王都到着と現実帰還
盗賊を追い払った後、俺たちを乗せた馬車は何の襲撃もなく、無事に王都へと到着した。
「わあ……。これが王都、なんですのね」
馬車の窓から外を覗き、俺――公爵令嬢ルチアは思わず声を漏らした。
王都アルカディア。そこは、これまでの領地の静けさが嘘のような喧騒に包まれていた。石畳の道を行き交う大勢の人々、立ち並ぶ露店、そして遠くに見える王城。
「お姉様!見てください、あの露店のお菓子、学校の友達が『今、王都ですごく流行ってる』って言ってたものですわ!それに、あっちのアクセサリー屋さんも素敵……後で見に行ってもよろしいかしら?」
隣でフィリアが目を輝かせてはしゃいでいる。
(やっぱり、こっちの世界でも女の子は甘いものやキラキラしたものが好きなんだな……)
楽しそうな彼女を見ていると、どうしても現実世界の娘、陽葵のことを思い出してしまう。
(陽葵は……今、どうしているんだろう。俺がこうして異世界にいる間、あっちではずっと眠り続けているんだろうか……)
一度考えだすと、不安が止まらなくなる。もしあっちの俺が死んでいたら?陽葵を一人残して、俺だけここで美少女ライフを満喫しているなんて、父親失格だ。
「ルチア様、国王陛下との謁見は明日でございます。宿に着いたらすぐにお休みになりますか?それとも、少し街を回られますか?」
カレンの問いかけに、俺は少し考えてから答えた。
「今日は少し疲れましたわ。襲撃もありましたし、宿で少し休みます。フィリア、ごめんなさいね。街へ行くのはまたの機会にしましょう?」
「はい、お姉様。あんな事があった後ですもの、仕方ありませんわ」
案内されたのは、貴族御用達の超豪華な宿だった。もちろん貸し切りだ。
一人、ふかふかのベッドが置かれた部屋に入ると、俺はどっと出た疲れと共に、昼間の襲撃シーンを思い出した。
(……正直、怖かったな。現実じゃ、あんなに殺意を持った相手に襲われることなんてないし)
今回は魔法で脅して追い払えた。だけど、いつかは自分の魔法で誰かを傷つけ、命を奪わなきゃいけない時が来るかもしれない。
(……やるんだ。あんな思い、フィリアや家族にはさせられない。俺が、覚悟を決めておかないと)
重い思考を振り払うように、俺はベッドに横になった。
休みたいと言った本当の理由――それは、「今、眠れば現実に戻れるか」を確かめるためだ。
(頼む、戻ってくれ……!)
祈るように目を閉じると、うとうとと意識が遠のいていく。
その時、部屋のドアが静かに開き、カレンが入ってきた気配がした。彼女は眠りにつこうとする俺の顔をじっと見つめ、納得したように小さく呟いた。
「……現実に戻れないのが、そんなに不安だったのかしら」
ルチア(大地)の頭を、愛おしそうにそっと撫でる。
「大丈夫よ。この世界と向こうじゃ、時間の流れが違うんだから……」
その声は、メイドのカレンではなく、亡き妻・結衣のものに聞こえた気がした。だが、俺はそのまま深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
――パチッ、と目が開いた。
視界にあるのは、見慣れた自宅の天井。俺は勢いよく飛び起き、枕元のスマホをひったくるように手に取った。
「……あれ?一日しか、経ってない?」
日付を見て、俺は深いため息を漏らした。
異世界では王都へ行くまでに何日も過ごした感覚だったが、現実世界では眠りについてから、たったの六時間しか経っていなかったのだ。
(夢の中だから、向こうで何日経っても、ここでは一晩の睡眠時間……ってことか)
とりあえず、陽葵を一人ぼっちにせずに済んだ。
俺は心底ホッとして、いつものように朝食の準備を始めた。命の危険がない、平和な時間。起きてきた陽葵の顔を見て、その実感がさらに強まった。
「陽葵、おはよう。……なあ、陽葵。何か、欲しいものとかないか?」
「……は?急にどうしたの。怖いんだけど」
一緒に朝食を食べながら聞くと、陽葵は露骨に不審な顔をした。
(フィリアはあんなにスイーツやアクセサリーを欲しがってたのに、陽葵はあまり欲しがらないからな……。俺に遠慮して我慢させてるんじゃないかな)
「別に、欲しいものなんてないし」
「そうか?じゃあ、帰りにお菓子でも買ってくるか?」
「お父さん、私もう子供じゃないんだから」
呆れ顔の娘に、俺は心の中で(俺の子供じゃないか!)と突っ込んだが、言葉には出さなかった。
「欲しいものは自分のお小遣いで買ってるし。お父さんこそ、自分の欲しいもの買いなよ」
(……そっか。俺、もう十分幸せなんだな)
魔法が使えて生活が楽になって、陽葵とも少しずつ話すようになって。ここに結衣が生きていれば……なんて叶わない望みを除けば、これ以上望むことなんてない。
「じゃあ、お小遣い足りなくなったらちゃんと言うんだぞ」
「はいはい」
仕事へ向かうと、いつもは大変だと思う事務作業すら「現実にいる安心感」に思えて、俺は社畜のように淡々と仕事をこなした。
夜、帰宅するとリビングに夕飯が用意されていた。
「おかえり。ご飯、用意してあるから」
陽葵が俺の帰りを待っていた。その献立の中に、昨日俺が魔法で育てて収穫した「あのオクラ」は入っていなかった。
「ちょっと待っててくれ。もう一品出すから」
俺はキッチンに立ち、手早くオクラのおひたしを作った。
「えー、オクラ……。それ、お父さんが食べる分でしょ?」
嫌そうな顔をする陽葵に、俺は自信満々で言った。
「ベランダで育てたんだ。美味しいぞ、一口食べてみろ」
実は異世界で日々、公爵家の料理長から料理のコツをこっそり教わっていたのだ。大地としての腕前も密かにレベルアップしている。
陽葵は不満げに、「おひたしなんてそのまますぎるじゃん……」と呟きながらも、我慢して一口食べた。
「…………あれ?食べられる。っていうか、美味しいかも」
陽葵の目が驚きで見開かれた。
「だろ? どんどん食べていいぞ。あ、陽葵が作ったこのおかずも、すごく美味しい。料理、上手くなったな」
「……別に普通でしょ」
そっけなく言いながらも、陽葵は少し照れくさそうに、黙々とご飯を食べ進めた。
異世界では最強の公爵令嬢。
現実では、思春期の娘と夕飯を囲むお父さん。
二つの世界を行き来しながら、俺たちの「家族」の距離は、確実に縮まり始めていた。




