第四話 キャラバン隊
村にキャラバン隊がやってきましたが、一緒に厄介な事も。
んっ、誰……。眼の前の人は誰だろう?
笑って私を抱っこしているの? 青い髪、碧い目で私とおなじだ。
温かいな。背中にまわった手の温もり。ほっとする。
もしかして……おかあさ……。
あれ、後ろにも誰かいる? んっ……ぬぬぬっ、クソ親父だと!
「がはっ! 、ふうふうふう、ゆ、夢?」
―――そうか、昨日親父が変なことを話したからだ、きっと。
アガルタは、藁づつみを敷いたごわごわしたベッドで上体を起こし、ため息をついています。
「母さんは、私を産んですぐに亡くなったんだぞ。その顔を覚えている訳なんてないのに、どうして、こんな夢を。あ~もう!」
しばし、うじうじふてくされた後、ガバっと飛び起きいそいそと着替えを始めます。夏ということもあり半袖のワンピースを下着の上にぱっと羽織るともう出来上がり。
顔を洗いに家の外の水瓶に向かい寝ぼけた顔を水面に映すとボサボサの長い髪をとかし、塩をまぶした歯磨草と呼ばれる茎で歯も磨きました。
「ふうう~、今日も暑くなりそうだね」
村の高台にある彼女の家からは、村やその奥に広がる山々を一望することができます。朝日がほど良くのぼり、麓を包む朝モヤが次第と晴れていく、そんな時移りの情景がアガルタは大好きでした。
「あの山の向こうには、町があってこんな田舎とは大違い。もっとずっとずっと行くと大きな街、そしてその先には王都がある」
アガルタの村は、地方郡の一つにありそれを名目上管理しているのは地方貴族である子爵家。さらにそれら郡をまとめる伯爵や侯爵たちの市。更に上には公爵が納めるタニス県。それら県の集合体としてニルス王国があるのです。要は地方の貴族が大きな発言権をもつ国であり、周囲には大国がならんでいます。
近くの町に一度だけ幼い頃に、父親に連れられたこともありましたが、その先は全く知りません。
「行ってみたいな~、おっきな都市に!」
彼女の瞳はきらきらと輝いていました。
朝食を済ますと居間の掃除です。今日はキャラバン隊が来る日。村への目的は物々交換主体の行商が中心ですが、もう一つ目的があります。
ニルス王国を治める王の計らいで、国中の子供たちへ習いを広めているのです。公爵の居るサントス市からキャラバン隊とともに講師を派遣し、立ち寄る町や村で文字の読み書きに算術の方法や、暮らす上で必要な知識を与えて国の発展を目指しているのでした。そのためか周辺国より識字率が高いと言われています。
サザレ村では、そのための場所がアガルタの家。そんなに広くはありませんが、子供十人くらいなら大丈夫。そして村長の家や集会場ではない事には理由がありました。
彼女の家には田舎には似つかわしくない量の書物があるからでした。手書きの本というものはとても高価で、おいそれと手にできるものではないのですが、父は様々な本を入手しては娘に与えているのです。
知識は大きな力。身を持って知ったダガなりの教育方針でした。
第一聖書に始まり、国の成り立ちや大陸の歴史書。動物や植物の図鑑。中には魔獣と呼ばれる類の本もあり、幼いころのアガルタに読み聞かせると、ダガの膝の上で「何これ?」と聞き入る事もありました。でも、算術は未だに苦手なアガルタです。
昼前になり村の子供たちが訪ねてきました。
「こんにちはダガさん! 今日もよろしくお願いします」
年長のアルトに従いレリースや他の子らも一同に会釈。
「よく来たね、さあお上がり」
「「は~い、失礼します~!」」と明るい返事で、とても良い子達のようです。
レリースがアガルタの隣に陣取ると話しかけてきました。
「いつきても、アガの家は良いよね。本がいっぱいだし、なんと言ってもしっかりもので逞しいお父さん!」
「は~ん? そんなことないけど」
「あれなに? あっ、網戸だ! すごーい! これなら夏も風通し良くて、虫も入ってこれないよね」
それに気づいたアルトが窓に近寄りしげしげと見ると声をあげます。
「これって、もしかして生き物の毛? 変わった色だけど。それを編んだものじゃないかな? そうだろ、アガ」
「そうみたいだよ」
「流石、村一番の狩人にして守り神のダガさんだ」
「ほら、これ、お姉ちゃん見てよ。その変わった色味はこれじゃない?」
レリースの妹のハンチが棚にある魔獣図鑑を机に広げ指さします。
「ほんとだ、色がそっくり。でっかいゲジゲジみたいで気持ち悪いけど、こんなに艶艶して光で色味が変わるものなんて他にはきっとないよ」
「ねえねえ、これもダガさんが仕留めたの? こんなに大っきくて凶暴そうな奴を」
「うん、そうだよ……。親父はやる時はやるからね、あははは」
笑ってやり過ごすアガルタでしたが、かの魔獣は父ダガの背丈より大きな個体。しかし、それにとどめを刺したのは彼女です。
他の大型動物にまじり、ごく稀に現れる魔獣と呼ばれ人に害をなす存在。なぜ発生するのかは今だに不明で、大昔からの生き残りだの先祖返りだのと研究者は言いましたが、どれもが強靭でやすやすと倒せるものではありませんでした。
子供ら十数人が、ワイワイ騒いでいると家に向け登ってくる人影が二つ。
その様子をダガは見つめていました。
一人は眼鏡をかけた派遣教師であるベルナ・シュタイン。もう一人は恰幅の良い女商人のイサベラ・カルデです。彼女はたまに村へのキャラバン隊に合流しては、この地を訪れています。
玄関前で迎えに出ていたダガが会釈をすると。
「よお、元気にしていたかい、ドラゴンスレイヤー」
「こら、止めろって、その呼び名は」
「良いじゃないか、皆周知のことだろう」
しゃがれた声で豪快に笑い飛ばしながら、商人ギルドの幹部でもあるイサベラがズカズカと入ってきました。それに続き「どうも~」と小声でお辞儀をしながらベルナが続きます。
「まったく、何時になってもあの糞ババアは」
そんなやり取りを聞いていたレリースがアガルタに耳打ちしました。
「ねねっ、ダガさんが『ドラゴンスレイヤー』って本当なの? うちの親とか近所の人もそんな話をしているのを聞いたことがあるんだけど」
「私もその話は村の人から聞かされた事があるくらいで、親父からはなんにも無いよ」
「ほんとに? でもあの強さならそうかなと思ったりするんだけど」
「相手はドラゴンでしょ。この地では最強種だと図鑑で読んだことがあるくらいで、私からはなんとも言えないよ」
頭をよぎるのは、古より三色を冠するドラゴン。
正確には三頭の人知を超える怪物達。この地のどこかに生息し、時に人族へ災いを施す存在。生きとし生けるもの全てを打ち負かす、生態不明の生物だということだけです。
「そんなのを倒せたなんて。私には理解らない」アガルタは本心で答えました。
講師のベルナが子供たち相手に、今日は文字読みと書き取りの勉強中です。少し離れた席に陣取りその様子を伺うダガとイサベラの二人。
「大きくなったね」
彼女の視線はアガルタに注がれています。
「そうかな、俺は毎日見ているから気づかないかな」
「あの娘ももうすぐ十六歳だろう」
「余計なことまで覚えてんじゃね~つ~の」
「あれ、お前と私の仲だろうに」
「関係ね~よ。それとこれとはさ」
「ふん」
ダガの様子を鼻で笑いながら腰に携えたバッグから、イサベラは巻き紙を取り出しました。たいそうな飾りが施され蝋で封じられた紐が巻かれており、この場には似つかわしくない代物です。
「ほれ、頼まれてたやつ。それと最近のニルス王国や大陸の情勢をまとめた報告と学術書類は後で届けさせるよ。それと、厄災はどこにも起きていない」
「いつも悪いな。こんな遠くまで」
「なに、あんたが駆け出しの頃から面倒をみていた私の好意と、あの方の指示でもあるしね。でも手間賃はしっかり頂くよ」
「ああ、裏の小屋に魔獣らの素材も用意してあるから、好きなだけ持っていってくれ」
「相変わらず、良い腕してるね。レア物はなかなか手に入らなくて往生してるってのにさ」
「大したことじゃないさ。ここだけの話し、娘が狩ったものもある」
「そうかい。それはそれで驚きでもあるけど、騎士団長の位を蹴ったとはいえ、そんな男がこんな田舎暮らしとはね」
「いいのさ、今の俺にはこれが向いている。なにより娘が居るからな」
イサベラはコップに浮かぶ茶葉を見つめると目を半分ほど閉じました。
「ならいいさ、生まれたての嬢ちゃんの為に、乳母を紹介したかいがあったってもんさね。で、これからどうするんだい?」
「これに許可は示してあるんだろう」ダガは渡された巻紙を見つめています。
「多分ね。私は細かいことまで入り込むことはしないよ。触らぬ神に祟りなしってね。でもさ、あんたの悪い癖だよ、なんでもかんでも一人で抱え込んじゃうから」
「ほっといてくれよ。性分なんだ」
その言葉を聞くとイサベラは、冷めた茶を手にとり飲み干しました。
それから遅めの昼食を子供たち皆で調理し、がやがやと過ごしていると二人の村人がダガの家を訪れてきました。背負子姿で山から戻ってきたばかりの様子でしたが、大汗をかきながらも深刻な面持ちです。
「いるかいダガさん。俺だよ」
「どうしたジーン?」
「ちょっと聞いてくれるかい」
大人三人が顔を突き合わせて、玄関の外でヒソヒソと話をしています。どうやら子供達には聞かせたくない様子。
「わかった、急ぎだなそれ」
「ああっ、ダガさんよ。この事は村長に俺から伝えておくから」
窓越しからその様子を伺っていたアガルタは、息を飲んでいました。
レリースが、彼女に「どうしたの?」と声を掛けますが、なんでもないよと手を振る仕草をみせましたが、これは単なるポーズ。
アガルタは父親達の会話から、厄介ごとを嗅ぎつけていたようです。
イサベラが口にした”あの方”、村人に持ち込まれた厄介ごととは?
最後まで読んでいただきありがとうございました。




