レベル上げ
パチッと、自分の部屋の天井が目に飛び込んできて、俺はベッドの上で目を覚ました。
窓の外からは、聞き慣れた現実世界の朝の静けさが漂っている。
「よし……今日は、こっちの世界にいる間に色んな物に付与スキルを使って、とにかくレベルを上げていくぞ」
そうと決まれば行動開始だ。俺はベッドから起き上がり、まずは自分の部屋を見渡した。ふと、最近ちょっと自分の部屋の加齢臭というか、においが気になっていたことを思い出す。これ、風魔法を応用すればなんとかならないか?
俺は部屋の空間全体を意識しながら、付与スキルを念じた。風魔法のイメージで、空気を循環させて不快な成分を分解するような――よし、部屋全体への『消臭効果』の付与だ。心なしか、すぐに空気がすっきりと澄んだ気がする。
次にリビングへ移動した。
今度はリビングの部屋全体に『浄化』の効果を付与してみる。これを発動させて維持するためには俺の魔力が必要になるけれど、もし何かをこぼして汚れても、すぐに綺麗になる優れものだ。一瞬、リビングにも消臭をかけようかと思ったけれど、料理のにおいまで完全に消えてしまったらせっかくの食事が美味しくなくなっちゃうな、と思ってやめておいた。
さらにキッチンへ向かい、棚にある食器類を一つずつ手に取る。
「割れないように、な……」
大事な家族の食器だ。一つひとつ丁寧に『耐久力上昇』の効果を付与していく。
地道な作業だったけれど、これを繰り返しているうちに、俺の頭の中に感覚が流れ込んできた。ステータスを開いて確認してみると、付与術のレベルはいつの間にか『9』まで上がっていた。レベル10まであと一歩だ。
家の物はこれである程度付与し尽くした。何にかけようかと考え込んでいると、少しお腹が空いてきたことに気づく。
そういえば、昨日異世界の食堂で取っておいた肉料理があったな。アイテムボックスから取り出してみる。
元々はバンにあげるつもりで持ち帰ったものだけど、あいつにはまた王都へ行った時にでも新しく買ってやればいいだろう。
アイテムボックスに入れている間は時間が止まっているらしく、お皿の上の肉料理は出来立てそのもので、アツアツの湯気が立ち上っていた。
「お、美味そうだな。いただきます」
早速、一切れ口に運んでみる。
「……あれ?」
咀嚼してみるものの、なぜかあまり美味しいと感じられない。あの世界にいる時は普通に美味しいと思って食べていたはずなのに、どういうことだ?
「お父さん、何それ。買ってきたの?朝からお肉って、胃大丈夫?」
そこへ、パジャマ姿の陽葵が目をこすりながら起きてきた。俺の前の大皿を見て、驚いたように顔をしかめている。
「あ……」
その言葉で、俺はハッと気がついた。
そうだ。あの世界で俺はダイチとして若々しい冒険者の体だったけど、現実世界の俺は40歳のおじさんだ。朝から脂っこい肉料理が美味しく感じられないのって、完全に胃が年齢を感じているせいじゃないか……。自分の年齢を突きつけられたみたいで、ちょっとがっかりしてしまった。
「うん、まあ、ちょっと量が多くて食べられなさそうなんだ。陽葵、少し食べるか?」
俺が皿を差し出すと、陽葵は「んー、じゃあ、ちょっとなら……」と箸を伸ばして口に入れた。けれど、すぐに不思議そうな顔をして眉をひそめた。
「……ねえ、これ何の肉?なんか、味付けすっごく濃いね」
「あー、それは……イノシシの肉、かな」
確かプティボアの肉だけど、まさか「異世界の魔物の肉だよ」なんて言えるはずもない。とっさに嘘をついて誤魔化した。
「うーん、あんまり美味しくないかも」
陽葵はそう言って肉を飲み込むと、口直しにするため冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、テーブルで食べ始めてしまった。
現代の日本で美味しいものを食べ慣れている子供からすると、やっぱり美味しくないと感じるのか。確かにあっちの世界の料理は、野生の肉の臭みを消すためなのと、力仕事の多い冒険者たちの好みに合わせているからか、塩気もスパイスもかなり濃いめだった。
(……待てよ。ってことは、日本の美味しいお肉や料理をあっちに持っていったら、みんなビックリするんじゃないか?)
ユイだって、久しぶりに日本の食べ物を食べたいだろう。フィリアやバンにも美味いものを食わせてやりたい。
「よし、ちょっと買い物に行ってくる」
ヨーグルトを食べながらスマホをいじっている陽葵に声をかけ、俺はマンションを出た。
近くのスーパーに入り、食材コーナーを見て回る。
日本の優秀な調味料、パックに入った綺麗で柔らかいお肉、それからあっちの世界にはなさそうなお菓子。
あれもこれもと目についたものをカゴに放り込んでいくと、あっという間にカゴが一杯になった。
買い物を終えて店の死角に入ると、買い物袋をごっそりアイテムボックスに収納する。そのまま『隠形』のスキルを使い、周囲から完全に姿を消した。さらに風魔法でふわりと垂直に上昇し、空を飛んで我が家のあるマンションへと向かう。もう何度もやっているからルーティンのようなもので、あっという間にマンションの外へ降り立ち、エントランスを通って自分の家の玄関から帰宅した。
アイテムボックスから買い物袋を取り出し、何食わぬ顔でリビングに入ると、陽葵が「早っ!もう帰ってきたの?」と目を丸くした。
「ああ、近所だからな」
適当に誤魔化してキッチンへ向かう。
早速、買ってきた食材で調理に取り掛かった。
あっちの連中が喜びそうな鶏の唐揚げ、サクサクのトンカツ、上質な牛肉のステーキといった肉料理を次々と仕上げていく。ついでに、今日の我が家の夕飯用に作り始めたカレーの半分を別の鍋に分けて、それらも全て出来立ての状態でアイテムボックスに収納した。
「ふぅ、こんなもんでいいか」
色々と作り終えて、一息つく。
自分の部屋に戻ると、俺はさらにアイテムボックスから予備の武器や防具を取り出した。これらに片っ端から付与をかけて、最後の仕上げのレベル上げを行う。
そうして黙々と作業を続けていると、ついに俺の感覚が上限に達した。ステータスを確認すると、付与術のレベルが『10』になり、新しい特殊効果として『付与解除』を覚えていた。
「よし!これでようやく、陽葵のネックレスの魅了を解除できるぞ」
俺は小さくガッツポーズをした。だけど、今、陽葵は自分の部屋にいる。無理やりネックレスを取り上げるわけにはいかないから、実行できるチャンスを待つしかない。俺はスマホをいじったりして、適当に時間を潰した。
夜になり、待ちに待ったチャンスが訪れた。
陽葵がお風呂に入ったのだ。
「今だ……!」
俺は足音を立てずに陽葵の部屋へと忍び込んだ。
机の上に置いてあったネックレスを見つけ、そっと手に取る。そして新しく覚えた『付与解除』のスキルを意識した。ネックレスに込められた魔力が霧が消えるようにすうっと引いていく。これで『魅了』の効果だけを綺麗に解除することに成功した。
ついでに、せっかく陽葵の部屋に入ったんだから、何か良い付与をかけておこう。俺は部屋の空間全体を対象にして、『体力回復効果』を付与してみた。この部屋で寝起きすれば、学校や部活の疲れもすぐに取れるようになるはずだ。
「よし、完璧だな」
満足して部屋を出ようとしたその時、トントン、と廊下を進んでくる足音が聞こえた。
(やばい、陽葵がもうお風呂から上がってきた!?)
心臓が跳ね上がる。娘の部屋に無断で忍び込んでいるのがバレたら、それこそ父親としての信頼は地の底だ。
「隠形だ……!」
俺はとっさに隠形スキルを使い、姿を消した。
ガチャ、とドアが開いて陽葵が部屋に入ってくる。姿は見えなくても俺の肉体はここにある。このまま陽葵が部屋のドアを閉めてしまったら、さすがに外に出られなくなる。出ようとしてドアを開けたら、ドアが勝手に開く怪奇現象だと思われて大騒ぎになってしまう。
陽葵がドアのノブから手を離し、ドアがバタンと閉まる――その寸前、わずかな隙間から見える部屋の外の廊下を睨みつけ、俺は『瞬間移動』のスキルを発動させた。
視界が一瞬で切り替わり、俺の体は部屋の外の廊下へと移動していた。パタン、と背後で静かに陽葵の部屋のドアが閉まる。
「……っ、危ねえ、間一髪セーフだ……」
冷や汗を拭いながら、俺は大きくホッとした。
瞬間移動がなかったら本当に危ないところだったな。一息つきながらステータス画面を念じて開いてみると、なんと『瞬間移動』のレベルが上がったことで、『転移魔法』が追加されていた。
「おお……!瞬間移動のレベルが上がったら、上位互換として転移魔法を覚えたのか!」
これは嬉しい大収穫だ。これなら、あの異世界でわざわざ王都まで歩いたり馬車を使ったりしなくても、俺一人で一瞬で行けそうな気がする。
(いや、でも確か、遠い場所への転移は魔力をもの凄く消費するってユイが言ってたな……。やっぱり明日は無理をせず、王都の場所を知っているユイに任せた方が安全か)
そんなことを考えながら、俺はリビングに降りて、陽葵と一緒に夕飯の特製カレーを食べた。自分で言うのもなんだけど、やっぱり日本のカレーは最高に美味い。
お腹も膨れ、明日の大仕事に向けて体力を蓄えるため、俺は自分の部屋のベッドに入って静かに眠りについた。




