第七話 クエストその弐 舞い降りる翼
困難を感じたクエストにどう対処する。そして訪れた予想外の展開⁉
ダガは作戦をアガルタと話し合います。
一つは、狩りの基本としてこのまま潜み続け、敵が現れるのを待つ持久戦法。
二つ目は、罠にあえて乗ってみる。敵が動けば必ず気配を伴います。幸いなことに、餌にされた熊がいる場所は周りが開けた河原。近づくものを察知できると踏んだのです。
三つ目は、一時退却。しかし次に繋げるために敵の実態だけは把握しなければなりません。
「怖いか」
「そんなことない」
「一度、退却してもいいんだぞ」
「やだ、放ったらかしは嫌い」
眼をカッと見開き、頬を紅潮させ集中を高めている愛娘は、何を考えているんだろうとダガは思いました。
―――興奮もあるだろうが、まだ見ぬ魔獣が村で暴れ、被害が出ることを恐れているんだろう。優しい子だが、自覚も伴ってきている。
このまま潜んで野営をするにしても火は使えない。自分の技量とアガルタの体力や精神力の消耗度合い。何時までも緊張を維持できるものでもないし経験も積ませたい。
ダガは冷静に判断しました。様々な点を踏まえ思考した結果です。
「やるぞ、お前は周囲を警戒して敵を見つけるんだ」
「わかったよ。でも大丈夫なの」
心配そうにダガの顔を見ました。
「さっき、お前も聞いたろう? 俺はドラゴンスレイヤーだ」
父親の口から初めてその名を聞き、心がほっこりして力づけられたアガルタでした。
「はい!」
ダガは、左手に盾を右手には普段遣いの愛剣を構え、河原に滑り降りて行きます。アガルタは距離を維持しながら木々の上を渡ります。
―――絶対に見逃さない! 親父を援護するんだ。
フードをとると周囲の音を聞き、些末な気配も感じ取る仕草をみせています。更にソードの柄を握ると刀剣を覆う鞘から鎺を外し、最速で抜き身にする構えです。
―――どこだ、どこに居る! 正体を現せ!
無言で周囲を睨むアガルタ。その額から流れる汗が首筋をひたひたと濡らしていました。
じわじわと熊の死体との距離を詰めるダガ。近づくにつれ、その大きさが判ります。大柄な自分の背丈を遥かに超える巨体でした。
―――でかいな。
目線を木々に巡らせますが娘の気配は無く、うまく潜んでいるなと内心ほくそ笑み、更に歩を進めました。
足元の小石がジャリジャリと音を立てますが、もう気にはしません、『俺も餌だからな』と。
周囲を見渡し気配を感じようとしましたが、ザーザーッと水の流れる音のみ。潜むアガルタも同様でした。
死骸にたどり着くと、報告通り首があらぬ方向に曲がっています。さらにしゃがみ込んで見聞すると、内臓は切り裂かれ飛び出してはいましたが、食われた様子はありません。
しかも、周囲の地面に乱れがなく争った形跡がほとんどない。
―――瞬殺か……。どうしたらこうなる?
ダガは立ち上がると額の汗を手で拭い周囲を警戒しました。が、どこにも動きを感じられません。どこにも気配がなく、すでに敵は立ち去った後かもしれない。
だが、しかしと。
油断はしない。実践で学んだ経験がそう仕向けるのです。
―――この状況がおかしい。食うためではなく、あえて死骸を放置しているとしか思えない。その目的はなんだ?
熊から眼を離し、背を向けた時でした。
音もなくその死骸が立ち上がったのです。気配に振り返ると眼窩が赤く輝いています。
―――こいつは驚いた! プレドベアだと! 魔法を施してアンデッドにしたのか!
アンデッドと化した熊が両手を大きく掲げ、口から腹に響く唸り声を上げ襲いかかろうとします。誰が何の目的でなど構っていられる時は霧散し、瞬時に盾を構え守りの姿勢をとるダガ。
さて、受けるか避けるかと思考した時でした。
ダガの眼にはスローモーションのように眼前のブレドベアの首が飛び、その後方に鋭い眼光のアガルタの顔が飛び込んだのです。
横に一閃した彼女の剣が、首を跳ね飛ばした瞬間でした。
普通ならおいそれと硬い筋肉をまとった熊の首を切り取るなどできないでしょう。しかし、アガルタの振るう剣は鋭く早かった。何年も続けた研鑽と左前腕の重い金属の篭手が、剣の重心バランスを手元に引き寄せ、鍛えた大人以上のスピードと破壊力を爆発させたのです。
―――—躊躇なく振り抜きやがったか、しかし、なんて目をしてやがる!
「親父! 今だ!」剣を振るい斬り、駆け抜けるアガルタが声を上げます。声に敏感に反応し「おおっ!!」とばかりに追撃を加えるダガ。
首が飛んだだけでは、アンデッドを無力化することはできない。ダガは盾を持ち突進すると巨体に体当りしました。後ろへ去った刹那に盾を放りだして、頭上に構えたミドルソードで袈裟懸けに斬り下ろしたのです。
ダガは『魂の息吹』を纏いし者。それを体中に行き渡らせた剣術は、刃先に絡みつく硬い体毛をものともせずに、ブレドベアの巨体を一刀両断です。
ズルズルと静かに崩れ落ちた巨体はまだ動めいています。アンデッド化した物体は止まりません。
「う~っ、まじか~。気持ち悪いよ~親父~」
「よく覚えておけ、アンデッドは皆そうだ。これらにはもう本当の死は訪れないだろう。止めるとすれば術を使った者を見つける事だが……」
ダガはこれを生み出した敵を確信し、それを駆逐しなくてはならないと考えています。
かたやアガルタは緊張が解けたのか、岩場にしゃがみ込みんでしまいました。十五才の娘に、神経をすり減らした一連の経緯は過酷でした。
渓谷に吹き渡る風は、山裾を目指して沈もうとする太陽とともに、火照った体に流れる汗を冷やし少し肌寒くも感じられます。
疲れてボーッとし、なんとなく沈みかけた夕日を目にいれたアガルタでしたが、その目を疑いました。
瞳に写っていたのは、一気に舞い降りてくる大きな翼。
眼を見開いてその異様な影の大きさに、鳥ではないと即座に判断できました。魔獣図鑑に載っていた姿は忘れない。
「グリフォン!」
突如、空より伝説の魔獣がこちらを目がけて、襲いかかってきたのです。
ブレド=死霊・アンデッド・ゾンビ
グリフォン=頭部は鷲、体は翼を持つ獅子の魔獣
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