第十七話 魔剣
……昔むかしの古き事はばからず、遠い地の神話にて語られる物語。人がまだまだ狩猟に頼り、知性も乏しく獣のごとく暮らしていた頃に空より大いなる民が降り立ちました。
その民は言葉を操り知力に長け、白き肌に身の丈は高く、もとよりこの地に住む人とは在らざる者達です。
彼らは大きな建物を作り、空を自由に行きかう様は魔法を扱うかのごとく、少数ながらもこの地の支配者然としておりました。
しかし、空を突き抜け見上げても終わりのない高き塔を創造した時でした。
この地を収める神の怒りにふれ、月が紅く空を覆うと
三日三晩の大洪水によりあっけなく滅んでしまいましたとさ。
「こんなお伽話を覚えているか? これはその神話の時代の遺物だそうだ。経緯を話せば長くなるが、簡単に言うとファンに貰ったんだよ」
「えっ! ファンさんに?」
「なんで、ファンは『さん』付けなんだよ、まったくもう」
「だって伝説の神獣でしょ。それくらいは当然。ちょっと紳士的で威厳もあったしね、ふふっ」
「賭けに勝ったから巻き上げたんだけどな。まあいい、久しぶりに抜いてみるか」
そう言うと背中の大剣も両肩で担ぎあげ、右手で柄を左手で鞘を持ち、柄と鞘を頭の後ろで両外に広げながら器用に抜きました。
「片刃剣! 初めて見た。へ~っ、そんな風に抜剣するんだ。長いからどうするのかと思ったよ」
「こう見えてこいつは軽いんだ。お前のミドルと大して変わらない」
「なんで? そんなに長いのに」
「理由はよく知らん。ファンも多くは語らなかったがな。ただ今の俺たち人族が知らない製法や材料で出来ているらしいぞ」
「なにそれ、お伽話にもそこまでの剣は出て来ないよ。本当ならかなりヤバいモノだよね」
「まっ、これを観れば信じられるかな」
ダガは剣を正眼に構え、頭上に振り上げると目を閉じます。すると、アガルタの脇をすり抜け剣に何かが集まるのを感じました。刀身がわずかに震えるようにアガルタには見えています。
―――? 風? それが集まって剣の周りが歪んだような……。
「いくぞ!」
むん! と一気に踏み込み振り下ろすと信じられない光景が広がったのです。
振り下ろした剣先は鋭く空気を切り裂く音をたてるのみならず、降ろした先にある大きな木の幹が音を立てて一瞬で裂けています。
―――そんなのあり⁉
アガルタは驚愕しました。と同時に強い興味が湧いてきています。
「ふ~、どうだ」
「ま、魔剣という意味が分かった。まるで魔法か魔術でも使っているような……」
「原理は全くわからんがこいつには名前があるんだ。『クサナギ』だとさ」
「ク・サ・ナ・ギ。聞いた事の無い言葉だけど。……そうね、全てを払う。そんな意味かしら?」
「どうだ、構えてみるか?」
「待ってました!」
アガルタはダガより手渡された剣を見つめます。その刀身からの怪しいほどの鈍い光を感じました。
―――見た目は重そうだけど確かに軽い。これなら振れる。
意を決して構えると、それに呼応するように先ほど見た現象が沸き起こりました。
―――始まった……、いや待って、なにこれ? コイツ、私から……。
「くっううう~、嫌だ~、なになに~⁉」
思わず口を歪めたアガルタ。
傍にいたダガはニヤニヤと笑っています。何故ならば、この剣は持ち主の精神力や体力を含めた魂の息吹を吸い、その能力を発動させる糧にしていたのです。
ダガに比べアガルタのそれはまだまだ小さい彼女。柄を握っているだけで足は震え、動悸がし全身から冷や汗が滴ります。
「だ、駄目だコレ~‼ いや~ん!」
とうとう全身の力が抜け、剣を手放してその場に座り込んでしまいました。肩は大きく揺れカッと見開いた瞳が剣を見つめています。
「がははは! そうなるよな。当然だ」
「ば、馬鹿親父! なんで黙ってたのよ!」
「いや~、どうなるかなと興味が湧いちゃってね、はははっ。普通で良かった」
「まったくもう、娘で遊ばないでよ」
「悪かったな。そいつはそうなんだよ。持ち主、帯剣者の力を糧にあの能力を発揮するらしいのさ。俺よりはるかに小さいお前がそうなっても当たり前なの」
ふてくされている娘を観つつ、ダガはこうも思っています。
―――クサナギは純粋な武器のようだな、変に呼応はしないか。それはそれで良かったが……。
どうしてそう考えたのか。彼は娘がグリフォンと向きあった時、アガルタの体に起きた現象が怖かったのかもしれません。
「今より体や心が強くなれば振れるだろうよ。それに持ち主によっては、その効力も変わるらしいぞ」
「要らないコレ。なんか怖いもん」
「まあそう言うなよ、コイツがあったからドラゴンが吐く炎を振り払い、渡り合えたんだからさ」
「ドラゴンと、か……」
アガルタはこんな途方もない代物を携え、敵に立ち向かう父親を想像しました。伝説にも出て来ない片刃の剣。そして大昔にそれをもたらしたというモノは何なんだろうと。
「ファンさんて一体何なんだろう? こんな途方もないモノを気軽にくれるなんて」
「奴も自分の事は話さないしな。妙に気があっただけが正直なところだ。それに、何年生きているのかも検討が付かない」
「う~ん、二~三百年とか?」
「ちがう違う、数千年なのか数万年かの単位」
「いっ⁉ さすがは神獣様という所なのね……」
想像すらできない時の流れを示され、アガルタには考える余地すらありませんでした。
「そんな訳で俺も長い時間はコイツを使えないんだよ。実際には半時も持たないのさ。計り知れない力でもあれば別だろうけど」
「ずっと触れていたらどうなるの?」
「ん~? 試したことは無いけど、騎士団の頃に興味を持ったヤツが触っていたら、あっけなく意識が途絶えちゃって、ほっといたら死んじゃってたかもな」
「なにそれ、やっぱり怖いよ。間違いなく呪いの剣じゃん」
「何事にも因果ってのがある。無からは何も生まれないって事」
「じゃあさ、ドラゴンや一部の魔獣の扱う魔法はどうなの? 見た事はないけど人の魔術とは違い、とんでもない事を引き起こすんでしょ。この前、ファンさんが行った死霊化なんて意味が解らないし」
「何を源にしているのかは、興味があれば調べてみるのもいいだろう。王都にでも行けば研究している変な奴らも大勢居る事だし」
「今までの本を読んでも載ってはいないしね」
深いため息をついたアガルタです。
「お前は、魔法や魔術に興味はないのかな?」
「無くはないけど、魔術って難しいんでしょ。算術や鉱物の知識にも長けなきゃいけないとかだよね」
「俺もその辺はちんぷんかんぷんだしな……、教える事も出来なかったか。でも、一つだけ使えるぞ」
「ええっ、なになに? 見せて見せて!」
「駄目ダメ。こいつはとっておきだから」
「ずるいよ~、もう」
「ははは、いつか見せてやるから」
ダガは自分が口にした今の言葉を噛みしめています。そんな日がやがて来るのだろうと。娘を優しい眼差しでみつめると庭に座り込み傍に来るように促しました。
隣り合った二人は夜空を見上げています。満天にほのかに輝く月の光が、心を落ち着かせてくれているようでした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




