第十三話 鬼ごっこ その弐
無情な顔でアルトを圧倒したアガルタ。次なる展開は。
アルトが転倒する様子を見ていたダガは頭を掻き、目じりを細め苦い顔を見せていました。
「あちゃ~、そうきたかアガの奴」
「今の……は」
「んっ、足は使ってもいいとは言ったが、体術まで出すとは」
「よく見えなかったんですけど……」
「目標である手を突き出すことで、アルトがそれに釣られたのさ。視線が当然そこに集中するし、綱をつかもうとして伸ばしたアルトの手が彼の死角を作る事を読んでいたのさ。
そして直前に右足を脇に移動しながら急速にしゃがみ込み、地面を這う姿勢から右足を軸として左足を振り回して彼の足を薙ぎ払ったんだ」
レリースは顔を青ざめさせ唇を震わせています。
「勢いに乗っていたアルトにはアガの姿は消えたと感じたろう。まだ、本気でやられたわけじゃないけどな」
「どういうことですか?」
「アガの奴が本気だったら、彼の足は折れていたはずだ」
「えっ! そんな」
「体術の基礎を教えたが、今じゃアガの足技は驚くほどの進化をしていてね、近接戦では体の移動だけじゃなく、一撃の威力も高まっているんだ」
ダガの言う通り、アガルタは足術を繰り出しました。剣士とはいえ、いつどこでどのように争う事になるかは分りません。
ふいを突く近距離からの襲撃や剣を持っていない事もあります。そんな時は自らの体を駆使して戦うしかないのです。そのために体戦術は父親より習ったものですが、剣を握る大切な拳より、リーチの長い蹴りを中心にした脚戦法とも言えるでしょう。
「お~い! アガやりすぎるな、怪我はなしだぞ」
「足は使っていい決まりでしょ、私はそれを行使しただけだし、それに擦りむいた位は怪我と言わない」
ダガは無言で娘の言葉を飲み込みました。
ほどなく倒れていたアルトがようやく立ち上がりましたが、頬をすりむき唇を切ったのか血が滲んでいます。
「アガ……、お前凄いな、驚いたよ。まったく見えなかった」
「もう決着ついたんじゃない?」
「いや、まだだ。それに俺はお前のいる場所がどんなものか、少しだけど触れられた気がする」
「馬鹿じゃないの、変な根性見せないでいいよ」
「俺にもやりたい事があるって言ったろう、そのためにこの機会を逃すわけにはいかないんだよ」
「そう、だったら地面に這いつくばってから諦めるのね」
始めてから半時はたったでしょうか、そこからはアガルタの足を使った打撃が加わりました。一言でいえば見るも無残な有様です。
直線的に詰め寄れば、足を止められる膝上への前蹴り。回り込もうとすれば、アガルタの柔軟性を活かした太腿へのローキックや足首へのはらい蹴りで転倒の連続です。
両手を縛られて体重移動や体軸の回転が制限されているとはいえ、武術の経験などないアルトは一方的に攻め立てられ、もう何回転倒したのか数えられません。
「くうぁ~!」
「ほらほら、まだやる気!」
「と、当然だろう」
見守っているレリースの顔は強張り真っ青になっています。唇を震わせながらダガに問いました。
「もう、見てられないです。二人を止めてくれませんか、こんなのもう試験じゃない」
「……」
「ダガさん!」
この時ダガは、アルトの家を訪ねた帰り路での会話を思い出していました。
「まずは、ご両親の許しは得られたね」
「はい、以前から話はしていたのですが、僕が受け入れてもらえるなんて思ってもみなかった様子でしたので、かなり驚いたことでしょう」
「剣士に成れたとしてどうするんだい?」
「まずは、村を守れる実力を付けたいんです。そして、できれば更にその先にも進んでみたいです」
「ん~、村の自衛を任されるだけでも凄い事だと思うけどな。もっと腕を磨いて世に轟く存在にでもなりたいのかい?」
「ダガさんみたいな人には成れない。それは判っているんです。なにせドラゴンスレイヤーですからね。でも叶う事なら少しでも腕を磨いて……。傍でいいから支えられる存在になりたいんです」
「その言い回しは、そう思う何かか。いやそんな人が居るってことかい」
「……はい」
アルトはダガから視線を外していましたが、声の上ずり具合から恥ずかしそうにいていると感じられました。
「誰だい?」
「えっ⁉ そんな事は聞かないでくださいよ」
「男と男の間柄だろう、誰にも言いやしないぞ」
「でも、言えませんよ」
アルトの顔が赤くなっていました。ダガはそんな仕草や推察をすることで答えを導きます。
「剣士になって支えたいか……。君のこれまでの暮らしぶりから推察すると、もしかしてアガルタか?」
「あっ……、うっ」
「そうなんだな。そんなに照れなくてもいいよ。誰かの力になりたいと思う気持ちは大切なことだから。……俺にもそんな事があったよ」
「ダガさんもですか」
「アガの事、好きかい?」
「えっ、いやっ、そんな急に……。でも、はい。多分そう……です」
「嫁にはやらんぞ」
「ヒッ、そんな事は考えていませんよ。ただ、僕とそんなに変わらない年齢なのに、昨日も熊を討伐したんでしょう。お父さんが一緒とはいえ危険極まりない処にいるから、こんな俺でも力になりたくて」
「好き……か」
その言葉にダガに記憶が蘇ります。王国の姫を守り、ドラゴンに立ち向かった頃を。
『お前の事を好きになったかもしれんぞ』
自分の事を重ねてみるとアルトの心情も分かる気がし、愛娘アガルタの顔が浮かびました。
こうしてアルトの気持ちを受止めたダガは、対アガルタとの試験を思いついたのです。
次回、入門試験決着。お楽しみに。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




