空飛ぶ双子の令嬢
国王レオポルド陛下との会談はまだ続くようで、父エドワードは城に残ることになった。俺たち家族はこの後の晩餐会に招かれているが、準備のために一旦宿へ戻る。
城門の前で待機していた馬車に、俺――ルチアとフィリア、そしてカレン達メイドが乗り込む。すると、フィリアが期待に満ちた目で俺を見つめてきた。
「ねえ、お姉様。 私、お姉様と一緒に王都の街を歩きたいですわ!」
明日には王都を発つ予定だ。俺は隣に座るカレンに相談してみる。
「カレン、明日には帰るのだし、今しか時間が無いわ。少しだけ寄ってもいいかしら?」
カレンは懐中時計を確認し、少しだけ眉を寄せた。
「……準備の時間もございますので、早めに戻ってください。それからルチア様、目立つ行為は絶対になさいませんように。よろしいですね?」
「ええ、任せて。街の中を見るだけなんだし、はしゃいだりしないわ」
俺は「中身は40歳のおじさんだぞ」と心の中で自分に言い聞かせ、カレンに笑顔で答えた。
しばらく進んだところで馬車を降りる。露店の通りは人通りも多く馬車で進めない。
「私たちはここで待機しております。お気をつけて」
カレンたちに見送られ、フィリアに手を引かれるまま露店が並ぶ通りへと足を踏み入れた。
(……いや、これかなり目立ってないか?)
俺は心の中で即座にツッコミを入れた。
フィリアは貴族の令嬢らしい華やかなドレス。俺に至っては国王との謁見直後なので、超豪華なドレスのままだ。
カレンに「目立つな」と言われたが、この格好で庶民の商店街を歩くのは、全身にサーチライトを浴びて歩くようなものだ。恥ずかしさに耐えながら、俺は半ば諦めてフィリアに付き添った。
露店には、異世界ならではの光景が広がっていた。
見たこともない果物、魔法で光る雑貨、不気味なモンスターの素材……。そんな中、あるお菓子の屋台の前で足が止まった。
ドロッとした液体を、熱した鉄板に広げ、薄く焼く。そこにフルーツやクリームを乗せて、くるりと巻く。
「これ、クレープじゃない!」
思わず声に出してしまった。
「まあ、お姉様もさすが、ご存知でしたのね!これ、今王都で一番人気なんですの」
フィリアが嬉しそうに二つ注文してくれる。
(魔法が発達しているからか機械はないけど、食文化の一部は妙に現代的だな。王子に聖女、悪役令嬢……もしかしてこの世界、本当に乙女ゲームか小説の世界だったりするのか?)
もしそうだったとしても、俺はその「内容」を全く知らない。
(……考えてもしょうがないか。今は目の前のクレープだ)
手渡されたクレープを一口かじると、生地はモチモチしていて、クリームの甘さが疲れを癒してくれる。
「お姉様、私……こうしてお姉様と並んで歩けるのが、本当に嬉しいですわ」
幸せそうに微笑むフィリア。
「……私もよ。これまでのことを思うと、あなたが隣にいてくれるだけで、本当に嬉しいわ」
本気でそう思った。これまでひどい仕打ちを受けても耐えていたフィリアが心を開いて話してくれる。俺、ちょっと泣きそう。
その後もアクセサリー屋などを冷やかしてまわったのだが、気づけばかなり時間が経っていた。馬車から離れすぎてしまい、普通に歩いて戻るには時間がかかりそうだ。
「フィリア、そろそろ戻らないと。準備に間に合わなくなるわ」
「はっ!楽しくてつい……ごめんなさい、急いで戻りましょう!」
ドレスの裾を抱えて走ろうとするフィリア。だが、人混みの中でドレス姿で走るのは相当大変そうだ。
(……よし、考えがある)
俺はフィリアを連れて、少し開けた広場の方へ向かった。
「お姉様?あちらは馬車とは反対方向ですわ!」
「大丈夫よ。街中での魔法は原則禁止だけど、それは『周りに迷惑をかける場合』でしょう?街の『はるか上空』なら、誰にも迷惑はかからないわよね」
強引な解釈だが、有無を言わさず風魔法で自分とフィリアを浮かび上がらせた。
「お、お姉様!?」
「しっかり捕まってて!」
シュバッ!と、私たちは一気に垂直上昇した。
「きゃあぁぁぁ――っ!?」
フィリアの悲鳴が王都の空に響く。
はるか上空。王都の全景が見渡せる高さまで来ると、馬車の位置はすぐに見つかった。
(現実世界でも、会社への出勤は空を飛んで慣れたものだ。一直線に行けるのが一番早い!)
俺は風を操り、弾丸のような速さで馬車まで飛んでいく。
馬車の真上に到着すると、カレンが冷ややかな視線でこちらを見上げていた。俺は風魔法を弱め、ゆっくりと地面に降り立つ。
フィリアは膝をついてフラフラだ。
「ルチア様……。目立たないように、と言ったはずですが?」
カレンが問い詰めてくる。俺はそっと目を逸らしながら言い訳をした。
「……急いで戻らないといけなかったから。さあ、早く宿に戻りましょう」
すると、カレンが呆れたようにため息をついた。
「まあ、よろしいですが……。ちなみに、下から丸見えでしたわよ」
「……え?何が?」
「公爵令嬢とあろう者が、はしたない。今後は風魔法でスカートを操る方法を教えますわ」
カレンの視線の先――。
フィリアが顔を真っ赤にして、必死にドレスのスカートを力いっぱい押さえていた。
(……あっ!スカートの中か!)
空を飛ぶ機能性ばかり考えて、女の子としてのマナーを完全に忘れていた。
「だ、大丈夫よフィリア!かなり上空だったから街の人には見えていないはず!見えたとしてもみんなすぐ忘れるから気にしないで!」
「……お姉様のバカァァァ!」
フィリアは涙目で叫ぶと、逃げるように馬車に飛び乗っていった。
(……あんなに俺を怖がっていたフィリアが、今じゃ『バカ』って言ってくれる。……うん、喜ばしい進歩だな)
俺は無理やり自分を納得させ、肩を落としながら馬車に乗り込んだ。
その様子を、カレンだけはとても楽しそうに、クスクスと笑いながら眺めていた。
――後日談だが。
次の日の王都では、「天使が二人、空を飛んでいた」という不思議な噂が広まったらしい。




