第十八話 書の在り方
世に出回る書物についてダガから注意がなされます。そして……。
夜風が火照った体を冷まし、虫の音を聞いていると先ほどの喧騒が嘘のようです。ダガがアガルタの方を見ると落ち着いきたようで物静かにしています。
「いい機会だからもう一つ聞いてみるけど、文字になっている事柄をお前は信じるかい?」
「当然じゃんか」
「その文章は誰が何のために書いたのかを考えた事はあるかな」
「どういうこと?」
「書物は残して伝えたいから書くものなんだが、嘘かもしれないという事だよ」
「なあんだ、えっ⁉ 嘘なの?」
キョトンとした目を向けるアガルタ。
「全てではないが、文章には書いたヤツの考えや意志が必ず混じっている。内容が事実と異なっていても、自らの名声を上げるために読む人をたぶらかす事を厭わない奴かもしれないだろう。もっとずるがしこい奴は嘘と真実を混ぜ、人の考えを操ろうともするんだ」
「じゃあ、今まで読んできたものどうなのよ」
「それについては、多分大丈夫だ。俺が先に読んで怪しいモノは捨てたし、事実と違うかもしれないが、一般的な知識として知っておかないといけないモノは残したよ」
「ならいいけど、なんか世知辛い話で裏切られた気もするね。私みたいなのが読む本にまで嘘が混じっているなんて」
ダガは少し考える仕草を取りましたが、続けます。
「一つ例をあげようか」
「どの本?」
「お伽話なんてのはまだ可愛い部類だろうけど、それなりに怪しいのが第一聖書だよ」
「ちょっと待って、聖書が違うって言うの? あれが偽りだというの?」
聖書と言えば神がこの世で生きる導としてもたらされたもの。古今東西の聖人君子が古から伝わる伝承や教訓をまとめたものでしたが、驚きを隠せません。
「この世界は辛いんだ、生きていくのがね。だから誰しも心の拠り所が欲しくなる。神を信じれば救われる……いい話じゃないか。そう思わないか」
「そりゃそうだよ、私だって神様は信じているよ。それを親父は否定するの?」
「全てではないが、聖典の内容を信じていたのに多くの者が無慈悲に死んでいった。俺はそれを目の当たりにしてきたし、神の一人にさえ会った事がない」
アガルタは先ほどとはうって変わり、何処か悲し気な表情をみせる父親に胸が痛くなる感覚を覚えました。
「それはそうだけど……」
「はっきり言えば、聖典って便利なんだよ。人や国を治めるのにな。住まう人々に希望と安らぎを与え、統治を円滑にできるからだ。争いはするな、許しを与えよ、そしてもっと信心しろと」
「そう考えるとちょっと怖いかも。人を操る道具みたいな気もしてきたかな」
「たぶらかすとまでは言わないが、操るは半分あっているだろう。いくつか宗教はあるが、どの国でもそうとうな影響力を持つからな」
「なにか嫌な話ね、親父が私に嘘をつく事は無いけどさ。レリースが言ってたよ、大人は本当の事を話さないって。これからは考え直さなきゃいけないのか」
「ば、馬鹿な事を言わないでくれよ。俺は騙したことなんてないぞ」
「怪しい……。でも、いいよ。嘘をつかれていても、それは私のためだからとなんとなく判るから。ここまで育ててくれた親父を信じている事だけは誓える」
じっとダガを見つめるアガルタでしたが表情は穏やかです。
「ごっほん、いいかこれからは自分の目で見て体験した事を真実として受け止めるんだ。誰かの語る事や文字に示された事には真だけではなく虚が混じっているかもしれないという事を」
「解った。これからは注意するね」
「じゃあ、武具の手入れをして今夜は休もうか。明後日は旅立ちだからな」
「私、すっごく楽しみなんだ。何が待っているのかワクワクしちゃう。それと約束忘れないでよね、可愛い服を待ってます」
「現金な奴だな。ふふっ、引き受けた」
「そ・れ・に! 私にとって、これは初めての冒険だからね」
アガルタがニッと笑うとダガは頭をポンポンと叩き、連れだって家に向かいました。
こうして親子の対決と対話は終わり、アガルタにとってこの世にある事柄に触れる旅路がいよいよ始まります。
そんな二人が家に入るころ、村の一角で人影が動きました。どうやら小柄な娘のようです。あたりを気にしているのか気配をうかがっています。
誰もいない事を確認すると小走りで村から二本杉のある森を目指しました。
手には古ぼけたランプを抱えていましたが灯は入っていません。
―――はぁはぁ、急がなきゃ。
彼女は足元に茂る草木をかき分け、満月の夜を慣れた足取りで進みました。四半時ほど森を踏破すると目的地の二本杉にいたり、携行していた火縄でランプに火を入れクルクルと手に掲げて円を描くように二周させました。
ふうと息を吐きランプを地面に置くとしゃがみ込み、膝をかかえてじっとしています。灯に映し出された顔は無表情のようにも、眉をひそめているようにも見えます。
この娘の名は、レリース。
アガルタの幼馴染で大親友でもありました。
深夜に村を出るレリース。
次回、幼馴染 驚きの理由が明かされます
最後まで読んでいただきありがとうございました。小説へのご感想やご評価お待ちしています。




