第五話 幼馴染の気持ちとアガルタ
アガルタの家での勉強も終わり、家路につく子供達。しかし、アルトだけが戻ってきました。
ベルナ講師からの指導も終わり、イサベラと共に村の中心部へ戻っていきました。
子供たちも連れ添って家路につくと、手を振るアガルタとダガ。しかし、アルト少年だけが踵を返すように戻ってきて二人に近づいてきます。その表情からは緊張が見てとれましたが、頬は紅潮し目を輝かせています。
「ダガさん」
「なんだい」
「俺、お願いがあるんです。聞いてくれませんか」
「ん~、なんだ藪から棒に。話は聞くけど願いが叶うかどうかはわからないぞ」
「俺、強くなりたいんです。俺に剣術を教えてくれませんか。お願いします!」
「えっ? 本気なのアルト」アガルタが眉間にシワを寄せ反応しました。
「そうだよ、もちろんさ。頼むよ、アガからもダガさんに」
二人の表情をじっと見ていたダガが、口を開きます。
「なんで強くなりたいのかな? 単純な憧れならやめたほうが良いぞ」
「いや、そんなんじゃないです。俺はこの村を守っているダガさんを見て、自分もそうなりたいって決めたんです」
「それを憧れっていうんだよ」
「そんな……」
アルトはダガの一言に驚き、体を強張らせています。
「強くなりたいのは判るさ。俺もそうだったし。でもな、現実の一部にしか見ずに飛び込むには足らないと思うぞ。なんにしても中途半端なことで、成せるものではないからな」
「いえ、俺は真剣です!」
そこまで黙って聞いていたアガルタが口を挿みました。
「やめときなさいよアルト」
「どうして、そんな事を言うんだよアガ?」
アガルタの表情は厳しかった。
「昨日、私の手のひらを見たでしょう。固くごつごつしたこれ」
「ああっ」
「親父はね加減が無いの。こと剣についてはね。とてもきつくて何度泣いたことか」
「おおっ、あまり彼を脅かすなよ」
アルトから向き直り、父親を睨みつけたアガルタは一気に言葉を投げかけました。
「うるさい、だまれクソ親父! 小さい頃から毎日のように両天秤に大きな水瓶を背をわせて水汲みに行かされたり、立ったり座ったりの農作業。重い物の荷運びや労働でへとへとになった体で剣を持たされ、さらにしごかれる。息が絶え絶えになって、動けなくなって、倒れ込んでかすり傷なら可愛いもんだよ」
手を震わせながら続けます。ダガはそれを静かに見つめていました。
「そんな事を十年以上続けられる? アルト」
「……でも」
「でもじゃない! 怪我だけじゃない。実戦ともなれば一つ間違えば死ぬかもしれないの!」
父親と同行して狩りに出かけるようにり、危険を知ったアガルタの目には、うっすらと涙が滲んでいます。
しばしの沈黙の時が過ぎ、アルトが口重そうに返答をしました。
「ごめん、気づけなかった。アガはいつもニコニコしているから、そこまでの苦労をしているなんて」
うなだれたアルトにダガが声を掛けます。
「もう一度考え直してこい。なぜ、自分は強くありたいのか、その理由をな」
「はい、今日はありがとうございました。出直してきます」
肩を落とし消え入りそうな声で彼は答えました。
ダガ達に諭され子供らの集団へ一目散に駆け戻ると、レリースが心配そうに話しかけてきます。
「どうしたの? なんかアガが泣いてたような」
「ないでもない。なんでもないんだ。俺は……ちくしょう」
「ふうん、何もなかったって訳じゃなさそうか。……まあ、頑張れ」
ニコッっと笑うと同時に唇をキュッと噛み締めたその表情。幼馴染らへの気遣いと同時に他の感情を隠したのかもしれません。
ダガの家に目を向けると二人は子供らを見送っています。娘の肩に手をかけるダガとその手をぎゅうと握るアガルタ。
「すまんな、お前には苦労をかける」
「いいの、これで。アルトは馬鹿だけど、真っすぐでいい奴だから」
「おやおや、もしかして彼の事が気になるのかな?」
「何を言ってんの! 幼馴染としてよ!」
父の問いかけに頬を赤く染めたアガルタです。
彼女が先程、吐露したことは事実。物心ついた頃から父親より様々な教育を施され、これがありのままと受け止めて暮らしてきました。小さな子供へ日々重い枷を課すことを厭わない父。単に教育熱心だけでは説明が事足りないことでしょう。
普段の生活では子煩悩な彼ですが、こと剣となると鬼と言えるほど変貌します。
この世界は、生きるものにとって、優しいものではなく弱肉強食。
弱いものはただ奪われ、強者のみが生き残る事が常。それは、野生と対峙したときだけではなく、人の社会においても同様で生存をかけた戦いが待ち受けています。
争いの種になる、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲らがふき溢れています。それらはいずれ憎しみを産み、同族同士での殺し合いにも発展します。それは人族が持って生まれた質か、それとも神が施した性なのかもしれません。
しかし、神への祈りでは生き残れない。
力がいる。
自分が侵されない為に、そして身の回りの愛する人を守る為にも。
父ダガが語りかけるその言葉の意味を、アガルタは理解しようと必死に努力している最中です。
「よし、準備するか」
「やっぱり、そうだと思った」
彼女は頬の涙をぬぐうと、キッと唇を噛みしめました。
以心伝心、アガルタは父親と村人の会話から察していました。厄介ごとは討伐の依頼だろうと。
緊急クエストです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回より戦闘シーンに突入し、細やかな描写を楽しんで下さいね。
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