第十二話 鬼ごっこ その弌
入門試験開始。さて、どうなりますでしょうか。
ギラギラと照り付ける太陽の下、入門試験の開始です。
「ようし、俺の合図で始めるぞ。くれぐれも怪我はしないようにな」
「はい!」アルトの目が輝き少しでも早く動きたいからか、やや前傾姿勢をとっています。認められれば、念願の剣士への道が開かれるのですから当然でしょう。
対峙するアガルタはというと棒立ちのままで、無表情を装っていましたが、縛られた腕で長い髪をかき上げると彼に向けて声をかけました。
「アルト」
「なんだい」
「言っとくけど、あなたに負けるつもりは無いし、手も抜かないからね」
「そんな恰好でかい?」
「ええ、勿論。私を舐めないで欲しい」
「俺にもやらなきゃならない事があるんだ。絶対つかまえてやるからな」
始まりの前から両者火花散るようです。それをニヤニヤしながら木陰でダガは見つめていますし、脇のレリースはもうドキドキして二人から目を逸らすことができません。
「では、始め‼」ダガの大きな声が響きました。
「ハッ!」
合図とともにアルトが駆け出しました。あと十歩ほどににじり寄りますが、アガルタは動かない。彼女の宣言とは何だったのかと思われた瞬間、体をくねらせ声をあげました。
「きゃ~っ! 助けて~! 襲われる~!」
「なっ⁉」不意な声に驚いてアルトの足が止まります。更に続けてアガルタは。
「変態が私を~!」
もうどうしていいかわからなくなったアルトは赤面しています。「変な事いうなよ! これは試験だろ!」
それを聞き、アガルタはお腹を抱えて「ば~か。こんな単純な手に引っかかって。あはははは!」と大笑いしていますし、見物中のダガも苦笑していました。
「ほんとにいたずらっ子だな、あいつ」
「あんなのありですか?」レリースも顔を覆う指の隙間から目をのぞかせながら訊ねました。
「良いんじゃないかな。体を使う前に言葉で足を止めさせたし、更に煽ってる。相手の精神状態を乱して、優位に立とうとしているのさ」
「そんな~」
「剣を持ち戦う相手は、獣や魔獣たちだけではないんだ。残念ながら国同士の戦争や盗賊達の場合だってある。その際の敵は人間で感情や考えを持っている。そんな相手には心理戦はとても有効なんだよ」
説明されたようにアルトは困惑しきった顔と、肩で息をして突っ立ったままです。方やアガルタは飄々と歩いていました。
「どしたのアルト~、もう終わりかな」
「うっ、うるさいぞ! ちょっと驚いただけだ」
「だったら、かかっておいでよ。本気をみせてみ」
縛られた親指でコイコイと手招きする仕草に、カチンときたのか「なめるなよ‼」と再び突進をするアルト。それを見たアガルタは踵を返し、今度は後方へ走り出しました。
「ちょっと、かけっこしようか。あは」
真っすぐかと思えば、横にそれたりと不規則に庭中を駆け巡り、必死の追走をする姿がしばし続きます。
「待て!」
「やだもんね!」
それを見ているダガは可笑しくて腹を抱えています。
「ハハハ、どうだいレリース。君にはどんな風に見えるかい?」
「えっとですね……ん~、何と言うか両手を縛られたワンピース一枚の美少女を、悪漢が必死の形相で襲ってるみたいな……感じです」
「確かに、そんな感じだな。がははは!」
「ダガさん、始めからこうなると判っていたんですか?」
「そんな事はないさ。だから、笑っているんだよ」
「ん~大丈夫かな、アルト」
「まっ、これからが本番だ。それと、山育ちだけあってアルトも良い足を持っているな、アガはまだ本気じゃないけど」
「えっ! まだ本気じゃないと」
「敏捷性や柔軟性なら俺より上だからな。それに体力も今のアルトじゃ敵わないよ」
「それじゃあ、負けちゃうんですかアルトは」
「勝負事だし、それはわからないさ。いいから見てな、最後まで」
力量の差を見抜いていたダガでしたが、勝負は判らないと告げます。
二人に目を戻すと、一定の距離を取ったまま向かいあっています。両者とも滝のように汗を全身にかいていましたが、表情は一目瞭然で余裕のアガルタと大きく息をして苦しげなアルトです。
「はあはあ、足早いんだなアガ……、畜生」
「あんたも、まあまあじゃないの」
「はあはあはあ、でも、諦めないぞ俺」
「なら、二回戦といく?」
「願ってもない事だぜ、覚悟しろよ」
煽る言葉とは裏腹にアガルタの心中はこうでした。
―――あなたが剣士になりたい気持ちは解るよ。でもね、それって大変な事なんだぞ。小さい頃から親分風吹かせていたけど、私や他の子を黙って助け、心優しいのはよく知っているわ。
だから、死と隣り合わせの世界には来てほしくはないんだよアルト……。
先日のクエスト中に死を覚悟する経験を得た今は強くそう思うのです。無理をすることはない、自分のように、そう仕向けられた者がやればいい事なんだと。先日、父親の告白から自分の存在意義を受け入れられたからかもしれません。
「いくぞ!」
「さあ来なよ!」
アルトが走り出しました、スピードを上げ目線はしっかりとアガルタを捉えています。しかしアガルタは動かず、縛られた両手を大きく前に突き出してその場に立ち尽くしています。
―――なんだ⁉ なぜ動かない? それに、えっ⁉
手を伸ばすアルトが、あと一歩というところで突然アガルタの姿が視界から消えました。
―――どこだ! どこに行った⁉
そう思った瞬間、アルトの体は宙を舞い、もんどりを打って頭からひっくり返ったのです。なにが起きたのか想像がつきません。
「痛~!」顔面を痛打し苦悶の声で、仰ぎ見るとそこにはアガルタが居ます。
「どう? もう諦めたら」
彼女は厳しい視線をアルトに注ぎながら、冷たくそう言い放ったのでした。
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