↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/50

魔法の野菜

目が覚めると、いつもの現実世界の朝だった。


俺は布団から出ると、真っ先にベランダへ向かった。最近買ったばかりの、まだ実もついていないヒョロヒョロのトマトの苗。これに、異世界で覚えた「土魔法」を試してみる。


「……土の栄養を凝縮して、一気に流し込むイメージだ」


苗に手をかざし、魔力を込める。すると、異世界と同じような光景が広がった。


シュシュシュッ、と音を立てて茎が太くなり、黄色い花が咲いたかと思うと、一瞬で実が膨らんでいく。数秒後には、宝石のようにツヤツヤした真っ赤なトマトがたわわに実っていた。


「よっしゃ、大成功だ!」

俺はさっそく収穫し、朝食のサラダに並べた。


起きてきた陽葵ひなたが、一口トマトを食べて目を丸くする。


「……何これ、信じられないくらい美味しい!」

「だろ?ベランダで作ったんだよ」

「えっ、この前買ってきたんじゃなかった?成長早すぎない?」

「あ、ああ、最近の苗は品種改良がすごいんだよ。あっという間に育つんだ」


かなり強引に誤魔化したが、陽葵は食べることに夢中だ。ふと見ると、彼女の体がほんの一瞬、キラキラと光った気がした。本人は気づいていないようだが、魔法で作った野菜には何か特別な力があるのかもしれない。


俺も一粒食べて驚いた。


(……なんだこれ、体が軽い……!)


40代特有の、寝ても取れない重い疲労感が消えていく。肩こりも腰の痛みも、まるでない。


「魔法で作るとこんな効果があるのか……」


俺はスキップしたい気分を抑え、風魔法を使って(こっそり空を飛んで)会社へ向かった。


その日の夜。仕事が終わっても全く疲れを感じない。朝のトマト効果は絶大だ。


帰りは買い物のため、電車と徒歩で普通に帰る。スーパーの野菜の種コーナーで、ビールに合う枝豆と、陽葵の嫌いなオクラの種を手に取った。


(魔法のオクラなら、きっと陽葵も美味しく食べてくれるはずだ)


期待を胸に帰宅すると、陽葵がリビングを掃除していた。


「どうしたんだ、珍しいな」

「……今日、さっきまで友達が遊びに来てたんだけど。リビングが散らかってて、ちょっと恥ずかしかったの」


見れば、テーブルには読みかけの雑誌、棚には買い物袋。汚いわけではないが、生活感まる出しだ。平日は掃除する時間がないとはいえ、多感な時期の娘には耐えられなかったらしい。


「ごめんな、陽葵。俺が片付けておけばよかったな」

「ううん。私もできてなかったし……お父さんは仕事忙しいから、仕方ないよ」


陽葵は諦めたように笑って言った。


(異世界みたいにメイドがいればな……。そうだ、あのお屋敷はどうやって掃除してるんだ?)


俺は夕食を済ませると、謎を解くために早めに眠りについた。


◇◇◇


「ルチア様、おはようございます」


カレンの声で、異世界の公爵令嬢としての朝が始まる。


「ねえカレン。メイドさんたちって、この広いお屋敷をどうやってお掃除してるの?毎日大変じゃないかしら?」

「メイドは大勢おりますし、何より『生活魔法』を使えることが採用の条件ですから」


生活魔法。ルチアの記憶を辿ると、水魔法で水回り全般、風魔法で埃を払い掃除を行い、火魔法でお風呂の準備など、日常的な魔法を指すらしい。


「それ、私にも教えてほしいの!学校が終わったらメイドさんたちにコツを聞きに行ってもいい?」

「……おやめください。お嬢様に教えを請われるなど、メイドたちが萎縮してしまい仕事になりません。生活魔法なら、わたくしが教えましょう」


学校から帰ると、俺はカレンから特訓を受けた。


元々のルチアの才能が凄まじいのか、俺はすぐにコツを掴んだ。それどころか、改良案まで思いつく。


「カレン、こうしたらもっと楽じゃない? 水と風を組み合わせて……洗濯機みたいに水流を作るの! 仕上げは火と風を混ぜて、乾燥機みたいに乾かすわ!」

「……複数の魔法を同時に扱う『複合魔法』を、家事に使う方は初めて見ました。こんな使い方ルチア様にしかできませんわ」


カレンに呆れられた。確かにフィリアも光魔法しか使えない。2属性以上扱えるのはレアな存在だ。


「これならお掃除も一瞬ね!お屋敷中、私が綺麗にしちゃおうかしら」

「絶対にいけません。お嬢様にそんなことをさせたら、メイドたちの首が飛びますわ。……ルチア様、気遣いはありがたいですが、相手の役割や気持ちを尊重することも大切ですわよ」


カレンに淡々と説教をされた。


「……説教してもクビにならないのは、カレンくらいね」

「わたくしはルチア様の教育係ですから」


カレンに叱られても、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、懐かしさが胸に込み上げる。


(……結衣(妻)によく言われてたなぁ。「良かれと思ってやってるんだろうけど、それお節介だよ」って)


妻の面影をカレンに重ねながら、その日は眠りについた。


◇◇◇


翌朝。現実の体で目覚めた俺は、さっそく生活魔法を試した。


床の埃を風魔法で一箇所に集めゴミ箱へ、さらに床や家具を水魔法で磨き上げる。さらに洗濯物を魔法の乾燥機であっという間に乾かした。


起きてきた陽葵が、ピカピカのリビングを見て驚いている。


「わあ、すごい綺麗! 洗濯も終わってる……?」

「ああ、陽葵の分も洗って乾かしたし、畳んでおいたぞ」


俺はドヤ顔で言ったが、陽葵の反応は意外なものだった。


「……ありがとう。でも、お父さん。私の服は、次から自分でやるから」

「え?ちゃんと陽葵の分だけ分けて洗ったんだぞ?」

「そういう問題じゃなくて……!下着とか、あるでしょ!恥ずかしいんだってば!」


陽葵は顔を真っ赤にして、自分の洗濯された物を取って部屋に逃げ込んでしまった。


「あ……そうか」


俺は立ち尽くした。


生活魔法は完璧だった。でも、俺は陽葵の気持ちを全く考えていなかった。


(……これがカレンの言っていた、相手を尊重するってことか)


魔法で何でも解決できるわけじゃない。

俺は自分のうっかりを深く反省しながら、娘の心へのアプローチの難しさを痛感したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。