謁見と魔法の披露
次に目を開けたとき、そこはやはり王都の豪華な宿屋の一室。そして公爵令嬢ルチアとしての身体だった。
窓の外を見ると、空はオレンジ色に染まり始めている。
(……夕方か。仮眠のつもりが結構経ってるな。)
現実世界で夜に眠って、この世界で起きれば夕方。時差ボケで頭がクラクラしそうである。
コンコン、と控えめなノックの音が響く。
「ルチア様、お目覚めでしょうか。夕食の時間でございますわ」
入ってきたカレンが、淡々と告げた。
(……ついさっき、現実世界で陽葵と夕飯を食べたばかりなんだけどな)
なのに、ルチアの胃袋はしっかり空っぽで、ぐう、と情けない音が鳴った。なんとも不思議な感覚だ。
「……ええ、今行くわ。カレン、私が眠っている間に部屋に来たかしら?」
「一度参りましたが、あまりに深く眠っておられたので、起こさずに失礼いたしましたが、何か?」
「いいえ、なんでもないわ」
眠り際、頭を撫でられ、結衣の声を聞いた気がしたのだが……。俺は首を振って、一階の食堂へと降りていった。
宿屋の食事は、さすが貴族御用達というだけあって豪華だった。だが、一つだけ不満がある。
(……水が、ぬるい)
中身が日本人の俺としては、風呂上がりや寝起きにはキンキンに冷えた水が飲みたかった。
(……魔法で、作れないか?)
俺はコップの上の空間に集中した。
まず、水魔法で小さな水の球体を作り出す。それをギュッと凝縮し、今度は風魔法を組み合わせて、一気に周囲の熱を奪い去るイメージ。
パキパキッ、という小さな音と共に、透明な氷の塊がコップの中に落ちた。
「ふふっ、大成功だわ」
冷たくなった水を一口飲み、俺は満足感に浸る。しかし、ふと顔を上げると、両親とフィリアがフォークを止めて固まっていた。
「……お姉様、今のは『氷魔法』ですの!? 北方の一族しか使えないはずの、超レアな魔法ですわ!」
フィリアが椅子を蹴らんばかりの勢いで身を乗り出す。
「え?いいえ、ただの水魔法と風魔法の組み合わせよ。フィリアのも冷やしてあげましょうか?」
「はい!お願いしますわ!」
父エドワードは、氷の浮かぶコップをじっと見つめ、娘の底知れない発想力と才能に、改めて驚愕の表情を浮かべていた。
翌朝。その日は現実に戻ることなく、異世界の朝を迎えた。
(……もう不安はない。向こうに戻れば、また朝から一日が始まるだけだからな)
俺は覚悟を決め、公爵家の一員として王城へと向かった。
今日の目的は、国王レオポルド・クロード・アルカディアへの謁見だ。
(礼儀作法はルチアの記憶があるから大丈夫だ。あとは、王子が変なことを言い出さなきゃいいんだが……)
謁見の間。玉座に座る国王レオポルドは、まさに「覇王」といったオーラを放っていた。そしてその傍らには、学園にいたはずのアルベルト王子も立っている。
「エドワード公、よく参った。……そしてルチア。道中で賊を退けたという話、既に聞き及んでいるぞ」
国王の鋭い眼光が俺を射抜く。陛下は徹底した実力主義だ。ルチアが王子の婚約者に選ばれたのも、元々は彼女が持つ「四元素魔法」の素質を見込まれてのこと。
「わたくしの魔法に関心を持っていただき、光栄に存じますわ、陛下」
どんな魔法だったか問われ、土と火の魔法について淡々と説明した。さらに父エドワードが今朝の氷の件も付け加えた。すると、国王は面白そうに口角を上げた。
「ほう、実際に見てみたいものだ。ここは狭い。騎士団の修練場へ参るぞ」
「父上、お待ちください!」
そこでアルベルト王子が、耐えきれないといった様子で割り込んだ。
「魔法の実力など二の次です!この女は学園で、実の妹であるフィリアを虐げていたのです。王家の妃に相応しい品性など、微塵も持ち合わせておりません!」
静まり返る謁見の間。父エドワードが驚きに目を見開く。
「……ルチア、それは本当なのか?」
父の問いに、俺は逃げずに答えた。
「……否定はいたしません。かつてのわたくしは、愚かさゆえに妹を傷つけましたわ。ですが、今は己の罪を認め、今後は一生をかけてフィリアを守ると誓っております」
「お姉様……。私はもう気にしておりませんわ。今のお姉様は、誰よりも優しくて頼もしいのです」
フィリアの加勢に、王子は顔を真っ赤にした。
「フィリア!君は毒されているんだ! 父上、こんな女を――」
「……アルベルトよ。当事者が和解しているならば、それ以上の口出しは無用だ。……それよりも、余はルチアの魔法に興味がある」
国王の一言で、王子の不満は封じられた。
修練場に移動した俺は、国王と騎士団の見守る中で魔法を披露する事になった。
(……全力はまずい。この場を破壊しない程度に、抑えめでいくか)
「……『城壁』」
地面に向けて手をかざし、一瞬で高さ十メートルを超える巨大な土の防壁がそびえ立った。
「このように賊から身を守る壁を作りました」
俺が説明すると「ほう……」と、騎士団からどよめきが上がる。
「次は、火を……。」
上空に、修練場を丸ごと覆い尽くすほどの巨大な火球を出現させる。
じりじりと焼けるような熱。呼吸すら苦しくなるほどの魔力の圧力に、国王すらも驚きで目を見張った。
これ以上は危険だと判断し、俺は魔法を解除。さらに風魔法で周囲の空気を一気に冷却し、平熱に戻した。
「……今のは何という魔法だ?」
国王に尋ねられたが、どうしよう。名前なんてない。
「ええ…と、コロナ……サンシャインですわ?」
とっさに出た名前はスーパーロボットの必殺技みたいになってしまったが、国王はまさに太陽のような魔法だな。と感心した。
「今の一撃を放つには、宮廷魔術師が十人は必要だぞ」
国王の言葉に、俺は少し首を傾げた。
「……今のは、わたくしの魔力の十分の一ほどにございますわ、陛下」
その場にいた全員が、絶句した。
国王は豪快に笑い、「さすがだ!余の息子の婚約者に相応しい!」と俺の肩を叩いた。
魔法のお披露目はとりあえず成功だったようだ。
その後、父と国王は本来の目的である婚約発表についての話し合いのため先に修練場を出て、俺とフィリア、そして納得のいかない様子の王子だけが残された。
「フィリア、君も父上の前で光魔法を見せるべきだ!君の力がいかに素晴らしいか、父上にもわからせるチャンスなんだぞ!」
「……殿下。フィリアの癒しの魔法を見せるために、ここで誰かを大怪我させるおつもりかしら?」
俺が冷ややかに言い放つと、王子はぐうの音も出なかった。
ちょうどそこへ、王妃とのお茶会を終えた母エレノアが迎えに来た。
「アルベルト殿下、わたくしたちは先に失礼いたしますわ」
俺は、立ち尽くす王子を背に、客間へと歩き出す。
(……あの王子の執着の仕方は、単なる正義感じゃないな。もしかして、あいつはフィリアのことが好きなのか?)
もしそうだとしたら、この婚約は思っていたよりずっと面倒なことになりそうだ。
平和な異世界生活とはならないのかな、王都の青空を見上げながら俺はそう思った。




