死亡イベント?王都への家族旅行
異世界での生活も、大分慣れてきた。
午後の穏やかな日差しが差し込む自室で、俺――公爵令嬢ルチアは、紅茶を楽しみながらこの世界の歴史本を読んでいた。
中身は40歳のおじさんだが、優雅に読書をする姿は、どこからどう見ても完璧な令嬢だろう。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「ルチア様、失礼いたします」
入ってきたのは、メイド長のカレンだ。
「ルチア様、エドワード様がお呼びです」
エドワード。この家の当主であり、俺、ルチアの父親の名前だ。
「わかりましたわ。すぐに向かいますわね」
俺は本を閉じると、カレンと共に父の部屋へと向かった。
部屋に入ると、そこには威厳あふれる父・エドワードと、母・エレノア、そして妹のフィリアが揃っていた。
「お待たせいたしました、お父様、お母様。お呼びでしょうか?」
俺はルチアらしい気品ある仕草で尋ねる。
「ああ。急ですまないが、明日、私とエレノアの二人で王都へ向かうことになった。アルカディア国王陛下からお呼び出しがあってね」
エドワードが口を開いた。
「ルチア、お前ももうすぐ16歳だ。今回の王都行きは、アルベルト王子との正式な婚約発表に向けた話し合いのためでもある」
(……うわ、出た。婚約発表)
俺の心の中は、一気に不安でいっぱいになった。
(中身がおじさんの俺が、王子様と結婚? うまくやっていけるわけがないだろう。……というか、今の時代、16歳で婚約って、早すぎやしないか?)
現代日本の感覚だと、娘の結婚相手について悩む父親の心境なのだが、ここでは俺自身がその「娘」なのだ。なんとも複雑な気分である。
だが、その場で一人、ルチア(大地)とは全く違うベクトルで顔を青くしている人物がいた。カレンだ。
(……待って。まずいわ、これ。「両親死亡イベント」じゃない!)
カレン――亡き妻・結衣は、生前プレイしていたこの世界である乙女ゲームの記憶を必死に呼び起こしていた。
ゲームでは、ルチアの両親が王都へ向かう途中に盗賊に襲われ、殺害されるイベントがあったのだ。発生する確率はランダムだが、襲われたら最後、両親の死亡率は100%。
その後、盗賊たちは勢いづいて公爵邸まで襲撃してくる。その際、ルチアが圧倒的な魔法で盗賊を撃退し、実力を認められて「若き当主」となるのだが……。
(両親を失った絶望で、ルチアは「悪役令嬢」から「悪役当主」にランクアップしちゃうのよね。そこから彼女の悪行はさらに加速してフィリアを殺そうとまでするが、最後には王子とフィリアによる断罪(処刑)が待っている……完全なバッドエンド・ルートよ!)
カレンは拳を握りしめた。このイベントだけは、何としても回避しなければならない。
「エドワード様!恐れながら、今回の王都行き、ルチア様とわたくしも同行させてはいただけないでしょうか!」
カレンの突然の懇願に、俺は「えっ、なんで?」と思わず彼女を二度見してしまった。
「ルチア様にとっても、王子殿下との婚約は一生を左右する大事なこと。可能であれば、陛下に直接お会いし、その覚悟をお示しするべきかと存じますわ」
カレンの必死の説得が続く。
「……確かに、一理あるわね」
母・エレノアが微笑んだ。
「それなら、フィリアも一緒に行きましょう?家族みんなで王都なんて、久しぶりじゃない」
「それもいいな。移動の警護も厚くしよう」
エドワードも頷いた。
「わあ、お姉様と王都に行けるなんて嬉しいです!」
フィリアも手放しで喜んでいる。
カレンは内心でホッと胸をなでおろした。
(よし! ルチア(大地)がいれば、万が一盗賊が出ても返り討ちにできる。フィリアの癒しの力もあるし、これなら生存ルートを確保できるはずよ!)
部屋に戻った後、俺はカレンを呼び止めた。
「ねえカレン、どうしてあんなに必死に同行を提案したの?何かあったのかしら?」
「……いえ。ただ、少し嫌な予感がいたしましたので」
カレンは正直に言わず、言葉を濁した。
嫌な予感。俺はそれを自分なりに解釈した。
(そうか……。カレンは、ルチアのこれまでの悪行が王子に伝わっていて、王都に行ったらそのまま「婚約破棄」を突きつけられるんじゃないかって心配してるんだな?)
「……大丈夫よ、カレン。どんな結果になっても、私は受け入れるつもりだから」
俺は覚悟を決めたような顔で言った。
(まあ、婚約破棄されたらされたで、おじさんとしては正直助かるんだけどな……)
一方のカレンは、
(そうね、盗賊が出ても今のあなたなら一瞬で片付けちゃうわよね。頼りにしてるわよ、大地さん!)
と、全く別の「覚悟」に期待していた。
こうして、公爵家一家による、王都への旅が決まった。
俺は明日の出発に備え、早めに休むことにした。
まさかこの旅が、俺の「魔法の力」を公に知らしめる事になるとは、この時はまだ知る由もなかったのだ。




