第十四話 入門試験決着
アガルタに翻弄されるアルト。いよいよ決着の時。そして”あの方”が登場します。
もう何度倒れた事でしょう。アルトの体はすでに限界を超えています。
顔面だけではなく、あちこちに擦り傷を負い血を流していました。下半身中心の蹴りによる痣が浮かび、立っているだけで膝をガクガクと揺らしています。
アガルタも暑さの中、手加減をしながらの打撃には神経をすり減らし、さすがに肩で息を始めていました。
「ふう、もう降参しなさいよ」
「あっ、あきらめが悪いんだよ俺は」
「もう、小さい頃とはとは違うの。私は親父に鍛えられ、実践経験も少し積んだ。あんたとの差は大きいの」
「だろうな、もうつくづく感じているぜ」
アルトはもうフラフラで駆け寄る事も出来ず、一歩一歩アガルタに歩み寄りました。
―――何がそんなにさせるのよ。剣士になんて成れなくてもあんたはあんただよ。死線を渡る一本道なんて、優しいアルトには似合わないの!
アガルタも子供時代からのアルトとの関りを思い出しているのです。いじめられもしたけど、いざという時にはかばってくれた、優しくしてくれた。だからそんなアルトを大切にしたいと心から思うのです。
「これで終わりよ!」
ぐっと低姿勢を取ったアガルタは後方に引いた右足を跳ねさせ、前方にステップを踏むと同時に軸足として左足首から外に開くと膝、腰、腹部と追随させ回転を加えながら右足を加速させます。
そして最高速に達した右足の脛を彼の脇腹に叩き込んだのです。
「ぶっ……っ!」言葉にならない声を上げて、彼はなすすべなく後方へ吹き飛びました。
『ザッザザー』と土ぼこりを伴いとうとう地面に沈んだアルト。脇腹を抱えて苦悶の表情でもう動けないでしょう。
「あああっ、酷い。そこまでしなくても」レリースはその様子に涙を流していました。
「そろそろ、この勝負も決着だな」
「どうして、ここまでやらなきゃいけないんですか⁉ ねえダガさん、私には分かりません」
レリースがダガの肩を掴み、泣きながら懇願します。
「君はまだ分からなくても良いんだ。これは俺が仕向けた事だからな。でも一つだけ分かってあげて欲しい事がある」
「そんなの知りません!」
「あの二人には、それぞれの考えがあるんだよ。それは決して悪いものではなく、大切なものを大事にしたい。そんな善良で相手を思いやる気持ちからなんだ。いつか、君にも分かるさ」
「……相手を……思いやる、でもそんな」
「さあ、もう終わるよ」
始まってから、一時が過ぎていました。蒸し返す暑さの中、二人はわき目も振らずに言葉だけではなく体で向き合い、決着を迎えたのです。
仰向けに伸びたアルトへアガルタが歩み寄ります。額から首筋へと大粒の汗を流し、せっかく整えてもらった髪も顔に垂れ下がっています。その髪をかき上げると瞼を細めた碧い瞳がきらめいていました。
大の字に倒れているアルトをまたいで立ち、彼を見下ろすその顔は穏やかです。
「もう、立てないよね。この勝負は私の勝ち」
「はぁはぁ、参ったな……。アガがこんなに強いなんて」
「伊達に、何年もしごかれてないからね。アルトもまあまあ頑張ったんじゃない」
「男だから、女には負けないって考えは浅はかだったか」
「人には向き不向きってものがあるんだよ。きっとね。剣士に成れなくてもアルトはアルトらしく進めばいいよ」
「何度も言わせるなよ、俺は諦めが悪いんだって」
「限界を超えていてよく言うよ。体中が痛いでしょ」
「あ~心地良くはないな。でも、アガは何時もこんな思いをしているんだなって、骨身にしみて良かったさ」
「ほんとに馬鹿」
「馬鹿で結構。俺の気持ちは更に強くなったよ。それに忘れているだろう」
「なんのこと?」
一瞬きょとんとしたアガルタ。
アルトがその表情を見逃さずにニヤリと笑いました。
「俺がスカートめくりの名人だって事をさ!」
そう言い放つと同時に、アルトはアガルタのワンピースの裾を両手で勢いよく跳ね上げた。
膝・太腿・下着・お腹と無常にアガルタの下半身がむき出しになっていきます。彼女には時間が止まっているかのようにその光景が写っていました。
―――やだ⁉ バカバカ馬鹿! アルトに見られちゃう‼ 私の……!
そう考えると恥ずかしさで急速に赤面しながら、胸に抱えていた両腕で跳ね上がるワンピースを勢いに任せて押さえました。当然、縛られた縄とともに。
「へっ、俺の勝ちだな」
寝そべっていたアルトは、自分に向けて突き下げられたアガルタの手首の縄を、しっかりと握り締めていました。
「なっなっなっ! 何てことすんのよ! この助平~!」
「子どもの頃を思い出すな。ははは」
「ははは、じゃない! このアホが~!」
アガルタは顔を真っ赤にし、罵倒しながらアルトから距離を取ります。
ぱんぱんぱん。
アガルタが振り返るとダガがレリースを伴い、手を打ちながら近づいてきます。
「はい、勝負はそこまで。アルトの勝ちだな」
「何言ってんのよ、反則じゃないの!」
「俺言ったよな、体には触るなって。油断大敵とはこうい事だぞ」
「クッ、こおのおう糞親父が~!」
親子がいがみ合っているとレリースはアルトに近寄り、「大丈夫?」と話しながら体を支え立ち上がらせようとしています。
「アルト、家に入ってな。傷の治療をしようか」
「はい、ありがとうございます。それでどうですか?」
「どうもこうもないさ、お前は綱を掴んだ。合格だよ、弟子入りおめでとう」
「やったあ~! うっ、痛てて」
傍では肩を震わせながらアガルタが下を向いてブツブツ言っています。それに気づいたダガは流石に気まずいのか頭をさすりながら苦笑いです。
「さあ、手を出せ」そう言うと縛っていた縄をほどき始めました。その最中、ブツブツと小声で呟いていました。
「こ、こういう、事だったんだ……」
「なにがだ?」
「てめえが、アルトへあの時に吹き込んだんだな~」
そう口にすると俯いていた顔をゆっくりと父親に向けました。
「えっ、ちょっと待て。顔が怖いって……」
「問答無用! 死ね~!」
大きな声とともに、腕の縛りの無くなった上半身も利用する素早い体重移動と回転動作で、体全体を弓のようにしならせた、全力のハイキックがダガの横顔へ放たれました。
「がはあ~!」
その声とともにダガの体が宙を舞ったのは言うまでもありません。それを呆然と見ていたアルトは、冷や汗を垂らしながら、二度とアガルタを怒らせないと強く誓うのでした。
ダガの体が宙を舞うそんな頃、ニルス王国王都の居城に一羽の連絡用の早鷹が舞い降りてきました。
城内の通路を一人の重鎮と思われる初老の男が、早鷹の携えた手紙を抱え王の執務室へ急いでいます。執務室を守る二人の武装した騎士は、彼が近づくと恭しく頭を垂れドアを叩き、合図を聞いた一人のメイドが顔を出すと。
「どうされましたか、ガンディーニ様」
「至急の件だ。取り次いでくれ」
「少々お待ちくださいませ」
しばしの後、「どうぞ」と扉を開けるメイド。一礼に美しいブロンド髪が揺れ、若輩にありながらもその所作に一つの迷いもありません。
内務大臣である彼が机で執務をする王へ近づき、軽く会釈をすると懐から手紙を取り出します。
「陛下、商業ギルドのイサベラより早鷹でございます」
話す先には派手さのないどちらかと言えば質素な服をまとった女性。彼女はガンディーニの言葉に手を止め視線を向けました。
彼女の名は、ダリヤ・ニジュール。ニルス王国を収める現女王です。ニルスの奇跡において騎士ダガが守り助けた姫、その人でした。
年齢はまもなく三十歳で伴侶はいません。ずっとこの国の発展を目指し、あれから若輩でありながらもガンディーニのような忠義溢れる家臣とともに采配を振るってきました。
背は小柄、グリーンの髪を短く束ね、本人は褒められることを嫌っていましたが年齢よりとても若く見えます。
「よこせ」
「はっ」
手紙に目を走らせると、先日ダガのいるサザレ村を訪問した顛末が示されています。読み終わるとギュッと握り締め、席を離れて城下を見下ろす窓辺に立ち呟きました。
「やっと動くか、唐変木め。待っていたこの日を」
「いかようになされるおつもりですか」
「知れた事、これまでどおり動向を監視せよ。不埒な輩に出し抜かれるでないぞ」
「仰せのままに」
大臣のガンディーニは答えるとそそくさと退室し、女王は傍に控えたメイドに手紙を処分するようにと手渡します。
窓の外を眺めながら再び思いを巡らすと、呼応するかのように窓から一陣の風が吹き抜け、カーテンを大きく揺らすと彼女の前髪を巻き上げていました。
そこに覗いたのは眉間に皺を寄せた瞳。
―――ダガ・フロント、わが騎士よ。会ってみたいものだな、そなたの娘アガルタとやらにもな。
次回、装備。旅立ち前にダガがアガルタに見せたものとは。
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