第十話 アルトの決意と女子会
父親の心にふれた翌日、アガルタの家の前に幼馴染のアルトが立っています。さてどうなる事か。
日も変わり、ダガが家の戸を開けるとそこには少年アルトが立っています。顔はこわばっていましたが、緊張感以外になにか伝わるものがありました。
「おはようございます、ダガさん」
「どうしたアルト君、やけに早いじゃないか」
「俺、あれからずっと考えていました。自分の考えはまだ甘いって事を。アガの様子を何処かで軽くみていたのかもしれません。男の俺ならやれるって考えていました」
「剣士になりたいんだったな?」
「はい、なりたいです。自分を鍛えてダガさんのように強くなって、この村を守りたい」
「目的も覚悟も多少はできたみたいか。言っておくが、俺の指導は厳しいぞ」
「はい! 覚悟しています」
「よし、いいだろう。先ずはお前の両親と話をしようかな」
「本当にいいんですか⁉」
そんな場面を少し離れた草陰から、レリースがそっと覗いています。先日の様子が気になり、真剣な面持ちで家を通り過ぎた、アルトを黙って追いかけてきたようです。
「男って単純よね」
「ア・ガ・! 、うぬうう」
唐突にレリースの耳元で声がし、振り返るとそこにアガルタが同じく身をかがめて佇んでいました。さらにレリースの口に手を当て、塞ぐと静かにと仕草をします。
「シッ、もうちょっと静かにしていようか、ニヒヒ」
アルトが家を訪れるの先に見つけていた彼女は、そっと裏口から出ると同時に、後を追ってくるレリースもその目の良さで見つけていたのです。
「まったくもう、驚かさないでよ」
「ごめんて、そんなつもりはなかったんだけどさ」
家の前からは、男二人の笑い声が聞こえます。その様子を二人でじっと見つめます。
「なんか悪いことしてない? 私達って」
「そんな事ないんじゃない、馬鹿な男どもを見守るのも、女の役目じゃなくって」
「え~っ、アガ言うじゃないの、ここ数日で雰囲気変わった?」
「そんな事はないと思うよ。うん」
ヒソヒソ声で話をしていると、バカ扱いした男二人が連れ立って家を離れ、村の中心を目指して歩いていきました。
「行っちゃったよ」
「行っちゃったね」
「泣かなきゃいいけど」
「えっ?」
「アルトだよ、もし親父にしごかれたらって話、クヒㇶ」
「アガ、悪い顔してるよ」
「違う違う、心配しているだけよ、あいつ馬鹿だからさ」
「そう、……心配か」
レリースの顔はどこか怪訝そうです。会話が途切れ、彼女の心配そうな表情になにか別の事を思いついたのかアガルタが口を開きます。
「ねっ、良かったら家にこない? キャラバンから買ったお菓子がたっぷりあるんだけど」
「行くいく!」
こうして、急遽女子会が始まりました。幼い頃から一緒に育ってきた二人は、はたから見ると本当の姉妹のようにも映るのです。
「じゃじゃあ~ん! これをとくと見よ」
「ひゃあ~美味しそう!」
アガルタは戸棚から数種類の焼き菓子を皿に盛りました。なにせ山中の小さな村、甘味には限りがあり、都会よりもたらされる砂糖菓子達は魅惑の対象です。
「じゃあ、私がお茶を入れるわ」
「ありがとう、レリース」
お茶と焼き菓子を頬張ると自然と笑顔になります。先ほどの事を忘れ屈託なく笑う二人。
「親父と食べてもつまんないな~と思ってたとこだよ」
「そうなの、いつも仲が良いんじゃないの?」
「ないない、いつかぶん殴ってやろうと考えてるし」
「へ~っ、そんな風には見えないけどね。まあアガには鬼教官みたいだからそうなのかな」
「昨日だって、えらい目にあったんだよ」
「熊退治って聞いたけど、何があったの?」
「ええっと、それは……。えへっ、ごめん。詳しくは話せないかな」
「また、隠す。溜め込むのは悪い癖だと思うよ」
「ん~、そんなんじゃないけど、色々と訳ありって奴だから」
昨日のグリフォンとの出会いを回想していたアガルタです。
「まあいいわ、アガと私の仲だからこれ以上は聞かないことにする。話したくなった時でいいよ」
「いつも気を使ってくれて、ありがとうね」
屈託なく続く女子会。話はとまりませんが、レリースがお茶を一杯飲み干した時です。ジ~ッと視線を寄せてきました。
「それよりも、アガ!」
「ひゃっ、なになに眉間にシワが寄ってるんだけど」
「あなたね、なにその髪は……」
「えっ、いつも通りだけど」
「そういう事を言っているんじゃありません! ボサボサで伸びっぱなしじゃない」
「あああっ、大分伸びたとは思っていたけど……」
「いいからもう、そのままじっとしていて」
レリースはそう言い放つと席を立ち、かつて知ったとばかりにと棚から櫛とハサミをとるとアガルタの背に立ちました。
「もお、毛先がボロボロだし、全然そろってないじゃない。きれいな青い髪が第無し」
「ん~、家には親父しか居ないから、こんな処には気が回らないんだよね」
「駄目です、女の子でしょ。こういう事にこそキチンとしてないと」
「はい、よろしくお願いします」
なめらかなハサミ使い、シャキシャキと軽い音が室内に響きます。背の毛先を持ち上げたところ、昨日の傷跡が顕わになりました。
「なにこれ、肩に大きなアザや背中に傷もあるじゃない!」
「見つかっちゃったか」
「これでしょ、昨日の話って」
「まっ、そういう事……、ちょっと河原にひっくり返っちゃって」
レリースはため息をつきながら、その傷跡を見つめています。
「頑張っているのは知っているよ。村にとって必要なことかもしれないけど、もう少し気をつけて欲しいな」
「はあ~い、心配かけてごめんて」
髪切りを進めるなか、なにか思ったのかレリースの手が止まりました。
「まあいいわ、こんな話知ってる?」
「どんなやつ?」
「ダガさんが帰ってくる前のこの村の話」
「ん~、特に聞いたことはないかな。親父しかいないし、村の大人達は私にまでなんか気を使っている感じで、あんまり話をした事もなくて」
「今じゃ、静かで平和って感じでしょ。でも以前は違っていて、いつも村の人は怯えていたそうよ」
ん~っ、と考え込んだアガルタは思い浮かぶ事を口にしました。
「獣とか魔獣とか?」
「もちろんそれもあるけど、一番怖かったのは飢え。飢饉が多く毎年冬には食べるものが不足して、生き伸びていけるかどうか判らない年が多かったらしいの」
「本では読んだことあるけど、この村もそうだったんだ……」
「それと税として少ない作物も領主様からきっちり取られ、冬の初めには私たちのような若い娘がいなくなる事があった」
「家出?」
「違う違う、口減らしと言うの。親が娘を人買いに売るんだよ、わずかばかりの金や食料と引き換えに」
「親が子供を……」
レリースの手が止まりました。
「……生きていくには仕方がなかったんでしょうね。親はもっといい暮らしができるからと娘に言い聞かせ、娘は親や弟達のためにと泣きながら去っていく。でもその後一人としてこの村に戻った娘はいないの。たぶん全員死んでしまった、きっと奴隷や男たちのおもちゃにでもされたんでしょう」
「奴隷か……、人じゃなくなるってことだよね」
「家畜と同じ扱いじゃないかしら、弱いとそうなる、きっと……」
「う~ん、確かニルス王国は奴隷制を禁じたとは知っているし、多少は書物で世間の事を学んで知っていたつもりだったけど、それじゃあ全然足りなかったのね」
「それは、私も同じだよ。小さい頃に、ばあさんらから言うこと聞かないと売られちゃうぞって脅かされていたから知っていただけ」
「売られた先はきっと都会か……、そこにいる人達って酷いのかな。どうしてそんな事ができるんだろう」
「わからないわ、でも事実なのは間違いないの」
急にレリースはこのような話を持ち出しました。友人の傷ついた姿に自分を投影させたのか。それとも、他になにかあるのでしょうか。また、アガルタにも親友に対して気になっていた事があります。
「そう言えば、あなたのお父さんは、どうしているのかな」
「あっ、それはいいの。ごめん変な話しをしちゃった。ダガさんが村のために農業の知識を教えてくれたり、獲物を狩って分けてくれるし野盗の退治とかも……。いっぱい尽くしてくれている。しかもアガまでこんな傷を負ったのを見付けたら、つい」
「大丈夫だよ、気にしないでね。傷はほっときゃすぐに治るし、私や親父はこの村が好きで、皆を守りたいから、それに」
「それに?」
「私さ、村をしばらく離れる事になったんだ。冒険者学院に行くんだけど、今の話を聞いてもっと世の中を見ようと思うの。本当の事も知らないわからないままでは、それは駄目だと感じた」
レリースはその言葉ゆっくりと、噛みしめたかのように黙ってうなずいています。
「へ~っ、やっぱり変わったねアガ。すっかり大人になった」
「そうかな」
「絶対変わったわよ、なにそれは」
「なんのこと?」
「あなたの胸……いつの間にこんなに大きくなったのかしら……」
今日はまださらしを巻いておらず、アガルタの後ろから見下ろしていたレリースには、胸元のふくよかさが丸わかりです。
「にゃにゃ、どこを見てるのよ! 恥ずかしいじゃない」
「はっ、こんな立派なのを見せつけて今更遅~い‼」
「そ、そんなつもりはないってば~!」
「ええい、やかましい!」
「きゃあ~! そんなとこ、摘まんじゃだめ~!」
顔を赤らめたアガルタの背後からぎゅっと抱きつくレリース。
「ふあああぁ、なにをす……」
背中越しに伝わる幼馴染の体温と匂い、背中に当たる柔らかい感触にドキドキしていると耳元で囁かれました。
「気を付けて行ってきてね。そして無事に帰ってくること。約束だよ」
「うん、ありがとう」
「……それに私のは、小っちゃいけど負けないからね」
「へっ?」
そんな時です、『ギー』っと音と共に玄関戸が開きました。抱き着かれて油断していたのか、流石のアガルタも気づけませんでした。
「お前達なにしてんの?」
声をかけたのはダガ、その後ろにはアルト。飛び込んできた少女二人が重なる姿に、男二人の目は点になっています。
自分たちの姿をしげしげと見られている事に、ハッとした二人。
「なんでもないの! バカ馬鹿! 見るな~!」
女子二人のやり取りの下りを楽しく書けたような。
次回はアルト君の入門試験です、お楽しみに。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




