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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
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022 破滅の歌

 蛞蝓(なめくじ)異形(いぎょう)が触手を振り下ろしてくる。

 カイルとエフリールは急いでその場から退避する。

 叩きつけられた水面が大地ごと割れ、水しぶきを上げた。


「まともに食らいたくはねえな」


 カイルが風の刃で蛞蝓を切りつける。

 見た目通り(やわ)らかいらしく、紫色の胴体にはあっさりと傷が付き、黒い体液が流れ出る。

 エフリールも攻撃の態勢に入る。

 無論、あの巨体にのこのこ近づいたりはしない。

 〈(パイル)〉の形状を投擲(とうてき)に向くよう細く短く変成し、振り下ろされた触手目掛けて投げ飛ばす。

 こちらも見事に突き刺さり、触手の一部に大穴が()いた。


「まったく……」


 カイルは思わず感心して(うな)る。

 さっきひとつ助言を渡しただけで、もうこの調子だ。

 記憶を失った(うつわ)だからこそ、他者の言葉を砂が水を吸うように受け入れる。

 こんな姿を見せられては、自分も俄然(がぜん)やる気を出すしかないというものだ。

 次の触手が降ってくる前に二人は駆け出す。


「エフリール。俺がお前の攻撃を送ってやる。どんどん放て」


 並走(へいそう)するエフリールが若干(じゃっかん)驚いた様子で見返してくる。


「いいの? カイルが攻撃した方が早いんじゃ」


「あの巨体はさすがに時間がかかる。だからと言って全力を使い切るわけにもいかん。さっきの雑魚(ざこ)()いてきたらまずい。(かぎ)のお前と俺の攻撃を合わせて削る。いいな?」


「……分かった、任せてっ」


 エフリールが大きく(うなず)く。

 互いが互いに強い信頼を置いて、異形へ狙いを定める。


「よし――行くぞ!」


 喊声(かんせい)を上げ、二人は風と骨、二つの槍を放ち穿(うが)つ。

 風に乗って貫通力と飛距離の伸びた〈(パイル)〉が次々と胴体へ突き刺さる。

 そこを起点に、(えぐ)り刻むように風が拡散した。

 大きく傷付いた蛞蝓の巨体は、バランスを崩したようにゆらゆらと揺れている。

 手応えは大きい。カイルもエフリールも攻撃の手を(ゆる)めようとはしない。

 異形がかっと口を開き、(すさ)まじい怪音を響かせ始めた。


「ぐっ!?」


「ううっ!?」


 地の底から響き渡るような重厚(じゅうこう)で不快な(うめ)き。

 あまりの音圧と怖気(おぞけ)に、二人は咄嗟(とっさ)に耳を押さえる。

 隙を突くように触手が振り上げられる。

 カイルは迫る肉塊(にくかい)(むち)からエフリールを()って逃がし、自身も無我夢中で横へ飛んだ。

 間一髪(かんいっぱつ)、触手は地面だけを叩き、湖面を散らした。

 その間も異音は(さいな)んでくる。耳鳴りがし始めた。気が遠くなる。


「くそっ、がっ!」


 必死に意識を保とうとする中、視界がうっすらと(しら)んでいき――




 カイルは、いつの間にか故郷の町に立っていた。

 生き馬の目を抜くような欲望に(まみ)れた町。

 どこもサーカスの(ごと)(きら)びやかに(かざ)り立てられ、浮かれた人々がガス(とう)に照らされた表通りを()()っている。

 だが一歩路地を(たが)えれば、(すさ)んだ浮浪児(ふろうじ)たちの住まう(どぶ)くさい裏通りへと通じている。


「何だ、これは……(まぼろし)か? 悪夢の中で夢を見るだと? 冗談じゃないぞ」


 カイルは唖然(あぜん)となるも、すぐに出口を求めて駆け出した。

 ただの町の明かりを宝石でも見つけたかのように騒ぎ立てる人々の間を()って、必死に抜け道を探す。


「待てよ、エフリールの奴はここにいるのか? それとも俺だけが見ている光景か?」


 疑問と共に足を止め、来た道を振り返る。

 すると色彩(しきさい)豊かな衣装(いしょう)(おど)り子たちの向こうから、ひとりの人物がこちらへ向かってやってきた。


「……馬鹿な」


 カイルは今度こそ声を失った。

 現れたのは、死んだはずの弟だった。

 琥珀色(こはくいろ)のハンチング(ぼう)(かぶ)った、人好きのする柔和(にゅうわ)な笑みの青年が、ゆっくりと近づいてくる。


「何故お前がここにる!?」


「どうしたんだい、兄さん? 驚いた顔をして」


 弟は笑みをたたえたままカイルの眼前で立ち止まる。

 カイルは(ふる)える(くちびる)で否定の言葉を(つむ)ぐ。


「お前は死んだはずだ! 異形の手にかかって! ここはやはり幻なのか!?」


「何を言っているんだい、兄さん。ほら、ごらんよ。みんなここにいるじゃないか」


 弟はカイルの背後を()し示す。

 見れば周囲には、カイルの知り合いが何人も居並んでいる。

 幼少期の浮浪児仲間、孤児院の同期や院長、魔術協会の知己(ちき)や友人。

 彼らは(ゆかり)のある人物であったが、必ずしもカイルにとって善良であったわけではない。

 にもかかわらず、全員が全員、一糸(いっし)(みだ)れぬ満面の笑顔で歓迎(かんげい)している。

 現実ではないと分かっているから余計に底冷(そこび)えする不気味さだ。


「さあ、兄さん。一緒に行こう。パーティーを用意しているから、みんなで飲んで食べて(さわ)いで、ここで()ごそう」


 弟の言葉を皮切(かわき)りに、背後の顔見知りたちがカイルに手を伸ばしてくる。


「近寄るな!」


 カイルは彼らを風で切り裂いた。

 しかし手応(てごた)えはまるでなく、血も流さない。

 中身のない雲のように散ったかと思うと、すぐに元の形へと戻ってしまう。


「どうしたの、兄さん。何を怒っているの?」


「うるさい、うるさい! こんなこと、あるはずがない!」


 カイルは怒りのまま、弟にも風をぶつけようとする。


「今度は自分の手で殺すのかい、兄さん」


 手が止まる。止まらざるを得なかった。


「大丈夫だよ……あれは兄さんが見殺したわけじゃないんだ。ただ間に合わなかっただけ、そうだろう?」


「やめろ……やめてくれ……」


 声がしぼむ。(かか)げた手に、息を引き取る瞬間の弟の感触が(よみがえ)っていた。


「大丈夫、気にしたりしていないさ。あれは仕方のないことだったんだ。……でも、今なら言うことを聞いてくれるよね。ここで一緒に暮らそうよ、兄さん。現実(悪夢)なんて忘れてしまえばいい。ここには誰も彼もいて、何もかも失われない。(おだ)やかな平和だけがある。さあ、僕らと一緒に……」


 弟が、両手を広げて抱きしめんばかりに近づいてくる。

 明らかに違うと分かっていてもなお、カイルの耳には声が()み込んでくる。


「助けてくれ……」


 自分でも情けないほどはっきりと弱音(よわね)()れた。

 恐怖に後退(あとずさ)り、懇願(こんがん)するように首を振る。

 だが(のが)れられる場所などない。周りは囲まれている。

 兄の魂を永遠に閉じ込めようと虚像の弟が迫る――

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