初めての戦闘
「……あれ?」
目が覚めた瞬間、俺は嫌な汗をかいた。
視界に飛び込んできたのは、いつもの古びた天井じゃない。豪華な天蓋付きのベッド、そして公爵令嬢ルチアとしての身体だ。
いつもなら、眠れば現実世界に戻って、陽葵に朝ごはんを作る時間なのに。
なぜだ。現実の俺はどうなっている? 会社は? そして何より、陽葵は一人で大丈夫なのか?
「ルチア様、おはようございます。そろそろご準備を」
不安に押しつぶされそうな俺の前に、メイド長のカレンがやってきた。
心配しても今はどうしようもない。俺は必死に心を落ち着かせ、王都へ出発する準備を始めた。
屋敷の外には、数台の豪華な馬車と、武装した護衛たちが並んでいる。
父・エドワードが執事長に留守中の指示を出し、馬車に乗り込む。
先頭は父・エドワード。次が母・エレノア。そして三台目の馬車に俺とフィリア、そしてカレンとフィリアのお付きのメイドが乗り込んだ。
(……家族バラバラに乗るのか。もしもの時のリスク分散ってやつかな。貴族も大変だな)
「お姉様、王都に着いたら一緒に街を見て回りましょうね!」
隣でフィリアが嬉しそうに笑う。
カレンは何も言わず、ただ窓の外を鋭い目で見つめていた。乙女ゲームの「両親死亡イベント」が起こらないことを祈っている。
屋敷を出て数時間。馬車はのどかな街道を順調に進んでいた。
王都まではまだまだかかりそうだな。そう思っていた時、ガタン!と激しい衝撃と共に馬車が止まった。
「どうしたのかしら?」
俺が声を上げるより早く、外から護衛の叫び声が響いた。
「敵襲!盗賊だ!」
カレンが弾かれたように立ち上がった。
「ルチア様、外へ!フィリア様はここで護衛と共に待機してください!」
「えっ、カレン!?」
「急いで!旦那様たちの無事を確認します。ルチア様、付いてきてください!」
カレンは迷いなく馬車を飛び出していた。
何が何だかわからないが、俺も必死でカレンの後を追った。
父と母の馬車は少し先にある。まだ盗賊の手は届いていないが、数人の男たちが護衛をかいくぐって迫っていた。
「ルチア様、来ますわよ!旦那様と奥様を守るために、魔法で戦ってください!」
カレンの叫びに、俺の心臓が跳ね上がった。普段は冷静な彼女の、鬼気迫る表情。
(……戦う?相手は人間だぞ。傷つける、いや、殺すってことか!?)
現実離れした状況に、足がガクガクと震える。
でも、やらなければ俺たちが殺される。娘のようなフィリアも、両親も。
カレンは風魔法で敵の攻撃を紙一重で避けながら、隠し持っていたダガーで次々と盗賊を無力化していく。その動きは、まるで熟練の暗殺者のようだ。
(カレン、すごすぎる……。返り血すら浴びてないじゃないか)
「ルチア様、一人取りこぼしましたわ!」
一人の盗賊が、こちらを睨みつけながら突進してくる。
「死ねぇ、お嬢ちゃん!」
「やばい――っ!」
俺は身を守るため、必死に魔力を込めて「土魔法」を発動した。
全力で地面を押し上げ、壁を作るイメージ!
――ドゴォォォォン!!
「えっ」
目の前に現れたのは、ただの壁じゃなかった。
地面から突き出した巨大な岩の壁が、エドワードからフィリアの馬車までをぐるりと囲い、さながら「巨大な要塞」を作り上げてしまったのだ。
「…………え?」
襲ってきた盗賊も、守っていた護衛も、そして作った本人である俺も、一瞬何が起きたのか理解できず固まった。
(……さすが大地さん。やりすぎよ)
カレンが心の中で呟いた。
規格外すぎる魔法に、盗賊たちが戸惑っている。
「これなら……いけるか!」
俺は風魔法で城壁の頂上まで一気に飛び上がった。
眼下に群がる盗賊たちを見下ろし、風魔法で声を増幅させて言い放つ。
「死にたくなければ武器を捨て、今すぐ立ち去りなさい!」
「たかが壁を作ったくらいで、いい気になんじゃねえぞ!」
盗賊たちが強がって怒鳴る。
「……じゃあ、これはどうかしら?」
俺は右手を空へ掲げた。
イメージするのは、太陽のエネルギー。それを極限まで圧縮して、巨大な炎の球を作り出す。
頭上に現れたのは、周囲を一瞬で真昼のように照らす「巨大な火球」
じりじりと焼けるような熱が、下にいる盗賊たちに恐怖を叩き込む。
「う、うわあああ!化け物だ!」
「逃げろ!焼き殺されるぞ!」
一人が逃げ出すと、そこからは早かった。
盗賊たちは武器を放り出し、クモの子を散らすように森の奥へと消えていった。
「ふぅ……。脅しだったけど、なんとかなったな」
俺は魔法を解き、城壁を地面に戻してゆっくりと降りてきた。
「ルチア様、あれを本当に放っていたら、わたくしたちも灰になっていましたわ」
カレンが苦笑いしながら近づいてくる。
「も、もちろんやるつもりなんてなかったわよ!ただのパフォーマンスよ!」
慌てて否定したが、カレンは「助かりましたわ」と静かに微笑んだ。
「お姉様!」
「ルチア、無事か!」
フィリアと両親が駆け寄ってくる。
フィリアは俺の無事を確認して泣き出し、父・エドワードは厳しい顔で俺を叱った。
「ルチア!なぜこんな危険な真似を!カレン、お前が付いていながら!」
「申し訳ございません。わたくしが……」
カレンが跪いて謝ろうとするのを見て、俺は慌ててフォローに入った。
「お父様、違うの!私の魔法がみんなを守れると思ったから、自分の意志で行ったのよ。責めるなら私を責めて!」
父は困り果てたような顔をしたが、実際に俺が守ったのは事実だ。
幸い、家族に怪我はなかったが、護衛には負傷者が出ている。
「まずは負傷者の手当てだ。フィリア、手伝いなさい」
「はい、お父様!」
フィリアが光魔法で治療に回る中、俺はカレンの隣に立った。
「カレン、ありがとう。……でも、すごかったな。返り血どころか埃もついてない」
「風魔法で防御膜を張っておりましたから。ルチア様こそ庇っていただきありがとうございます」
カレンは淡々と答える。
盗賊を容赦なく排除したカレンの冷徹なまでの立ち回りと、迷いのない忠誠心。
異世界で生きるということの「重さ」を改めて突きつけられ、俺は少しだけ震える肩を、自分の手で強く押さえた。
現実世界に戻れない不安。でも、この世界で俺には守るべき家族がいる。
今はみんなが無事だった事で良しとしよう。




