第二話 父「ダガ・フロント」
主人公の父親登場シーン、如何なる人物?
村の子供らと別れたアガルタは、村の中心より離れた高台の家にとぼとぼと向かっていました。夕刻となり道に映る影が長く伸びゆくなか、彼女の足取りは重そうです。
ため息をつくほどではないけれど、表情はくもり気味。
「ん~、帰りたくない。憂鬱……よね」
やがて見えてきたのは小高い丘の上の一軒家。木造づくりの平屋で小さな煙突から煙が立ち上っていました。
―――居るのか。
多少の隙間風が入り込みそうな板壁。ガラスは高級品なため、手作りの網戸と戸板で仕切られた簡素な窓。そこからほのかに漏れるランプの光とかぐわしい食事の香りが風に乗って漂ってきます。
その匂いに『ぐう~っ』と鳴ったお腹を手でさすりながらドアを少し開けると、かまどの前には見慣れた大きな背中。肩口のシャツの合間から見える刀傷。ところどころ白髪が生えた髪を短く刈り込んでいます。
汗を流しての食事作りが目に入り、傍目からはフライパンを振る姿が様になる中年男性でした。
「ただいま」
小さめなアガルタの声に、機敏に振り返る父。
「遅かったじゃないか! パパは心配だったよ~!」
そう返事をすると一目散にアガルタのもとへ駆け寄ってきます。
「こらこら! また懐いて! あ~もう、鬱陶しい!」
「そんなに邪険にしないでくれよ。パパはアガの事がいつも心配なんだよ~」
ずいっと近づく父親の頭をむんずと押さえて、しかめっ面でアガルタは続けました。
「毎度まいど、同じ反応をしやがってこのクソ親父め。それにパパってなんだよ⁉ すごく気持ちが悪いんだけど」
「え~、良いじゃないか。そろそろそう呼んでくれよ。都じゃ父親の事をそう呼ぶんだから」
「あのね、ここはド田舎の辺境地。そんなお上品なのは無いの!」
アガルタはこういった、父親の反応に辟易していたようです。
ダガは大柄で筋肉質の体に見かけも強面ですが、他人が想像する様子とは異なり大の子煩悩。それもそのはずで、アガルタを産んだ妻をすぐに失うと、彼は男手一つで十五年間、大切に娘を育ててきたのですから。
その娘に邪険に扱われながらも、かまわず話かける父でした。
「まっ、そのうちに頼むよ。一度でいいからさ」
「絶対やですからね、べーっだ!」
やれやれと言った顔を見せながらも、ダガは再びフライパンを握り調理を再開。
ランプの灯りに映し出されたこじんまりしたリビング。壁には狩猟で仕留めた動物たちの毛皮や角、武具も少し飾られていて狩人の生活が見え隠れしています。そんな調度品からは、王都にいた頃の若かりし彼を連想するものは、何一つとしてありませんでした。
十六年前に『ドラゴンスレイヤー』の肩書を拝命したのに、生まれ故郷に戻ってからは、王国騎士団所属騎士としての見る影はなく、農作業や野生の獣を狩る事、まれに現れる夜盗らへの対応が彼の主な仕事です。
日中に幼馴染とそんな父親の話した事を思いだしたアガルタは、少し言い過ぎたかもと反省したのか、テーブルにナイフやフォーク、スプーンを手際よく並べてゆきます。
でも、ちゃっかりと夕食が出来上がるのを今か今かと心待ちにし、テーブルに肘をつき父親の背中を優しい眼差しで眺めています。
そんな視線を感じたのか、ダガはちらりと振り返り、ポツリと言葉を洩らしました。
「そう言えば、最近のお前は出会った頃の母さんに、そっくりになってきたよな」
んっ⁉ と思わず顔あげたアガルタ。
「えっ? ちょっと待ってよ、そんな事は初めて聞いたけど。それに私はまだ十五歳なのに、姿が似てるってどういうこと?」
椅子から立った彼女は、父親に詰め寄ります。
「いやあ、母娘だし似ていて当たり前だろ……髪とか目元もそっくりで」
「そんなことじゃなくて、口ぶりからすると母さんって、子供っぽかったってことじゃないの?」
「……ああっ、そう言われれば。もうちょっと小柄だったかも……」
「おい、母さんとは幾つで結婚したんだ」
「えっ……、いや幾つだ? 俺が三十一歳の頃で、多分十四~五歳くらい……だったかな……」
ダガが少し口を引きつらせながら答えると、その返答にアガルタは更に父親にずいっと詰め寄り、シャツの襟口を引っ張ります。
それもそのはず、婚約は何歳でもよいのでが、十六歳がこの国で通常許される結婚最低年齢です。ただし、両親の許しがあれば多少のずれは構いません。
「『かな』ってなんだよ、私より年下じゃないの⁉ この変態親父が!」
娘に怖い顔で睨まれ、ダガは防戦一方です。
「わ~! 待て待て、落ち着くんだ! どこでそんな下品な言葉を覚えたんだよ!」
「下品で結構! 私はあんたの娘なの!」
「痛い痛い! ひっかくな~! 顔の傷が増える~!」
「うるさ~い! この馬鹿ちんが!」
親子二人きりだけど、いつもこんな調子で賑やかなアガルタの家。
普通の家庭なら温かい夕食が済めば一日の終わりですが、彼女には日課である剣や闘技の厳しい修練が待っています。
庭の隅にある母親の粗末な墓の周りからは、夜陰に沿い虫たちが待ちかねたように、恋の音色を奏で始めていました。
次回は、夜間訓練のエピソードです。剣修練の描写をお楽しみください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




