思い出のデート
目が開くと、そこは異世界、アルバの街の宿の一室だった。
窓から差し込む朝日の光を浴びながら、俺は大きく背伸びをする。
「よし……今日はユイと一緒に王都へ行って闇魔法を習得する日だ」
俺はベッドから起き上がり、装備を整えて部屋を出た。廊下を進み、ユイとフィリアが泊まっている部屋のドアを軽くノックする。
すぐに「はーい」と小気味いい声がして、ユイがドアを開けて俺を中に招き入れてくれた。
部屋の中に入ると、フィリアもすでに起きて待っていた。彼女は昨日まで着ていた豪華な貴族のドレスではなく、この世界の一般的な町娘が着るような、シンプルで動きやすい服装に着替えていた。少し照れくさそうにしているが、元が良いから何を着てもよく似合っている。
「フィリア、この世界のことは昨日話したから、もう大丈夫よね?」
ユイが優しく問いかけると、フィリアは緊張した面持ちながらも、しっかりと「はい」と頷いた。
「お金も頂いていますし、一日くらいなら大丈夫です」
「何かあってもボクが何とかするから大丈夫だよ」
ユイの胸元から実体化したバンが、テーブルの上で小さな胸を張った。
「心強いわね、バン。じゃあこれから、私とダイチさんが王都に行って闇魔法を覚えてくるわね」
ユイがそう言うと、俺はふと疑問に思って尋ねた。
「もう行くのか?」
「ええ、今からよ。この部屋からなら誰も見てないし、じゃあ行ってくるね」
ユイはフィリアとバンに手を振ると、杖を構えて呪文を唱え始めた。
空間がぐにゃりと歪み、視界が強い光に包まれる。
次の瞬間、吹き抜ける風の匂いが変わった。目を開けると、そこは緑豊かな広い草原だった。振り返ると、遠くに巨大な城壁に囲まれた王都の姿が見える。
「……相変わらず、あっという間で便利だよな、転移魔法は」
「ふぅ……」
ユイは杖にもたれかかりながら、大きく一息ついた。
「ただ、やっぱり往復分の魔力は残らないわね。アルバの街に戻るのは、私の魔力が回復する明日になるわ」
それを聞いて、俺はニヤリと笑った。
「それなら大丈夫かもしれないぞ。実は俺も転移魔法を覚えたんだ。だから帰りは、俺がアルバの街まで転移してみるよ」
「えっ!?ちょっと待って、いつの間に転移魔法なんて覚えたのよ!?」
ユイが驚愕して目を丸くする。
「現実世界でちょっとバタバタしてさ。瞬間移動のスキルを使ってたら、いつの間にか上位スキルとして覚えてたんだ」
「……まあ、帰りの足を任せられるなら助かるわ。お願いね」
ユイは呆れつつも嬉しそうに微笑み、俺たちは並んで王都への道を歩き始めた。
久しぶりの王都だが、実際には数日しか経っていない。門番の検問をあっさりと通り抜け、俺たちはすぐに目的の場所へと向かった。
歩きながら、俺は気になっていたことをユイに聞いてみる。
「しかし、闇の教会って……なんか名前からして危なくないのか?怪しい儀式とかしてたら嫌だぞ」
するとユイはクスッと笑って俺を見た。
「悪いイメージを持つ人もいるけど、闇魔法を使えるからって悪い人とは限らないでしょ?光魔法を使う人が全員良い人ってわけでもないじゃない」
「そりゃそうだな。要は使う人によるってことか。魔法そのものに罪はないもんな」
「そういうこと」
そんな話をしているうちに、俺たちは路地の奥にある「闇の教会」へと到着した。
中に入ると、俺の物々しいイメージとは違って、内部は驚くほど明るかった。壁や床、柱などは全体的に黒で統一されていて厳かな雰囲気だが、魔導具の照明が隅々まできちんと照らしている。
今回の目的は、闇魔法の加護を得ること。
俺たちはさらに奥にある「祈りの間」へと進み、シスターにそれなりのお布施を支払った。
さすがに祈りの間は厳格な場所らしく、照明が落とされて薄暗い。正面には、漆黒の宝石を掲げた謎の彫像が鎮座していた。
「やり方は、前に風魔法の加護を得たときと同じよ。心を落ち着けて、彫像に祈って」
ユイが隣でそっと囁く。
俺は頷き、彫像の前へと進み出た。ゆっくりと目を閉じ、意識を集中して祈りを捧げる。
じわじわと、周囲の空気が重くなるのを感じた。
目を開けなくても分かる。俺の周りにドロリとした黒い影が現れ、全身を包み込んでいく感覚。冷たいようで、どこか心地よい不思議なエネルギーだ。その黒い影は、やがて俺の肌に染み込むように、スーッと体の中へと吸収されて消えていった。
「……ふぅ」
俺が目を開けてユイの方を振り返ると、彼女はバッチリと片目を瞑ってウインクをしてみせた。
「大成功ね。おめでとう、ダイチさん」
ステータスを確認してみると、確かに【闇魔法】の項目が追加されていた。これでバンに闇魔法を共有させ、魔力を断ち切る準備は整った。
「よし、これで闇魔法の習得は完了だな」
俺たちは闇の教会を後にし、王都の賑やかな大通りへと戻ってきた。
「あとは……確か、バンにお土産の食べ物を買ってくるんだったっけ?」
ユイが思い出したように言うと、俺は本日二回目の自慢をする。
「それなんだが、実は家で色々と美味いものを作って、アイテムボックスに詰めて持ってきたんだ」
「えーっ!?ダイチさん、いつの間に料理なんてできるようになったの?」
「元々はそんなに上手くなかったんだけどさ、ユイがいなくなってからは色々と自炊するようになったからな。それに俺には『才能開花』があるから、料理スキルもかなり上がってるぞ」
「へーえ、それは楽しみ!ダイチさんの手料理、早く食べてみたいわ」
ユイが弾むような笑顔で微笑む。その表情があまりにも可愛らしくて、少しドキッとしてしまった。
「じゃあ、用事も済んだし、さっさとアルバに戻ってみんなで食べるか?」
俺が提案すると、ユイは少しだけ足を止め、上目遣いで俺を見つめてきた。
「ねえ、せっかく王都に来たんだし……少しだけ、街を見て回らない?」
そう言って、ユイが俺の腕に自分の腕をそっと絡めてきた。
俺としては、早いところアルバに戻ってバンに闇魔法のレベルを上げてもらい、異世界のゲートを閉じたい。だけど、たまにはこうして二人で息抜きをするのも悪くないだろう。
「……そうだな。少しだけ、デートに付き合うよ」
「やったぁ!」
ユイは嬉しそうに声を上げ、俺たちは並んで王都の街を歩き始めた。
歩きながら、ユイはアイテムボックスから自分のスマホを取り出した。画面を自分たちに向け、慣れた手つきでポチポチと操作し始める。
「ほら、ダイチさん、こっち向いて!はい、チーズ!」
カシャ、と小気味いいシャッター音が響く。ユイは俺とのツーショット写真を撮ったり、王都の街並みをパシャパシャとカメラに収めたりしている。
「おい、ユイ。街の人に見られたらマズイんじゃないのか?そんな不思議な板を持ってるなんて、怪しまれるぞ」
俺が周囲を気にしながら小声で注意すると、ユイはケラケラと笑った。
「大丈夫よ。ここの人から見たら、私たちが何やってるかなんてさっぱり分からないし、ただの魔導具だと思われるだけだから」
「確かに、そうかも知れないけど……」
俺は納得しつつも、少しだけ違和感を覚えた。
「なぁ、ユイ。なんで急にそんなに写真を撮り始めたんだ?」
俺の問いかけに、ユイは写真を撮る手を止め、スマホを見つめたまま少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。
「……この世界にきて、まだそんなに経ってないけど、本当に色々なことがあったでしょ?ダイチさんが石化したときは、もう二度と会えなくなるんじゃないかって、本当に不安だった。それに……私のせいでこうして異世界同士が繋がっちゃったりして。私のわがままで、みんなを危険にさらしているんじゃないかって、ずっと考えてたの」
ユイの言葉が、俺の胸に重く突き刺さる。
「だから……このまま、続けるのも良くないのかなって思うの」
「続けるのは良くないって……どういう意味だ?」
ユイはゆっくりとスマホを収め、俺を真っ直ぐに見つめた。
「異世界のゲートが無事に閉じたら……私、天界に帰ろうかなって」
「そんな……っ!」
俺は思わず声を荒らげそうになった。
「ゲートを閉じれば全て解決するんだろ!?天界に帰る必要ないじゃないか」
「そうだね。でも、また私のせいで何が起こるか分からないし……」
ユイは寂しそうに目を伏せる。
確かに、最初は「二人で楽しく冒険者になろう」なんて気楽に言ってたけど、気づけば世界を揺るがすような大ごとになっていた。俺たちだけの力では解決できず、フィリアやバンの手を借りて、何とか出来た。
「……でも、まだ完全に決めたわけじゃないから!大丈夫よ!」
ユイは俺の心配そうな顔を見て、慌てて明るいトーンを作って見せた。
彼女が俺に気を使っているのは、痛いほどよく分かった。
ユイにこれ以上、気を使わせたくはない。
今こうして楽しそうに写真を撮っているのも、きっと天界に帰る前に、思い出を少しでも残しておきたいと思ったからだろう。なら……ユイの心は、もう決まっているはずだ。
俺は深く息を吐き、絡められたユイの腕をそっと握り返した。
「分かった。ユイがそうしたいって言うなら、俺は止めないよ」
「ダイチさん……」
「俺だって、現実世界に戻って魔法が使えなくなるのはちょっと惜しいし、何より、ユイに会えなくなるのはすっごく寂しいけどさ。……だったらそれまでの間、目一杯楽しもうぜ」
俺はそう言って、自分のアイテムボックスからスマホを取り出した。
「ほら、今度は俺のスマホでも撮らせてくれ。もっと笑って!」
「あ、ずるい!可愛く撮ってよね!」
ユイはいつもの笑顔を取り戻し、俺のカメラに向かってピースサインを作った。
俺たちは日が暮れるまで、恋人同士に戻ったように、王都の街を二人きりで歩き続けた。




