異世界の正体
目が覚めると、そこは見慣れた現実世界の天井だった。
俺は、枕元のスマホを引き寄せた。
「……今日は土曜日か」
会社は休みだ。いつもなら二度寝を決め込むところだが、異世界で聞いた王子の「不穏な企み」が頭から離れない。
俺はキッチンでコーヒーを淹れ、リビングのソファに深く腰を下ろした。
もし、あの世界が本当に小説や乙女ゲームの世界なのだとしたら。
俺はスマホを操作し、検索エンジンに思いつく限りのキーワードを打ち込んだ。
『ルチア フィリア 双子 聖女 ゲーム 小説』
画面の一番上に、キラキラしたタイトルがヒットした。
『レイディアント・ハーツ 〜双子の恋戦争〜』
「マジであったのかよ……」
タイトルをタップすると、豪華なイラストが表示された。そこには、ルチアとフィリアにそっくりな美少女二人が、きらびやかな衣装を纏って微笑んでいるイラストが描かれていた。
やっぱり、主人公は光の聖女・フィリア。ルチアは彼女を執拗にいじめる「悪役令嬢」として紹介されていた。
「恋戦争、ね……。なんてタイトルだ」
おじさんには少し気恥ずかしい名前だが、これはチャンスだ。
内容を知っていれば、あの王子が次に何を仕掛けてくるか先回りして止めることができる。
俺はさっそくアプリをインストールしようとした。
アプリの紹介ページを見ると、基本無料のスマホゲームらしい。
「無料版でプレイできるのは王子ルートだけか。……ん?」
さらに詳しく見ると、有料の完全版を購入すれば攻略対象が増えるだけでなく、なんとルチアを主人公として選べるルートが解放できるらしい。
「ルチアが主人公……?ちょっと気になるが、まずは王子の出方を知るのが先決だよな」
俺はとりあえず無料版をインストールした。
しばらくすると、豪華なオーケストラのBGMと共に、宝石を散りばめたようなタイトル画面が表示された。
「よし、やるか……」
俺が画面をタップしようとした、その時だ。
「……お父さん、何やってんの?」
「うおっ!?」
後ろから突然声をかけられ、俺はスマホをひっくり返しそうになった。
いつの間にか起きてきた娘の陽葵が、ジト目で俺のスマホ画面を覗き込んでいる。
「それって『レイハー』?懐かし……」
「レイハー?なんだその略称。……陽葵、これ知ってるのか?」
「私はよく知らないけど……、前にお母さんがずっとやってたゲームだよ」
結衣が……。
そういえば、結衣がスマホゲームにハマってるときがあったな。
「なんで今お父さんがやってるの?」
不思議そうに首を傾げる陽葵。
俺は冷や汗をかきながら、脳内の「言い訳エンジン」をフル回転させた。40歳の父親が乙女ゲームに夢中なんて、娘に引かれるかもしれない。
「あ、いや……、会社の人が『おすすめのゲーム』って言ってたから、ちょっとやってみようかなと思って」
「へぇ。その人、女の人?」
「えっ?ああ……、まあ、そうだな」
「ふぅん……」
陽葵は少し不満そうな顔をして、冷蔵庫から飲み物を取り出すと、そのまま自分の部屋へ戻っていった。
(……なんか、変な誤解を招いたか?)
気を取り直して、ゲームをスタートさせた。
物語はフィリアの紹介から始まった。
そこで描かれる本来のルチアは……控えめに言っても「救いようのないクズ」だった。
学校でフィリアの持ち物を隠し、家では両親が見ていないところでフィリアを罵倒し続ける。
(……俺、転生して本当によかったのかもな。こんな仕打ち、姉妹でも許されないだろ)
俺はかつてのルチアの暴挙に呆れつつ、物語を進める。
やがて、アルベルト王子の登場シーン。キラキラしたエフェクトと共に現れた王子は、傷ついたフィリアを優しく抱き寄せ、甘い言葉を囁いている。
(ゲームだと、意外といい奴じゃないか)
そして、ついに俺が転生したあたりの時間軸までたどり着いた。
ゲーム内のイベント:『学校での嫌がらせ追及』。
そこで俺は違和感を覚えた。
(……俺の時と違う。このシーン、王子とルチアの二人きりで、昼食の時間に話したはずだ)
ゲームでは、ルチアがフィリアを虐めている現場に王子が颯爽と現れ、大勢の前でルチアを叱責する。だが、俺の世界ではそんな現場は存在しない。
さらに王都への旅も、ゲームではカレンが同行を申し出たりせず、ルチアとフィリアはお留守番。当然、あの盗賊の襲撃事件も起きていない。
「俺のせいで、物語が本来のレールから大きく外れ始めてるのか……」
それから一時間ほどで、無料版をクリアした。
結末は――誕生日パーティーでの「ルチア断罪」だった。
大勢の貴族の前で、王子がルチアのこれまでの悪行を証拠と共に突きつける。
最後には両親からも見放され、ルチアは国を追放される。そしてフィリアは王子と結婚するというエンディングだった。
(フィリア視点で見ればハッピーエンドだけど、俺がルチアだからな……。複雑すぎる)
ただ、これでハッキリした。
一ヶ月後の誕生日パーティーこそが、ルチア(俺)にとっての「処刑台」だ。
ここで断罪を回避できなければ、俺の異世界ライフは終了し、国を追い出される。
(だが、どうすれば回避できる?無料版の内容だけじゃ、分岐が少なすぎてわからない……)
俺は攻略サイトを探してみた。
掲示板によると、有料版では王子ルートでも様々な分岐やイベントがあり、選んだ選択肢によって結末が変化するらしい。
「ここに載っているルチアの問題行動を、俺が起こさなければ、そもそも断罪される理由は無くなるはずだ」
俺は決意を固めた。
今日は休みだ。時間はたっぷりある。
俺は迷わず、有料版の購入ボタンを親指で押し込んだ。
平和なリビングで、40歳のサラリーマンは、娘の知らないところで「悪役令嬢の生存ルート」を切り拓くための戦いを始めた。




