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猛将とオスカルのふしぎ発見!

次の来客はミュラのライバル、ジャン・ランヌ。

オスカルにとっては、ふしぎがいっぱいあるオジさんのようです!

 ミュラの特注コートと帽子が、二歳児の手によって哀れな七面鳥のようにむしり取られた翌日のこと。ボナパルト邸の門を叩く、新たな男の影があった。

 入ってきたのは、ナポレオンが最も信頼を寄せる親友であり、猛将中の猛将――ジャン・ランヌであった。

「どうしたんだ、ランヌ? 珍しいじゃないか。」

 ナポレオンが尋ねると、ランヌは顔をこれでもかとウキウキ、ワクワクと輝かせながら、声を弾ませた。

「いやいや、ナポレオン! 聞いたぞ! あの、いつもスカした顔してド派手な格好をしてるミュラの野郎を、完膚なきまでに叩きのめした『若き勇者』がいるってな! その勇者のツラを一目拝みたくて、すっ飛んできたんだよ!」

「……勇者って、お前な……」

 ナポレオンが呆れるのを他所に、ランヌは「さあ、どこだ! その英雄は!」と大広間に意気揚々と通された。

 そして、ついにランヌとオスカルが対面する。

「お、お前がその……」

 ランヌが目を見張る。

 対するオスカルは、またしてもレティツィアのドレスの服をぎゅっと掴んだまま、物珍しそうに、じーっと、新しい来客のランヌを見つめ始めた。


 ジャン・ランヌという男は、ナポレオンにとって数少ない「本音で話せる親友」だった。階級や立場の違いを超え、二人は戦場でも宮殿でも、まるで寄宿学校の悪ガキ時代に戻ったかのように気兼ねなく接し合う。

 その日も大広間で、二人はソファーに腰掛け、他愛のない時間を楽しんでいた。ナポレオンがトランプを配りながら、フランスの最新の新聞記事に目を落とす。

「おい、ランヌ。この新聞を見てみろ。『第一執政ナポレオン、不眠不休で国務に励む』だとさ。よく言うよ、一昨日は夜十時に寝たっていうのに。」

「ははは! 記者ってのは想像力が豊かで羨ましいね。おいナポレオン、カードが偏ってるぞ。お前、イカサマでも仕込んだんじゃないだろうな?」

 ランヌは笑いながら、手土産として持参した見事な赤リンゴをナイフで器用に剥き、一切れ口に放り込んだ。サクサクと小気味よい音が大広間に響く。

「そんなセコい真似をするか。……それより、お前の持ってきたこのリンゴ、美味いな。コルシカのより甘い。」

「だろ? 俺の故郷の名産さ。これなら子供でも喜んで食うと思ってよ。」

 ランヌはそう言って、レティツィアのドレスの陰からこちらの様子を伺っている小さな影――オスカルに、優しくウインクしてみせた。オスカルが慣れるまで、無理に近づこうとはせず、大人の男二人が楽しそうに笑い合っている姿を見せる。それが、ランヌなりの「猛将の気遣い」であった。

 そんなランヌの包容力が通じたのだろう。滞在から一時間ほど経った頃、安心した様子のオスカルが、トコトコと短い足音を響かせてランヌのそばに近づいてきた。

「おっ! 来たな、小さな勇者!」

 ランヌがリンゴのナイフを置き、両手を広げると、オスカルは無防備にその胸に飛び込んだ。ランヌが大きな手でひょいと抱き上げると、オスカルは嬉しそうに顔を輝かせる。

「あ~~♪」

 オスカルは小さな両足をパタパタとさせ、ごく自然な動作でランヌの広い両肩にまたがった。

「おお、なるほど! 肩車をして欲しいんだな。よしきた、特等席へご案内だ!」

 ランヌがゆっくりと立ち上がると、オスカルの視界は一気に高くなった。いつも見上げる大人たちの頭が、今は自分の下にある。オスカルはもう完全に上機嫌だった。

「きゃっきゃっ! うあー!」

 短い手を思い切り伸ばし、ソファーに座るナポレオンや、お茶を淹れているレティツィアに向かって、ちぎれんばかりに手を振る。その無邪気で愛くるしい笑顔は、大広間にいる全員の心を一瞬でとろけさせるほどピュアだった。ナポレオンも「ふっ、現金な奴め」と言いながら、目を細めて手を振り返していた。

 しかし、しばらく高い景色を楽しんでいたオスカルは、ふと、ある不思議なものを見つけた。いつも自分を肩車してくれるパパ(ベルナドット)には、絶対に無いもの。パパもママも髪が短いのに、この目の前の大きなおじさんの頭の後ろには、なぜか不思議な紐のようなものがぶら下がっている。

 それは、ランヌが綺麗に編み込んでいた「三つ編みのお下げ髪」だった。

 二歳児の旺盛な好奇心が、そのお下げ髪にロックオンされた。初めて見る謎の物体に、オスカルはすっかり虜になってしまう。

「あ、あう?」

 オスカルは小さな手でお下げを掴むと、まずは興味深そうに引っ張ってみた。

「おっ、そこが気になるか? 痛っ、おいおい、ちょっと力が強いぞ、勇者。」

 ランヌは苦笑いしながらも、親友の甥のようなものであるオスカルの暴挙を許していた。しかし、オスカルの好奇心はエスカレートしていく。

「痛い!いててててて!勇者くんこれ外れねえのよ!!!」

 お下げを掴んで振り回し、ミュラの羽根をむしり取った時と同じ要領で、お下げの編み込みに指をぐいぐいと捻じ込み、左右に引っ張り始めた。やがて結び目を解こうと髪の毛をグチャグチャに弄り回し始めたのだ。

「あだだだだだだ!! 待て待て、オスカル!毟るな、毟るんじゃない!それは俺の自慢の髪形だ! 痛い痛い、毛が抜けちまう!」

 ランヌが涙目で情けない声を上げる。その様子を見たレティツィアが、慌てて立ち上がった。

「あらあら、大変。オスカルちゃん、おじさんを困らせちゃダメよ。髪がグチャグチャになっちゃったわね。私、奥から櫛を持ってくるわ。」

 そう言って、レティツィアは一度大広間を退室していった。

 レティツィアが去った後も、オスカルはお下げをいじり続けていたが、やがて結び目が完全に解け、ただのボサボサの髪の毛の塊になってしまった。

 二歳児の熱が冷めるのは早い。せっかくの面白いおもちゃ(?)が壊れてしまったと判断したオスカルは、ふう、とため息をつくように視線を髪から外し、再びランヌの頭へと戻すと新しい光景を目にした。傾いたランヌの首である。

(……あれ? パパまっすぐ!)

 二歳のオスカルに、それが「エジプト遠征での壮絶な負傷の後遺症」であることなど知る由もなかった。オスカルの純粋な脳内には、ただ一つのシンプルな解決策が浮かんでいた。

(ぼく なおしゅ!)

 ちょうどその時、オスカルの手が髪から離れたため、ランヌは「ふぅ、やっと解放されたか」と、全身の力をフッと抜いた。

 まさに、その一瞬の隙だった。

「あうー! じゅー!」

 オスカルは小さな両手でランヌの頭をがっしりと挟み込むと、全体重と全筋力を込めて、傾いている方向とは真逆の左側へ、思い切りひねり回した。

 二歳児というのは、時として大人をも凌駕する恐るべき怪力を発揮する。

 なぜなら彼らは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――グキッ!!」

 静かな大広間に、大木がへし折れたかのような、鈍く恐ろしい破壊音が鳴り響いた。対面に座っていたナポレオンの耳にも、それはあまりにも鮮明に、かつ不吉に届いた。

「ギイエエエエエエエエエ!!! 首が! 首がああああああ!!!」

 大広間の窓ガラスがビリビリと震えるほどの、この世のものとは思えない絶叫が屋敷を揺るがした。

 ジャン・ランヌ。勇猛果敢さで知られ、銃弾を受けても顔色一つ変えなかった男の顔が、一瞬にして真っ白(というか土気色)に変色した。あまりの激痛に目玉が飛び出しそうになりながら、ランヌは首を押さえてソファーに転がり込んだ。

「アババババ!動かん!首が左から一ミリも動かんぞ!!骨が!!俺の頸椎が天王山(決戦の地)を迎えている!!」

「ランヌーーーッ!!しっかりしろ、死ぬなランヌ!!誰か医者だ!救急の軍医を呼べええええ!!」

 ナポレオンの悲鳴のような叫び声に、屋敷中の使用人や護衛兵が武器を手に持ってドタドタと駆け込んでき、現場は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 ――数時間後。

 ランヌは、首の周りにこれでもかと分厚い布とコルセットをガチガチに巻かれ、ロボットのような直立不動の姿勢のまま、部下に支えられてトボトボと帰路についた。去り際、左側しか向けない目でナポレオンを睨み、「……ミュラより……重傷じゃねえか……」と掠れた声で呪詛を吐き残していった。

 静まり返った大広間で、ナポレオンは再びソファーに崩れ落ち、頭を抱えた。そして、みぞおちを激しく掻きむしる。

「うぐぐ……痛い。ミュラの時より胃が痛い……。ベルナドットめ……あいつの血を引く者は、ボナパルト家と我が宿将たちを物理的に壊滅させるために送り込まれた刺客に違いない……!」

 国家の最高権力者は、今や完全に深刻な胃潰瘍の危機に瀕していた。


(続く)

ランヌが元帥になるまでしていたと言われる三つ編みは幼児に絶対引っ張られますね!

ランヌも後に五人のパパになりますが、その時、彼の首は大丈夫だったのでしょうか…(笑)

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