第一部 旅立ち編 第一話 英雄の住む村
ドラゴンが大好きで書きました。空想上の生き物が存在していたらドキドキしませんか。
第一部「旅立ち編」として始めさせていただきます。
今日明日で6話投稿予定です。
ほぼ第一部完結まで書き上げてありますので、ぜひ、読んで下さいね。
不定期ですが自作挿絵も掲載させて頂きますのでお楽しみください。
タダール歴一九六二年の秋。大陸の西方に位置するニルス王国は、突如一頭のドラゴンに襲われました。この地ではこれを大いなる嘆きと呼び、人史では度々繰り返されてきた厄災でした。
夕刻の屋外晩餐会に突如舞い降りると、王城の空を覆い尽くすかのような大きな翼を広げ、老若男女問わず、救いを求める声に慈悲もなく、生きとし生ける者を死に追いやっていったのです。
城壁をも超えんばかりの恐ろしい姿で大地を踏み鳴らし、奇妙な雄たけびとともに空を暗転させ、雷撃をも下す人知を超えた存在であり、巨躯から繰り出す暴力や魔法を操る姿は恐怖そのものでした。
当初、駆けつけた王国精鋭の騎士団や魔術師達も抵抗を試みはしましたが、厄災へ刀傷ひとつ与えることができず、王族らを見捨てて我先にと逃げ惑う始末。しかし多くの者が死に絶える中、一人の騎士だけが盾となるべく踏みとどまったのです。
彼の名は、『ダガ・フロント』
城内の人々が逃れる隙をつくりだすためにか、ただ一人勇敢にドラゴンへ立ち向かい、巨躯から繰り出される圧倒的な力を盾でいなし、火炎のブレスをものともせず飛び走り、ドラゴンへ肉薄すると煌びやかなロングソードを振るいました。
それは人知を超える戦いであり、どのように剣戟を加えたのか、どのように死線を超えようとしたのかは、全容を目撃した者がおらず定かにはなっていません。
一時ほど、過ぎたでしょうか。
ほうほうの体で城から逃げ延び、城下町から振り返り様子を見守る人々は、炎があがる城壁内の喧騒が止んだことで勇敢な騎士の死と、この後に自らにも降りかかる惨劇を覚悟しました。
最強種ドラゴンに襲われ、滅びを迎える歴史はまた繰り返されるのだと。
その時、暗闇に目を覆うほどの眩い一条の巨大な光柱が城より天へ立ち上り、やがて辺りが静まると、崩れ落ちた城門に人影が現れます。
燃え盛る炎を背に浮かび上がる男の姿。そう、騎士ダガは生きていました。
腕には一人取り残されていた姫を抱き抱えています。彼女はテーブルクロスに身を包まれ、ダガも装備がボロボロでしたが、仁王立ちして剣を掲げ勝利の雄叫びを挙ると、歓喜する群衆や生き延びた家臣らは皆、手を取り合い雪崩をうつように、英雄のもとへ駆け寄り称賛したのです。
しばらくして半壊した城の始末や、地方貴族らも集めて政治体制の方向性が決まると、王家の娘として一人生き延びた姫は、ダガに『ドラゴン・スレイヤー』の名称を与え、騎士団長の任を授けます。
しかし彼は王らを守れなかった事を強く恥じ、それを固く断ると妻を連れ、皆に惜しまれながらも生まれ故郷へ帰っていきました。
これが、今も語り注がれるニルスの奇跡と英雄譚。
そしてそれより、十六年後。
安定を取り戻したこの地より、大いなる物語が動き出そうとしています
―――サザレの村―――
王都より各地にのびる街道の一つを歩み、貴族領主が納める街をいくつか抜けながら二月ほど。山々が幾重も重なる尾根街道に分け入り、踏み込んだ先の森の中にとある村落がありました。
村の名前はサザレと言います。子爵領内でしたが山間にはどこにでもある風景で、閑散としており特に変わった様子もありませんが、そんな地でも人々は慎ましく暮らしています。
村というよりも部落に近い集落ですが、小さいなりにも長がいます。新たに入村する者も無く、定期的に山を越える行商人らが立ち寄る程度です。
暮らしぶりはいざこざも少なく、日々生きる為に先祖より受け継いだ、山間の農地で作物を育て、森の恵みを享受し、時折の狩ることのできる野生動物の命に感謝し、子を産み育て、やがて死んでゆく。そんな人々が寄り添い静かに暮らす場所でした。
その集落から少し離れた所に山より下る川があり、畑へ水をひく粗末な水路が伸びています。
今日は天気も良く、夏でもあり山間とはいえ気温は高め。先程の川上へ目をやると村の子供たちの歓声が聞こえます。中には親に頼まれて洗濯をしている子もいますが、水浴びに魚とりと、格好の遊び場のようです。
そんな中、青い髪の少女が水辺の岩の上で、うかない表情を浮かべて汗をかき、足を投げ出して座っていました。
周囲の子供らよりも体躯も良く健康的ですが、水遊びはせずに過ごしています。
「暑っ……、はあ~。私ってどうしてこうなんだろ」
額の汗を質素な手ぬぐいで拭いながら、気だるそうな様子です。
彼女の名前は、アガルタ。『アガルタ・フロント』と言います。
年齢は十五歳を過ぎ。この地においては、もうしばらくすると大人の仲間入りをする年頃でしょうか。
「水浴びしたいな……」と小声で呟きましたが川へ入って行こうとも、子供たちの中に加わろうともせずため息をついていたところに、川にいた年下の男の子達から声が飛びます。
「アガルタねーちゃん! そっちに行ったから獲ってよ!」
どうやら子どもたちが浅瀬に魚を追い込んだようです。
「あん? あっ、いいけど」
そう返事をするとスッと中腰になり、用意してあった短い一本銛を手に取ると、水面を見つめています。川面の光りをかき分ける彼女の碧い目は、水面下の川魚を見逃しません。
「そこ!」
そう呟いた瞬間、投げ放たれた銛は見事に命中し、胴を貫いていました。
「やった~‼ すげ~よ、ねえちゃん!」固唾をのんで見守っていた全員が嬉しさを隠せない様子です。
「良いって、これくらいわ」
獲物を取り合う子らに軽く生返事を返すと、再び岩場に座り込んでうなだれています。そんな仕草を見かねたのか、浅瀬より幼馴染の女の子レリースが声をかけてきました。
「相変わらず魚とりとなると上手いわね。でも、いつも一匹だけなのはどうして?」
「親父に言われているんだよ。狩りすぎるな、資源は有限だってさ」
「へ~っ、ダガさんはそんな事も言うんだ。うちの母親は喜んでるんだよ、定期的に狩った鹿や猪を分けてくれて助かるって」
「それに付き合わされている、私の身にもなってよ」
「お~大変そう。それよかさアガ、こっちにおいでよ。冷たくて気持ちいいから水浴びしよう」
「あっいや、大丈夫。今日はやめておく」
「え~どうして。なぜ水浴びしないの?」
レリースはそう言うと、濡れた下着の裾を絞りながら、ずかずかとアガルタに歩み寄り、顔を近づけると耳元でささやきます。
「もしかして、あの日?」
アガルタは頬を赤らめつつ友人に答えました。
「ち、ちがうよ。もう。……そんな気になれないだけ」
「なにか隠している訳じゃないわよね」
「そんなのないってば」
「そお? なら良いけど。もし困りごとでもあるんなら相談してよね」
「うん、ありがとう。いつもゴメンね、レリース」
その後、手を振りながら皆の集まる川辺に戻る女友達を、苦虫を噛み締めたような作り笑顔で見送りました。
「そりゃ、私だってこのクソ暑い中、水浴びしたい。でも今日は……」
そう言いながら、彼女は視線を下に向けます。
「うっかりしてたよ、夏はどうしても長下着を着忘れちゃうんだな」
どうやらワンピースの中は夏向けの長下着を忘れ、胸にさらしを巻いているのと質素なパンツだけ。いつも一緒に過ごす見知った村の子らだけですから、多少肌をさらすなどさして恥ずかしい事ではそうですが。
―――お腹を見られたら、きっと馬鹿にされるわよ。カエルかって。
彼女は皆にお腹を見られる事を恥ずかしがっているようです。
「オランは良いとしても……、はあああぁ暑っ」
そう呟くと子供らには目をやらず、二の腕に刻まれた母の願いが籠った、三つのオランを右手でさすり、緑あふれる木々の隙間に広がる夏空を恨めしそうに見上げるのでした。
しばらくして夕暮れ時が近づくと、水遊びを終えた村の子供たちは帰路につき、アガルタはつまらなそうにあくびをして最後列を歩んでいます。
同年代の子らよりも頭一つ抜け出た長身に、引きしまった筋肉をまとう、すらっと伸びた手足。後ろから見ると背中が女子としては張り出していて、どこか力強ささえ覚えます。
「なんだなんだ、面倒くさそうにして。帰ったら今日も親父さんと夜の稽古かい?」
一つ年上のアルトが、彼女を振り返り声をかけました。彼は子供たちのリーダー的な存在です。
「あっ、そうね。きっと今夜もそう」
「親父さんに、しごかれて大変だなアガは」
「ほんと、あのクソ親父ときたら、年頃の娘をなんだと思ってんだろう」
「昼間に運動させられているのを、遠目から見かけたことあるけど、容赦ないって感じには映ったな」
「あんなの、序の口だからね」
そこへレリースも会話に加わります。三人はほぼ同い年で、村の中でも大の仲良しトリオです。
「雨や雪が降っても、休んだ事がないように見えたわ。それに最近は狩りにも、ずっと同行しているんでしょ」
「そう、ほぼ毎日。私の具合はお構いなしで、少し熱があっても引っ張り出されちゃう。それに、狩りも強制参加みたいなもんだから」
レリースとアガルタが父親の事を、ああだこうだと言うのを聞き、アルトが少し眉をひそめて話を始めました。
「確かにアガの苦労というか大変さは、みんなが知っている事だけど。でもそんなダガさんに、村人全員が感謝していることも、間違いないんじゃないかな」
「それは一人娘の私にとってさ、誇れる所だけど、それとこれとは別よ」
「ダガさんは村の守護者みたいなもんだし、娘へ剣士としての稽古は仕方ないのかな」
「はあ~ん? アルトは随分と親父の肩を持つんだね」
アガルタがジロッと眉間にシワを寄せて彼を睨みます。
「いやいや、そういう意味じゃないって。お前が可哀想かなって思うけど、俺から見ると羨ましいんだよ」
「「どゆことよ?」」女子二人が不満げにアルトに目を向けました。
「俺もさ強くなりたいって思うんだ……、男だし」
よく日焼けした少年の顔は恥ずかしそうですが、アガルタは不満げです。
「ふ~ん、なら親父をあげてもいいけどさ」
「もしかして怒った?」
「そりゃあそうでしょ。私の苦労、いや辛さを知らないから、そう言えるんじゃないかなって」
「ごめんごめん、ほんと悪気はないんだから」
「男って本当に能天気よね、ねえアガ」
アガルタはため息を一つ吐くと二人に両手を差し出します。
「ねえ、手のひらを見て。これが女の子の手に見える?」
そこには、ごつごつとした大きなタコがそろい、指に皮膚が裂けた傷までありました。剣を握り、日々、振る事で自然に生じたものです。農作業に従事する大人の女性でもここまで酷くはありません。
「「うっ……」」二人は差し出された手先を見つめると、言葉が止まってしまいました。
「私だって理解っているよ。アルトの言うこと。……親父がいるからこの村が安全なんだって位はね」
アルトとレリースは顔を見合わせて、心配そうな表情を向けます。
「でも、こんなになるまでやらなくても良いんじゃないの?」
「確かにそうかもな……」
一つため息を吐くとアガルタは答えました。
「小さい頃からだから、もう慣れちゃったよ。傷も治るのが早い方だし、さあ帰ろう」
そう言って子供たちの隊列を追いかけたアガルタでしたが、父親から受けている毎夜の修練は、彼女に大きな負担を強いていたのです。
オラン=主にシャーマン(祈祷師)が施す印で女性向け、男性は刺青を好みます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




