王子の企み
その日の夜、俺たちは王城の豪華な広間で晩餐会に臨んでいた。
参加者は父エドワード、母エレノア、俺――ルチア、そしてフィリア。対する王家側はレオポルド国王陛下に王妃様、アルベルト王子の三名だけだ。
部屋の隅には数名の執事が音もなく控えているが、いつも傍にいるカレンやフィリアのメイドたちはこの場にはいない。どうやら部屋の外で待機しているようだ。
(……王族と同席して食事をするなんて、よほど信用がないと許されないんだろうな)
俺は心の中で、この「お呼ばれ」がどれほど特別なことなのかを噛み締めていた。銀の食器が重々しく並ぶ食卓。俺は公爵令嬢としての完璧なマナーでナイフを動かす。
ふと、正面に座る王妃様が俺とフィリアを交互に見つめて微笑んだ。
「こうして並んで座っているのを見ると、やはり双子ね。見た目がそっくり。でも内面から感じる雰囲気は……全く違うのね」
(そりゃあ、こっちは中身が中年おじさんですからね……)
俺は内心で苦笑しつつ、淑女の笑みを絶やさずに答える。
「わたくしなど、まだまだにございます。フィリアは性格が穏やかで、とても優しい子ですので、わたくしも助けられておりますわ」
「そんな!お姉様こそ、お綺麗で頭も良くて、何でも完璧にこなされるので、私は心から尊敬していますわ!」
フィリアがすかさず、キラキラした目でフォローを入れる。
「あらあら、本当に仲がいいのね」
王妃様は優雅に目を細めた。
王妃様は国王陛下の年齢に比べるとかなり若く見える。王子の歳を考えると、おそらく30代後半くらいだろうか。溢れんばかりの美しさと気品があり、さすがは一国の王妃だと俺は感心してしまった。
食事が進み、メインディッシュが運ばれてきた頃。国王レオポルドが、俺の父エドワードに話しを促すように頷いた。
「エドワードよ、例の話、ここで伝えるがよい」
「はっ。ルチア、お前もそろそろ誕生日が近いな」
父様の言葉に、俺は背筋を伸ばした。
「はい。私もフィリアもあと一ヶ月ほどで16歳になりますわ」
「うむ。そこでだ。お前の誕生日に盛大なパーティーを開き、そこでアルベルト殿下との婚約を正式に発表することにした」
「まあ、喜ばしいことですわね」
母エレノアがにこやかに付け加える。
(……え!?)
俺は固まった。そして向かいに座っていた王子も、同じように目を見開いている。
「父上!いくらなんでも早すぎるのではありませんか!?」
王子が椅子を鳴らして抗議するが、国王は動じない。
「あくまで発表だ。ルチアがすぐに王室に入るわけではない」
これまでは王レオポルドと父エドワードの口約束のようなものだったが、公式に発表するとなれば話は別だ。
(政治的な思惑があるんだろうな……。まあ、すぐに『世継ぎを』とか言われなかっただけマシか。国王もまだまだ健在みたいだしな)
「おめでとうございます、お姉様!」
フィリアが純粋な瞳で祝福してくれる。
「……ありがとう、フィリア。殿下、わたくしもその日を楽しみにしておりますわ」
一応、王子にも愛想を振りまいておく。王子は俺の予想外の笑顔に戸惑ったように「……そうだな」と答えるのが精一杯のようだった。
晩餐会が終わり、宿に戻った俺。ようやく窮屈なドレスを脱いで一息つこうとした時、部屋のドアが控えめにノックされた。
「……お姉様、私です」
(フィリアか。どうしたんだ?)
ドアを開けると、彼女は今にも泣き出しそうな、不安げな顔をしていた。誰かに聞かれたくない話かもしれないと思い、俺は彼女を部屋に招き入れる。
「どうしたの、フィリア。何かあったの?」
フィリアは言いづらそうに視線を泳がせている。俺はふと、城から帰る前に彼女と王子が二人でこっそり話していたのを思い出した。
「……アルベルト殿下と、何かお話ししていたわね。あの方はなんて言っていたの?」
俺の問いに、フィリアはさらに俯いてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……実は、アルベルト殿下から言われたんです。『二人で協力して、ルチアのこれまでの悪行を父上の前で追及しないか』って……」
(……そこまで嫌われてるのか、俺)
思わず表情が険しくなる。王子は、フィリアを味方につけて俺を失脚させようとしたわけだ。
「私、もちろんそんなことしないってお断りしました!でも……アルベルト殿下が、そんな風にお姉様を陥れるようなことを言うなんて、私、ショックで……」
フィリアは声を震わせた。
「私、お二人は周りが騒がないようにあえて距離を置いているだけだと思っていたんです。でも、本当は……実は、仲が良くないのではないですか?」
妹の純粋な心配が胸に刺さる。俺は努めて穏やかな声で返した。
「安心して。……殿下も、急な事で少し混乱されているだけだと思うの」
「でも、誕生日のパーティーが不安です……。もしそこで、殿下が何か恐ろしいことを言い出したらと思うと……」
「大丈夫よ。今日はもう遅いわ。ゆっくり休みましょう」
俺はフィリアの肩を優しく叩き、彼女を自分の部屋へと戻るよう促した。
(アルベルト王子……。あいつ、本気で俺を追い出すつもりだな。優しいフィリアを巻き込むなんて、許せんな)
一ヶ月後の誕生日。正式な婚約発表。
それまでに、王子の警戒心を解くか、あるいは彼が文句を言えなくなる方法がないか。
(誕生日までに、どうにかしないとな……)
暗い部屋の中で一人、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。




