第八話 グリフォン急襲
空から襲い掛かったグリフォン。アガルタ達に危機がせまる!
大きな白き翼をまとい、頭部は鷲、その体は猛禽類にあらず、四本の四肢を持つ大型の魔獣グリフォン。
人々はその姿に畏怖し、その昔より各地に伝承されています。口伝によると飛翔や地を駆けるにとどまらず、人知を越えた魔法すら行使する伝説の怪物。
このような魔獣に対峙するため、人が手に入れた魔術は神秘的な神へのあこがれや世界の理を求めるだけではなく、彼らに抗うためでもありました。
魔獣の操る魔法は今だ人には理解ができないもので、錬金術と同じくして発達した魔術が魔法への唯一の抵抗手段でした。
しかし、その特殊効力得るために自らの『魂の息吹』を糧に、詠唱や陣を記述しエゴリアを呼び出す魔術では、その効果や効力がかけ離れていたのです。
そんなグリフォンがアガルタ達を襲ったのでした。
急降下した翼は広く深く渓谷をえぐるように見えました。直ぐに逃げる動作に移るべきでしたが、アガルタは動けません。
眼前に迫る白き大いなる翼に目と心を奪われていたからです。その姿がスローモーションのようにはっきりと見て取れ、彼女は経験したことのない時間の狭間にいました。
―――はっ!
眼前にその巨体が迫ると、しまったと我に帰り、とっさに逃げの態勢を取ろうとしましたが、時遅くそんな事はお構いなしにグリフォンの前足で抑え付けられたのです。
「ぐううう~っ!! かはっ! あっ! かっ!」
岩場に仰向けに踏みしだかれ、背の痛みと大きな足から胸に伝わる絶対的な圧力。これ以上は声も出せない有り様です。眼前には巨大な爪が迫り、混乱の最中では何が起きているのか考える余地すらありません。
―――私・し・死ぬ……の!?
すがる思いで父親へと視線を向けましたが、ダガは仁王立ちしたままで動く素振りもありません。なら、剣はどこと目配りしましたが、遠くに跳ね飛ばされています。
父親の不甲斐なく見える姿や武器もない状況。
必死に逃れようと足をばたつかせ、両手で冷たく硬質な皮膚をつかみ激しく首を振るアガルタでしたが、絶望感に囚われ始めた今、直上よりグリフォンの鋭いクチバシがのしかかって来ます。
熊をアンデットに施したのはこいつに違いない!
なぜ親父は見ているだけなんだ!
死にたくない死にたくない!!
このまま食い殺されるのかと、経験しようのない死の味が口を満たし、アガルタの心はぐちゃぐちゃです。
グリフォンのクチバシが大きく開き、生暖かい息遣いが目前迫ると、これまでかと目を強く閉じました。
―――暗い、消えていく私が……。いや、いやだ~! あっ!なっ⁉
恐ろしい現実から逃れる為に、意識を失いかけていたアガルタでしたが、彼女の魂の奥底に潜む本能が、この生死の狭間で無慈悲にこじ開けられてしまったのです
どくっどくっと体中を血液がせわしなく駆け巡る音と共に、なにか大きなものが溢れるのを感じた瞬間、左腕に激痛が走ると同時に彼女は大声で叫んだ。
「ぎゃ~! グガガガーッ! あっあっぁ!」
堕ちかけていた精神が、味わったことのない体中を駆け巡る強烈な痛みと共に、無理やり呼び戻されてしまい、ビクビクッと痙攣し悶絶の表情でもがいていました。
その様子にグリフォンの動きが止まり、大きな瞳でじっとアガルタを見つめています。
その時でした。
「おい、もう止めろよ」ダガの声です。
「ひっ」と声を上げ、我に返ったアガルタは父親を見ました。頭をボリボリとかきながら近寄ってきています。
彼女の体にのし掛かっていたグリフォンの重しが、ゆっくりと除かれてゆき束縛から逃れられたのです。
「はあはあはあ……」
「大丈夫か? もう心配するな」
寝転がったままのアガルタの顔に大粒の涙が溢れています。死線を逃れた安堵からでしょう。そんな娘に近寄ると、ダガはひょいと抱きかかえて互いの頬をすり合わせました。
「ごめんな、怖かったろう」
「うぎっ、ひっひっひっ……、あ~あ~わあ~!」
訳の分からない状況から目の前にある父親の穏やかな微笑みと、がっしりと自分を抱いてくれる大きな腕。触れる肌の温かさと安心感に包まれて体中の力が抜け落ちた彼女は、顔を父親の胸に埋めて一心不乱に泣きじゃくり始めました。そして左腕は赤く腫れています。
ダガはグリフォンを見上げると問いかけました。
「おい、どういうことだよ? ファン」
「ん? ただの挨拶」
驚くことに人語を喋るようです。
「お前ね、俺の娘に何してくれんだよ」
「だから、挨拶だよ。我なりのな」
伝説の魔獣とにらみ合いましたが、埒があかないと悟ったダガ。
「あいかわらず偉そうにして、まったくもう。ちゃんと説明しろ!」
一人と一頭の魔獣、そのやり取りもいつしか耳に届かなくなるほど、緊張から開放され泣き通しだったアガルタは、いつしか父親の腕ですやすやと寝息を立て始めました。その頃には、日もとっぷりと暮れ夜がやって来ています。
ダガは河原の端で野営の準備をし、携帯していた毛布にアガルタをくるんで寝かしつけ、薪を火にくべ、その脇にはグリフォンが佇んでいました。
「ファン、プレドベアはお前の仕業だろう」
「いかにも」
「ずっと、空から見ていたんだな」
「当然だ」
「試したのか」
「勿論」
炎を見つめながらダガは続けました。
「どう、思った」
「んっ? 我の感想か」
「そうだよ、ファン」
グリフォンは身震い一つすると岩場に座り込み語り始めました。
ダガの娘アガルタは、その辺りの剣士らよりもすでに剣技は優れており、実践に使えるであろうこと。父親を守ろうとして、飛び込んでいった勇気と決断力。更にあれだけの死地に追い込まれても最後の瞬間まで抗おうとした気力。どれをとっても素晴らしいものだと。
「それに、時の流れを分かつゾーンにも入れていたようだしな」
「お前が、死の恐怖を与えたからだろう。まったくもう」
「それに、二の腕のオランの一つが反応したようだな」
「ああっ、初めてで驚く暇もなかったろうな、可愛そうなことをしたさ」
「……」
「こんな祝福があるもんか、あいつは加護だと言ったが、呪いかなにかか。なあファンよ?」
「それらは、表裏一体である」
「チッ!」
ダガが舌打ちしたところで、今度はグリフォンが質問を始めました。
「このまま育てるんだな、『ドラゴンスレイヤー』として」
「ああっ、娘が断わらない限り」
「まもなく十六才だ。約束の日はそんなに遠くはないぞ」
「だからといって、まだ世間知らずの子供さ。まだまだ経験や思慮が足りなさすぎる」
「それもそうだ。神意に問うても答えのでないは酷なこと。この先どんな答えを導くことか」
眼前の燃える炎の揺らぎを見つめるダガ。
「それこそ神のみぞ知る? てっか」
「我にもわからぬ、この先はな」
「なんにしろ、全てはこの子が自分で選ぶ未来だ。周りに流さずに自分で考え決める事が大切なんだ。俺はその手助けをするためにだけ生きている」
グリフォンは静かに首を振ります。
「自分で考えるか、出会った頃のお前もそうであった」
「ふん」
パチッパチッと薪が弾ける音だけが鳴り響きました。一人と魔獣の会話からは親しい間柄が伝わります。過去にどんな物語があったのでしょうか。
脇で寝ていたアガルタが「う~ん」と声をあげ目を覚ましたようです。「親父、どこ」と目をゴシゴシとこすりながら体を起こしました。
「ここに居るぞ、よく寝ていたな」
「悪い夢でも見てた気分だよ。‼ そうだ、さっきのグリフォン!」
「そこにいるぞ」
指差す先には巨大な翼を背負う巨体が飛び込みます。宵闇にその姿が浮かび上がりました。
「ひっ!! まだここに!?」
「あっ、説明してなかったな。こいつはファン。俺の友達だ」
「う、嘘、伝説の魔獣うううと? どうしてどうして?」
視線を彼女に向けたグリフォンが、優しい口調で語りかけてきます。
「話せば長くなる、お嬢さん。いやアガルタであったな」
「喋ってる、うそ……。いや現実よね」
ヘナヘナと腰を下げ、にわかに信じられない事態に唖然としているアガルタでした。
「もう怖がらないでくれ。先程はつい無礼をした」
「なんか親父より紳士的な答え」
「こら、そりゃあないだろ。俺のほうが生真面目だぞ。まあ簡単に言うと飲み友達だ」
「へっ?」
「だから、若い頃冒険者していた時に、俺の酒につられてやってきたって仲さ」
「本気ですか……。伝説の魔獣が」
「こらこら、変なことを伝えるでないわ。我の威厳が下がる」
グリフォンは羽を大きく広げて身震いしました。
「ば~か、ただの呑兵衛だろお前は」
「ぬぬぬっ」
あっけにとられている娘を振り帰り、ダガも優しい目でアガルタに語りかけます。
「こいつは魔獣だが、中には神獣と呼ぶ研究者もいる。それは神に使えているということらしい。真偽は知らんけどな」
「もう、訳分かんないよ。クスッ」
楽しそうな父親とグリフォンの会話につい苦笑してしまいました。
「そうだ、アガあれを出せ。消毒用のやつ」
「あっ、お酒ね」
アガルタは装備の中からアルコール度の高い貴重な蒸留酒の小瓶を手にとります。
「ファン、少ないが一杯やるか?」
「くぬぬぬっ、頂こう」
ひょいとアガルタの手から封の切った瓶をクチバシで咥えるとゴクリと飲み干しました。
「う・旨い!」そう叫ぶと翼を大きく羽ばたかせました。
「おい、砂が舞うから止めろ。でもどうだ、アガルタ。神様の一族ってのは酒に弱いもんらしいぞ」
「伝説の魔獣の弱点を把握した気分だわ」
「ははははは!」
「キキキュ!」
「眼の前で酒を飲むグリフォンと親父が楽しそうしているなんて、信じられない光景だわ。頭がおかしくなりそう~」
夜空の渓谷にダガ達の高笑いがこだまし、やがて思い思いに寝静まります。
川面の音がサラサラと流れ、山間が明るくなり始めると目を覚ましたファンが、アガルタに巨体をゆっくりと近づけました。
「アガルタ、これを持っておれ」
ファンは翼の小ぶりな風切り羽を引き抜くとその手に渡しました。
「なに、今回我が行った行為への謝罪にすぎぬが、出会いの記念として大切にすると良い」
「あ、ありがとう」
受け取る際に初対面の時とは違う、その優しい大きな瞳に見惚れたアガルタです。
「ダガよ、いい娘を育てたな」
「ああ、当然さ」
「では、またな。いずれ我と盟約を結ぶ者よ。達者でな!」
一言いい放とうとしながら翼を一閃し舞い上がるファン。その風音に最後の言葉がアガルタの耳にはかき消されていました。
「えっ、ちょっと待ってよ。聞こえない! ねねっ親父、何んて言ったの⁉」
「ヤツの真意はわからない。今日起きた事だけを覚えておけばいいさ」
「ちょっと待ってよ! ファンさん!」
そんな言葉を意に介さず、あっという間に遥か上空に到達したファンは大声で笑い出していました。
「ふぁはははは、愉快だ。なんとも愉快だ。主もお喜びになる事だろう!」
豪快な羽音とともに一気に洋上を目指したグリフォン。かの魔獣が目指す地は何処なのでしょうか。そして、『ドラゴンスレイヤー』になることを宿命として生まれた娘、名を『アガルタ・フロント』
数億年にも渡り育まれてきた命の物語。それはこの地に住む全ての生物へ受け継がれ、ちっぽけな一人の娘にも系譜として刻まれているのです。そしてこの地に命を受けたもの全てにも。
これより彼女を取り巻く環境は大きく変化し、いずれ運命の日を迎える事になるとは、アガルタはまだ知るよしもありませんでした。
エゴリア=深層心理に根ずく意志や想像力を具現化した存在(霊体)
最後まで読んでいただきありがとうございました。小説へのご感想やコメントお待ちしています。
ドラゴンは勿論ですけどグリフォンも大好きなんですよ。鷲と獅子の融合体、なぜこのような姿なのかもいずれ書きたいですね。




