第三話 夜間訓練
剣の修練シーンです。
ドタバタとした騒ぎの後、食卓にはダガの用意した食事が並びました。質素ではありましたが大麦パンに具沢山のスープと狩った鳥の香草焼き。ふんだんな野菜や果物と、山の恵みをいただきます。
「はあ~、美味しかった。親父の料理はいつもすごい」
「そうか? 偏らないようにと気をつけているだけだけど」
「毎日いろんな味付けしたものが出てくるけど、どこで覚えたの?」
「ん~、色々だな。若い頃に冒険者をしながらあちこちを巡った時にかな。ほら、食べる事や酒を飲む事は、彼らにとっては一番の楽しみだからさ」
でもダガの手元には、水の入ったコップしかありません。
「そう言えば、酒を飲まないよね。どうして?」
「若い頃は、それなりにやったけど、今は止めた」
「なんで? 嫌いになったとかなの」
「そうじゃないけど、まあ願掛けかな。願いが届くようにと神様との約束だ」
「ふ~ん。それってどんな願い?」
「ばか、そんな事を他人に話したら願掛けにはならないの」
そう言うとダガはゴツい手で、アガルタの頭を撫でました。
「じゃあ、俺は片付けをするから、お前はいつものな」
父親の言葉に少し顔を曇らせて、生返事をするアガルタでした。
「はあ~、やっぱり。わかったよ……」
一人、家の外へ出た彼女は庭にある松明立てに火を入れます。足りないところには小屋から抱えてきた薪を足しました。パチパチと弾ける音をたはじめた炎が、暗闇を照らしていきます。
一度、住まいの脇にある小屋へ戻るとワンピースを脱ぎ、動きやすい半ズボンに簡易な胸当て、そして壁に掛けてあった重い鉄製の籠手を左前腕に付け、右手首には汗をぬぐう為の腕巻きを。
彼女の左上腕には三つのオランが施されているのですが、その下に編み込まれたパープアットも巻きました。これはこの地の習慣として戦いの神マールスに祈りを捧げる飾り紐です。
最後に歯止めをした刃幅の細いやや長めのショートソードを握り、篝火の中に立つと剣を眼前に構え彼女は祈ります。その眼光は先ほど不満を浮かべ濁ったものとは異なり、強く輝いていました。
炎に照らされた庭に立ち、剣を頭上に真っすぐ高く構えています。
「神よ、私を許し給え。紛うことなき祈りを受け止め給え」
剣を振るい斬るという事は、第三者や他の生き物を傷つける行為に他なりません。自分の身や周りの者を守る事にも繋がりますが、剣の訓練はそれを極めるにあたり、父親からこの祈りを行うことを義務付けられていました。
「今日は木曜の夜、ちょうど月の導きも強くなる時合だから応援してくれるかな。さて、やるか……」
そう呟くとアガルタは剣を地面に置き、柔軟体操を始めます。食事からはまだ一時間ほどしか過ぎていませんが、消化の良いメニューにバランスのとれた食事を日々与えられたアガルタの肢体は、柔軟にそして伸びやかに踊っていました。
腕立てや腹筋をこなした後に地面を這うような全身運動をゆっくりと息継ぎをしながら、彼女は体をほぐしてゆきます。
また月の導きとは、月が持つ神秘な力を指し、愛情や融和が増すと考えられていました。空にある七大惑星それぞれの力は、神と同様に人に影響を与えるのだとされています。週の七つの曜日はここからきていて、時間ごとにその影響力も変化するとされていました。
「んっ、今夜も悪くないかなっと。月の光が優しく私を包んでくれているみたいだ」
なんだかんだ言っても、剣を握ること自体は嫌いじゃないなと、彼女は心の中で思うのです。天満つ月夜と篝火の明かりが、アガルタの体を照らし、握る刃は冷たい光を放っています。
剣や闘技の訓練を物心ついた頃から、師匠となる父ダガから徹底的に仕込まれ続け、今日に至りました。そして、彼女はその才を十分に開花させ始めているのです。
「まずは、剣舞」
地に置いていたショートソードを握りしめ、正眼の構えから右手を離し、片足を引くと膝を深く折り重心を下げ、目の高さまで掲げ水平をとった刃先を睨むかのように見つめながら、ゆっくりゆっくりと揺れることなく、左手一つで体の左に剣先を開いていきます。そのまま姿勢を崩さずにしばらく維持するのでした。
大の男とて、揺らさずにこの姿勢を続けることなど、そうそうできないでしょう。歯止めをしているとはいえ、鉄製の実践に用いる剣と重い鉄の籠手を装着しているのにです。
この姿勢を行使するには、体幹すべてに途方もない筋力が必要で、多少同年代の子らより育ちが良いとしても圧倒的な力でした。
―――キツイ、けど、そう、このままもうしばらく維持をして……。
アガルタは心の中で呟き、剣先をしばし睨みましたが、すっと目を閉じると同時に周囲の様子を感じ取ろうとしています。
剣一点に集中するのは当然ですが、それでは隙を作ることにもなりかねず、いつでもどんな場合でも即対応できるように精神を研ぎ澄まし、自分の意識が届く空間全体を把握しようとしているのです。
見の眼は弱く観の眼は強い。
心を養えとダガの指導です。言い換えれば様々な事象を心眼で感じ取れという事でした。人の意識は頭の中や胸の内にあると言われていますが、体を飛び出して自己を中心に広がっているのではとの考えもあります。しかも、他の意識にさえ触れられるのではと。
達人と呼ばれる者は自然とそんな域に達しているのかもしれません。
私の周りにあるもの……肌を這う夜風が心地いい。
虫たちの音色が響き。
月明かりは、ほのかに照らし。
剣は篝火の炎を映す。
私は今自由だ。
剣を操るは体力や技だけにあらず、己の精神を研ぎすまし擦り切れんばかりに、全てを集めた先に訪れる、『魂の息吹』を纏いし者に届くことを願うのです。
目を閉じたアガルタは、心の奥底に広がる『魂の息吹』を意識して、それを全身に行き渡らせるイメージを育てています。
ほんの十五才の少女がここまで達するには、ダガの指導があるとはいえ、両親より授けられた健康な体や大切に育まれた事、自然あふれる山々の麓で穏やかな住人たちに囲まれ、悪意など感じることなく育ちました。
なにより父親から大きな愛情を注がれた事が大きな因子として、純粋に目指すことができたのでしょう。
姿勢をもどしたアガルタは、静から動に転じ剣を振るいます。
唐突に踏み込んでの突き、後ろ足で下がりながら剣を上段に構え上げたり、構えたまま左右に滑り足でステップを繰り返し、剣先を振り下ろせば周囲に風切り音を響かせながらも、振る止めるを繰り返しました。
それは動と静が調和し彼女のしなやかな体を活かした剣舞です。
さらに、姿勢を正対から半身へと入れ替えての構え、地面すれすれに這うかと思えば瞬時の横移動と様々な動作をとりましたが、それでも絶えず一点をみつめていました。
額に汗をかき始めた頃、ふうと息を吐き呼吸を整えて緊張を解いて行きます。
「ほう、だいぶん様になってきたじゃないか」ダガが手ぬぐいを片手に近づいてきました。
「見てたのね」
「ふん、それに気付けないようじゃ、まだまだってことでもあるな」
その言葉に少々ふてくされながら手ぬぐいを受け取ったアガルタは、顔を拭き目線を下に向けます。
「親父みたいなのに、気配を消されたら気付ける訳ないじゃん」
「それでも、察知できるようになる事が必要なんだよ」
ぽんぽんと娘の頭をなでながらも、ダガの頬は緩んでいるようでした。
「あ~、また子供あつかいする!」
「いけないか?」
「ん、いや……、いい……、もちょっと撫でて」
なんのかんの言いながらも、まだ十五才。背伸びする年頃ではあっても、たった一人の父親の愛情こもった手の平は、やはり大きく温かなのでした。
「じゃあ、今夜はここまで。湯は沸かしてあるから汗を拭いてやすみな」
「えっ? 親父との稽古はしないの?」
「明日は近所の子らも家に来るだろう。へとへとで寝起きが悪く、昼までだらだらしているお前の姿は見せられないって」
「あっ、そうか! 明日は月に一度のキャラバンだ。ねえ、お父さん、甘いの買ってよ」
「こういう時だけだな、お父さんと呼ばれるのは。あははは」
「当然よ!」
夜間にしか剣術や闘技の稽古は行いません。昼間とは違う殺気を帯びた剣を振るうアガルタの姿を村人たちには見せたくはない。そんなダガの親心です。
この世界の七大惑星=太陽・月・火星・水星・木星・金星・土星
惑星は曜日と時間を支配する「ソロモン王の鍵」参照
「魂の息吹」=研ぎ澄まされた精神に宿る力、「魂」「霊魂」「心」等
次回、キャラバン隊。登場人物が増え、アガルタの元へ厄介ごとが発生?お楽しみに。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




