)り飛ばした蛞蝓の肉塊(にくかい)から、その分体は発生していた。

 鋭い舌歯(ぜっし)は本体と同じらしく、意識のないカイルの体を容赦(ようしゃ)なく()みちぎり、内部へ(もぐ)り込む。

 エフリールは助けに向かおうとするが、そうはさせじと触手が薙ぎ払われる。

 今度は回避が遅れ、凄まじい衝撃を食らう。体が湖面を跳ね飛ばされていく。


「くっ……カイル、起きて!」


 よろめきながら叫ぶが反応はない。

 あんな襲撃に()って本来目が覚めないはずはない。

 いまだカイルは幻夢に囚われている。

 先に異形の口を封じねばならなかった。

 だが〈(パイル)〉では届かない。仮に届いても、一足飛(いっそくと)びに口を(ふさ)ぐ、あるいは倒し切るのは不可能だ。

 ならばどうするか。乱れる呼吸を整え、エフリールは異形を見据(みす)える。

 手段がないのなら、作れ。()()()()()()()()()()()


 教会の雄山羊(おやぎ)――黒血(こっけつ)で異形を描き出したその手法を真似(まね)るように、エフリールは自らの血を(あやつ)り指先から()き出させる。

 眼前の蛞蝓――長い触手を真似るように血を引き延ばし、口元目掛(めが)(から)み付かせる。


「――〈(ジェイル)〉!」


 (あみ)の目のように広がり(つな)がった血の(くさり)が、異形の体を口ごと(しば)り上げた。

 怪音を発せなくなった異形は、(すさ)まじい力で(あば)れ出す。

 振り回されそうになったエフリールは、〈(ジェイル)〉を指先から分離させて難を(のが)れた。

 なおも異形は湖を転がるが、〈(ジェイル)〉が()がれ落ちることはなく、しばらく効果は持ちそうだった。

 水を跳ね飛ばしながら再びカイルの方へ()け寄る。


「カイル!」


 呼びかけは果たして今度こそ届いた。

 覚醒(かくせい)したカイルが、(ふる)える手で自身の傷口を押さえる。


「は、なれ、てろ……!」


 必死の形相(ぎょうそう)でカイルは自らの体に風を叩きつけた。

 体内深く潜り込んだ分体を一斉(いっせい)に始末するための荒業(あらわざ)だった。

 (おびただ)しい量の血が飛び散り、同時に亡骸(なきがら)となった異形の分体が排出される。


「目、覚めの、気付(きつ)けにしちゃ、刺激、が強すぎる、な……」


 口から血を()れ流し、それでも強がりを吐く。

 エフリールは急いでカイルの身を助け起こす。


「カイル! 大丈夫なの!?」


「平気だ……それより、まだ……」


 猛然(もうぜん)と暴れる異形の触手がこちらへ向かってくる。

 エフリールはカイルを(かつ)いで逃げ(まど)った。


「あいつを……倒さ、ねえと」


「でも! ちょっとの攻撃じゃまた小さいのが出てくるよ!」


「……俺が、やる。でかい部分は、なんとかする……お前は、出てきた核を(つぶ)せ……」


「けど、今そんなことしたらカイルが……!」


「俺は、死なない」


 カイルは血塗(ちまみ)れのまま、なおも瞳に強い意志をたたえている。


「……本当、だよね?」


「ああ、頼むぜ。俺たちで、あいつを、やっつけちまおう」


「……分かった。信じてるよ」


 エフリールはカイルの言葉を素直に聞き入れ、疑わなかった。

 異形を見上げる。その横で、カイルが聞こえないように小さく呟いた。


「……すまないな」

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