美しさは罪?騎兵隊長と必須アイテム!
オスカルに初めてのお客様!仲良しになれるかな?
二歳児の素敵な時間が始まります!
数日後。ボナパルト邸に、賑やかな来客があった。
ナポレオンの妹カロリーヌと、その夫であるジョアシャン・ミュラである。ミュラはナポレオンの部下であり、当代随一の騎兵指揮官だったが、同時に「軍隊一の目立ちたがり屋」としても有名だった。
「あら! この子が噂のオスカルちゃん!? 可愛い~~!!」
カロリーヌは大広間に入るなり、おもちゃで遊んでいたオスカルの元へ駆け寄った。「こんにちは、オスカルちゃん。」とカロリーヌが手を差し出すと、オスカルは小さな手を伸ばし、きょとんとした顔で握手をした。そして、その隣に立つ、身長がやたらと高く、やたらとギラギラした男――ミュラを、不思議そうにじっと見つめ始めた。
ひとまず大人たちはソファーに腰掛け、ボナパルト夫妻とミュラ夫妻による、新婚生活や今後の軍務、これからのフランスについての真面目な話し込みが始まった。
しかし、その間も、オスカルは、じーっと、ミュラを見つめていた。正確には、ミュラという「人間」を見ているのではなかった。
ミュラが身にまとっている、「あまりにも常軌を逸したド派手な衣装」に、完全に釘付けになっていたのだ。
今日のミュラの服装は、いつにも増して凄まじかった。
目がチカチカするような鮮やかな真紅のコートに、目が覚めるような鮮やかな青のシャツ、びっしりと施された金色の刺繍、肩からなびく極彩色の毛皮からは極彩色の飾緒が垂れ下がっている。さらに頭には、クジャクやダチョウなど、あらゆる鳥の最高級の羽根をこれでもかとあしらった、特注の巨大な帽子をかぶっていた。
「あ、あう……」
二歳児の色彩感覚を刺激するには、十分すぎるほどの情報量だった。
ミュラは、自分に注がれる小さな視線に気がついた。
「……ん? おおっ……!?」
ミュラはパッと顔を輝かせ、勢いよくソファーから立ち上がった。
「義兄上! 義姉上! 見てください! 子供というのは実に純真だ! だからこそ、この俺の『洗練された至高のファッションセンス』が、一目で理解できるんだな!」
嬉しくなって完全に舞い上がったミュラは、大広間の真ん中で、シュタッとポーズを決めた。
「さあ見ろ、オスカル! これが戦場を駆ける男の美学だ!」
クルッと華麗に一回転!バサァッ! と、金刺繍された真紅のコートの裾を大げさにひるがえす!帽子を一度脱ぎ、流し目を送りながら、モデルさながらのキザなポーズを次々と繰り出す!
「う、うあーーーっ!!」
オスカルは興奮の極みに達した。二歳児にとって、目の前で巨大な「赤くてキンキラした生き物」が激しく動いているのだ。楽しくないはずがない。オスカルは座ったまま、お尻をピョコピョコと浮かせ、体を上下に激しく揺らし、
「きゃっきゃっ! う~~!! ぶーぶー!」
小さな手を叩き、大広間に響き渡る声で大はしゃぎし始めた。
ミュラは再びポーズを決め、即興のステップでダンスまで披露し始めた。
「おおお! 素晴らしい! こんなにも素晴らしい理解者が、まさかベルナドットの家に生まれようとは! ああ、早く戦場での俺の勇姿もオスカルに見せてやりたいなあ! なあ、カロリーヌ!」
「ええ、本当に素敵だわ、ジョアシャン! オスカルちゃん、あなたセンスがあるわね!」
すっかり大喜びでポーズを連発するミュラと、夫の奇行をベタ褒めするカロリーヌ。大広間は、完全にミュラのワンマンステージと化していた。
その狂乱のステージを、ソファーから死んだような目で見つめている男がいた。
フランス共和国第一執政、ナポレオン・ボナパルトである。
ナポレオンは、激しく体を揺らして喜ぶオスカルと、汗だくでポーズを決め続ける義弟を交互に見ながら、心の中で静かに、そして激しくツッコんでいた。
(……いや、お前の衣装の良さというより、衣装の色や形を『なんか珍しい変な生き物がいるぞ』って面白がっているだけだと思うぞ)
さらに言えば、その激しい色の組み合わせは、二歳児が好む原色のおもちゃ(ガラガラなど)と構造的に全く同じである。
(だいたい、戦場での勇姿を見せたいって、二歳児を最前線に連れて行く気か? ベルナドットが血相を変えて突撃してくるわ。というか、頼むから私の大広間で、そんなサーカスの熊みたいな真似をするのはやめてくれ……)
口から出かかった大量の正論を、ナポレオンは強靭な精神力でゴクリと飲み込んだ。ここで現実を突きつけて、楽しんでいる妹夫婦の空気を台無しにするのは大人のすることではない。
「……ふっ、賑やかでいいじゃないか。」
引きつった笑顔で、ポツリと呟くナポレオン。口に出さないのは、彼なりの、最大限の「優しさ」と「妥協」であった。とはいえ、この賑やかな二歳児を巡るドタバタは、まだ始まったばかりなのである。
大広間に漂う、淹れたての紅茶の芳醇な香り。
楽しいおしゃべりと共に、優雅なティータイムが始まっていた。しかし、テーブルに並んだ色鮮やかなケーキを前に、妹のカロリーヌが小さくため息をついた。
「あら、残念。二歳ってまだケーキも紅茶もダメなのね。今度オスカルちゃんに私の手作りケーキをご馳走しようと思ったのにな。」
ソファーの向こうでは、オスカルがレティツィアと一緒に木馬やおもちゃの兵隊で無邪気に遊んでいる。その光景を見ながら、第一執政ナポレオンはふっと表情を緩めた。
「ははは、もう少し大きくなったらご馳走できるさ。今はまだ、彼にはちょっと早すぎるようだね。」
大人たちがティータイムを楽しんでいる頃、遊び終えて退屈したオスカルの目に、ソファーに置かれたミュラの「鳥の羽根つき帽子」と、きらきら光る「コートの飾り」が飛び込んできた。
オスカルはトトトッと音を立てずに近づくと、まずは帽子のクジャクの羽根をむんずと掴んだ。
ブチィッ!!!
「あうー♪」
引き抜く感覚が、二歳児の破壊衝動に火をつけた。
オスカルの小さな手は、まるで熟した果実を収穫するかのような素早さで、帽子のダチョウの羽根を毟り、コートの金のタッセルや飾り紐を力任せに引きちぎり始めた。
「う~! きゃはは!」
大興奮のオスカルの手によって、赤、青、緑、白の最高級の羽根が、大広間の大理石の床へひらひらと舞い散る。それはまるで、宮殿の中に狂い咲いた奇妙な吹雪のようだった。
「うあー! きゃっきゃっ!」
完全に興奮のスイッチが入ったオスカルはピョンピョンと跳ね回り、まるで新雪の中で遊ぶ犬のように大喜びで羽根を撒き散らしていた。
一方、その背後には、自分の宝物が文字通り「解体」されていく様子を目撃してしまった服の持ち主が立っていた。
「あ"~~~~~~~っ!!!」
大広間に、この世の終わりかと思うほどの絶叫が響き渡った。
ジョアシャン・ミュラ。数々の戦場で敵の弾幕をくぐり抜けてきた伝説の騎兵指揮官の顔面が、一瞬にして恐怖と絶望に染まった。彼は両手を頬に当て、口を大きく開け、まさに『ムンクの叫び』そのもののポーズで凝固した。目玉は限界まで見開かれ、完全に背景が歪んで見えるほどのショックを受けている。
「とっ……特注のコートがあああ! 俺の、俺のデザインした世界に一着だけの帽子がああああ!!美学の結晶がハゲ山にいいいいい!!」
そこにあったのは、もはや軍服ではなかった。
羽根を毟られ、刺繍を引き裂かれ、ただの「ボロ布がぶら下がった奇妙な布切れ」と化した、無惨なナニカであった。
「ああ……! ジョアシャン、落ち着いて、大丈夫よ! お兄様が全額弁償してくれるから!」
カロリーヌは夫の肩を優しく抱き、必死に慰めの言葉をかけていた。
しかし、その表情は奇妙に歪み、全身が小刻みにプルプルと震えていた。彼女は今、全霊をかけて「爆笑」を堪えていたのだ。
(ぶっ……!! ちょっと待って、面白すぎるんだけど!! あんなにドヤ顔で自慢してた孔雀みたいな帽子が、たった二歳児の手でただのハゲ散らかったカラスみたいになってるじゃないの!! ギャハハハ! いやダメよ、旦那が今にも泣きそうなのに笑っちゃ……ふふっ、お兄様のあの引きつった顔も最高に傑作だわ! あーおかしい、お腹痛い、誰か止めて!!)
誰も彼女の必死な内なる戦いには気づかなかった。それほど大人たちの現場は混沌としていた。
「おいっ!! なんで俺が弁償するんだよ! 壊したのはベルナドットの息子だろうが!!」
ナポレオンがすかさず激怒のツッコミを入れるが、大人たちの怒号や悲鳴など、二歳の破壊神には心地よいBGMでしかなかった。
オスカルはむしり取った羽根やピカピカ光る金の飾りを手にとっては「ぽいっ」とゴミのように投げ捨てたりしていた。
しかし、ひとしきり破壊を楽しんだ後、オスカルは「う~~~!」と小さく唸りながら、帽子から毟り取った数本のクジャクの羽根を、床に一列に綺麗に並べ始めた。そして、それをじーーっと、まるで偉大な芸術家が自分の作品を検分するかのように見つめ始めた。
その時、厨房からレティツィアが新しい紅茶のポットを持って戻ってきた。
「あらま。どうしたの、この散らかりようは?」
散乱する羽根と、ムンクのポーズのまま灰になっているミュラを見て首を傾げるレティツィア。ナポレオンから「オスカルがミュラの服を……」という説明を受けると、レティツィアは優しく「オスカルちゃん?」と名前を呼んだ。
「あ!」
オスカルは顔を上げると、床に並べたクジャクの羽根の中から、最も綺麗で、最も大きな一本を小さな手でしっかりと握りしめた。そして、トコトコと短い足でレティツィアの元へ駆け寄った。
「あら、オスカルちゃん。これが気に入ったの?」
「あ~~~!」
オスカルは満面の笑みで、レティツィアにその羽根を差し出した。まるで「これ、大好きなばあばにあげる!」と言わんばかりのピュアな輝きが、そこにはあった。
「よっ……良かったら、その羽根、オスカルちゃんにプレゼントするわ……っ!」
カロリーヌは声を震わせながら(実際は笑いを堪えすぎて酸欠になりかけている)、寛大に言った。レティツィアは嬉しそうに目を細め、オスカルをひょいと抱き上げた。
「あらそう? 良かったわねえ、オスカルちゃん。綺麗な羽根をもらえて。」
「きゃう~~~!」
オスカルはクジャクの羽根を嬉しそうに胸に抱きしめ、絶対に離さないという強い意志を見せている。
「よっ……喜んでもらえて……何より……、だ……。ハは、ハハハ……」
ミュラは怒るに怒れず、顔中から滂沱の涙を流しながら、壊れた人形のように笑うしかなかった。二歳児の純真な笑顔の前では、猛将ミュラといえども、怒りの鉄拳を振るうことなど不可能なのだ。
しばらくしてミュラは、あちこちから糸くずと下地が飛び出たボロボロのコートを羽織り、もはや帽子としての機能を失った「ただの奇妙な形をした黒い物体」を頭に乗せ、カロリーヌと共に帰っていった。去り行くミュラの背中は、戦場でのどの敗戦よりも小さく見えた。
静まり返った大広間で、ナポレオンはソファーに沈み込み、両手で頭を抱えていた。同時に、みぞおちの辺りをギュッと押さえる。
(う……痛む……。激しく胃が痛むぞ……)
国家の財政を預かる身として、身内の、しかも部下の特注品を壊されたとなれば、申し訳ないという気持ちはある。ナポレオンは、散らかった床と、カロリーヌから送られてくるであろう悲惨な額の請求書の予感に頭を抱えた。
「……おい、ジョゼフィーヌ。あのボロボロになった最高級特注コートと帽子の弁償、一体どこの予算から捻出すればいいんだ? 軍事費か? それとも我が家の生活費を削るか……?」
「あら、ナポレオン。私は今月、新しいドレスを三着頼んだばかりだから無理よ?」
「お前というやつはァァァ!!!……いや、しかし。そもそもこれは、元を正せばあの男のせいだ。そうだ、ベルナドットめ。あいつがオスカルを預けるからこんなことに……。よし、この無惨に破壊されたコートの代金は、きっちりと項目を分けてベルナドットに請求書を送ってやる……!」
しかし、あの偏屈で頑固なベルナドットが、素直に「息子の養育費(兼・ミュラの衣服弁償代)」を払うだろうか。想像しただけで、ナポレオンの胃壁に新たな穴が空いていくのであった。
(続く)
最初の犠牲者はミュラでしたね!
彼の衣装は史実でも派手で戦場でも目立っていました。
でも二歳児にとっては格好のおもちゃですよね。




