第九話 父と娘
伝説の魔獣グリフォンとの件が片付き、帰路に着く親子。お互いの胸中はいかに。
グリフォンのファンが空に旅立つのを見上げ、このクエストは終了です。アガルタにとてつもない経験をもたらした一件。二人はそのまま支度を整えて帰路につきましたが、特に会話も無く進んでいました。
でも、彼女の心の中は複雑です。
―――未だに信じられない。伝説の神獣が親父の友達だって? どうしてなの?
いきさつは適当にごまかされている気がしなくもないし、親父は大切な事を尋ねても、はぐらかされる事が多かった。
でも今ならちゃんと話してくれるかな。もしかしてドラゴンを倒したというのもファンさんがいたからかしら?
かたやダガも知らんぷりを決め込んでいましたが、胸中はどうでしょうか。
―――驚いたろうなアガのやつ。眼の前にファンが現れ、死も覚悟させられたんだからな。色々と尋ねてこないのも、なにか考えがあっての事だろう。
いつ話をしたらいいものか。しかし、その時はその時だ。
夏の太陽が高くのぼり昼になった頃、親子二人は自宅に帰り着き、ダガは武具の整備。アガルタはさっと体を拭くと、ベッドに倒れ込むように寝そべりました。
「だめだ、眠い。頭と体がもう動かないよ……。芯から疲れるってこんななんだ……」
すぐにスースーと寝息をたて、うつ伏せのまま寝入ってしまいます。片付けの終わったダガが部屋に声をかけて入ると、そっと寝具をかけ愛娘の寝顔を優しい表情で見つめています。
―――ゆっくり休め、アガ。俺はお前を愛している。
その後、ダガは村長の家を訪ね、熊を討伐した事だけを伝えました。家路では村人達がありがとうと手を振ります。家に戻り、しばらく時間が過ぎて夕飯の時間となりましたが、アガルタの家はいつものように賑やかでした。
「エッ!! なになに、それ本当!?」
「俺が嘘など言うかよ。いいから落ち着いて話を聞け」
「わ,判った」興奮冷めやらぬ様子でアガルタがダガの顔を覗き込みます。
「もう一度説明するぞ」
「うんうん!」
目覚めたアガルタが、夕飯の際にダガが切り出した話が原因のようです。
「いいか、これに目を通してみろ」
二人の視線の先は、一昨日に家を尋ねてきたキャラバン隊の一人、女商人のイサベラ・カルデがもたらした巻紙を紐解いたものでした。
「ええっと、入学証、貴殿アガルタ・フロントは当冒険者学院への入学を認めるものとする。よって期日までに準備を整え登院するべし。院長トーラス・ジュナイブ……、それに何これ? 名前の後のこの赤いのは口紅かな?」
アガルタが驚くのも無理はありません。ニルス王国の二つの都市に置かれた冒険者学院は、国に貢献する冒険者や魔術師、ひいては王立部隊の人材育成を目指す機関なのです。
小国であるがゆえ質の高さを目的とした王の政策の一つでした。
とはいえ、貴族を筆頭に支配階級層の嫡子らが入学することが多く、アガルタのような片田舎の子供がおいそれと入学出来るものではなかったからです。地方を定期で回るキャラバンには逸材を発掘するという、もう一つの目的を持っています。
「アガ、そこに書いてあるとおりだ。最後のは気にするな、んっ。お前はリーン冒険者学院に入学するんだ」
「どうして、こんな急に……、それにどうやって?」
興奮気味に彼女は訊ねます。
「年頃になったお前にはもっとこの国、いや世界の事を知ってほしくてな。その第一歩ってやつだよ。なに、ちょっと昔のコネは使ったけど」
「本当にいいの?」
「もちろんだ」
入学許可証を片手に小躍りするアガルタでしたが、なにか気になる事が浮かんだようです。
「やったー! 大きな都市に行けるのね。嬉しい! ……あっ、でも」
「どうしたんだ」
「親父が一人になっちゃう」
「ばーか、気にするな。これも可愛い娘のためだ。本当はお前が寂しいんじゃないのか? なんなら一緒に街に住んでやろうか。ハハハッ」
その一言にアガルタは神妙な顔をしましたが、ブンブンと頭を振ると言い返します。
「そ、そんなわけないでしょう。私はもう子供じゃないです。一人でもちゃんとやれるって!」
「そうか、それならそれでいい。登院は来月だからな。さあ冷めない内に食べてしまおうか」
「うんうん」
ダガは娘が喜んでいることに微笑みを浮かべています。
「ああ、それと学院のある郡都に着くまでは俺が随行する」
「えっ? なんで」
「だって、道すらわからないだろうお前」
「ぐっ、確かにわかんない」
アガルタに訪れた大きな転機。昨日のグリフォンの事といい、時は駆け足を始めているかのようです。
「……それとな、学院入学にあたって一つ聞いておきたい事がある」
「なんだよ、急に改まっちゃって。変だぞ」
「んんっ、たまには父親の威厳と言うやつを、見せておかないと思ってさ」
「いいけど、なあに?」
父親の意味深な顔、いつもと違う語り口調。先ほどまでの楽し気な雰囲気が変わりました。
「お前には小さい頃から剣や闘技を仕込んできた。辛かったか」
「え~っ、今更なんだよ。アルトが剣を習いたいと言ってきた時に、ぶちまけたでしょう私の気持ちは」
「そうだったな、でも今聴きたいのはそれだけじゃないんだ。剣を握った今、お前はどう考えている?」
じっと、アガルタへ細めた目を向けるダガ。
「ん……そりゃあ本当に辛かったよ、何度も泣いたし怪我もした。でも、あれかな……今回のクエストで、自分を振り返ってみると良かったのかなって」
「どんな風にだい?」
「村の人から熊が出たと持ち込まれて、赴く時や実際に対峙した時に、心の奥底に強くあったんだよ。護らなきゃって……、村や親父をね」
アガルタはダガを見つめ、はっきりと口に出すことができました。自分が剣を仕込まれたのは、この時のためだったんじゃないか、自分の周りの人を敵から護るためじゃないのかと。
「そうだな、この世界は残酷だ。力なきものは負け踏みにじられ、命すら奪われることもある。自分の身を守るだけじゃなく周囲の人も助けるために、俺はお前の考えも聞かずに剣技を仕込んだ。本当に辛かったろう、すまん、こんな俺を許してくれ」
ダガは椅子から立ち、娘に深々と頭を下げています。
予想もしない父親の唐突な告白に驚き、声を失ったアガルタでしたが。
一度、大きく深呼吸をし、父親の頭に手を添えるとゴワゴワな白髪交じりの髪を、わしゃわしゃします。その仕草の最中、彼女の目はとても穏やかです。
「馬鹿だね、ほんと親父は。いい大人が子供に頭を下げるもんじゃないよ。……それにずるいぞ。そんな恰好をされたら、私はもう何も言えないじゃないか」
アガルタは唇を噛み締め、目から大粒の涙を流し、ダガの頬を引き寄せてギュッと抱きしめました。
鬼教官の告白と受け止めた娘。このシーンを読んでもらいたくて表しました。次回は、幼馴染達が再登場して事件発生!
最後まで読んでいただきありがとうございました。




