繋がる魔力と女神の秘密
「原因なら、ボク分かるよ。それ、ユイとカレンのせいだよ」
バンが肉汁のついた口元をペロリと舐めながら放ったその言葉に、部屋の中が一瞬で凍りついた。
「「……え?」」
俺とユイの声が見事にハモる。
「ちょっと待って、バン」
ユイが机に身を乗り出し、バンの小さな体を覗き込む。
「私はともかく、カレンが原因ってどういうこと?今の彼女は、ただのメイド長よ?」
そうだ。俺の記憶が確かなら、乙女ゲーム『レイディアント・ハーツ』におけるカレンは、本来ならただのサブキャラクターに過ぎない。ユイが転生していた時は彼女の体を借りていたから別格だったかもしれないが、今は魂が入れ替わって元に戻っているはずだ。フィリアだって「昔のとにかく厳しいメイド長に戻った」と言っていた。
「ダイチの記憶が間違っていなければ、カレンというメイドは、ユイが一時的に体を使っていたんだよね?」
バンがくりくりとした目でユイを見上げる。
「そうだけど……もう体は本当の持ち主のカレンに戻しているわ。私がカレンの体を使っていた間の記憶だって、今のカレンは覚えていないはずよ」
「多分、それは完全じゃないよ」
バンはふさふさの尻尾を小さく振った。
「カレンの体に、ユイの魂の一部が定着しちゃっているんだ。だから今も、ユイの体から薄い糸のような魔力が、あの森に向かってずーっと伸びている。さっきもゲートの前にいた時、ユイの魔力がずるずるとゲートの中に入り込んでいくのが見えたよ」
「……そこまで見えるのか?」
俺が驚いて尋ねると、バンは当然さ、と胸を張った。
「ボクは魔力の流れが色づいて見えるからね。ボク自身も、魔石の中にダイチの魂が定着していたから、ボクとダイチの魔力はしっかりと繋がっているんだ。それと同じだよ」
「繋がっているのは分かった。でも、それがどうしてゲートが開く原因になるんだ?」
俺が核心を突くと、バンはふむ、と頷いて解説を続けた。
「ユイとカレンの魔力が今も繋がっているせいで、それぞれの世界が引っ張り合って、空間に穴が空いちゃったんだろうね。それに、ユイは女神なんだろう?ボクたちの世界の理とは違うから詳しくはわからないけど、異世界を繋ぐなんてこと、君の本来の力があればできちゃうんじゃないのかい?」
「それは……」
ユイが気まずそうに視線を落とした。
「でも、本来なら異世界同士を直接繋ぐことなんてできないのよ。天界とそれぞれの世界は繋がっているから、異世界へ転生する時は、必ず一度天界を通ってから転生する事になっているの」
ユイの言葉を聞いて、俺の頭の中で点と点が繋がった。
「なるほど……。本来なら天界に繋がるはずのゲートが、ユイの規格外の魔力のせいで歪みを起こして、カレンのいるレイハーの世界と、今ユイがいるこの世界が直接繋がっちまったってことか」
「そういうこと。さすがダイチ、察しがいいね」
バンが満足そうに頷く。
ユイは自分の手のひらを見つめ、痛ましそうに眉を寄せた。
「今の私には……神としての権能が制限されているから、この手で直接ゲートを閉じることはできない。つまり、魔力の繋がりそのものを切らなきゃいけないのね?」
「その通り」
「……ということは、私かカレンのどちらかが死ねば魔力が完全に消えて、ゲートが閉じるのね」
ユイがぽつりと、あまりにも恐ろしいことを口にした。
「死ぬって、お前本気か!?」
俺は思わず椅子を蹴立てるようにして立ち上がった。
「そんな!他に方法はないのですか!?」
フィリアも顔を真っ青にしてユイにすがりつく。
「わからないけど……カレンをこんな事態に巻き込んでしまったのは、私の不手際が原因だし。それなら、私が消えるのが筋でしょ」
ユイは寂しそうに微笑む。
「死ぬなんて絶対に駄目だ!」
俺はユイの肩を強く掴んだ。
「現実世界でも死んでしまったお前を、こんな異世界でまで死なせるなんて、駄目だ!」
「大丈夫よ、ダイチさん。死ぬと言うのは言い過ぎたわ。私の場合は天界に戻るだけだから、痛くも痒くもないわ」
ユイはそう言って俺を安心させようとする。けれど、その声はどこか悲しそうに聞こえた。天界に戻るということは、俺たちの前から消えてしまうということだ。
「バン!お前、さっきから物知り顔で話してるだろ。どっちも死なさなくていい方法が、他に何か無いのか!?」
「あるよ」
バンがあっさりと答えた。
「「「えっ?」」」
三人の声が、本日二度目のハモりを見せる。
「だからさ、繋がっている魔力の流れそのものを、ちょきんと切ればいいんだよ」
「……だから、それをやるにはどっちかが死ぬしかないって話でしょう?」
ユイが不可解そうに首を傾げると、バンは両前足を振って否定した。
「違う違う。生きている状態のまま、繋がっている魔力の糸だけを切るってこと。あ、そっか。みんなには魔力の流れが見えないんだっけ」
「じゃあ……それ、バンにはできるのか?」
俺が期待を込めて聞くと、バンは申し訳なさそうに耳を伏せた。
「魔力そのものにダメージを与える特殊なスキルが必要なんだけど、今のボクは持ってないんだよね」
「なんだ、じゃあ意味ないじゃないか……。いや、待てよ。持ってないなら、そのスキルを新しく覚えればいいのか?」
俺の言葉に、ユイがハッとしたように顔を上げた。
「魔力を断ち切る……闇魔法のスキルね。ってことは、王都に行って闇の教会で加護を受けなきゃいけないけど……さすがにカーバンクルが祭壇で祈ってたら、教会の人がひっくり返っちゃうわね」
「じゃあ、俺が闇魔法を覚えて、それをバンに教えればいいんだな?」
俺がそう提案すると、バンは嬉しそうに尻尾をピコピコと振った。
「そうだね!ダイチには才能開花があるし、ダイチがスキルを覚えれば、魔力がガッチリ繋がっているボクも同じスキルを共有して覚えられるよ!」
「……ありがとう、ダイチさん。バンも」
ユイが本当に嬉しそうに胸をなで下ろした。
「私……本当は、もっとダイチさんと一緒にいたかったから。良かった……」
彼女のホッとした笑顔を見て、俺も安心する。
「まあ、一つだけ問題があるとすればね」
バンが、ユイの膝の上に飛び乗り、座った。
「魔力を切るといっても、この場合、カレンの中に残ってるユイの魂を無理やり切り離すことになるからさ。ユイの寿命がちょっとだけ減っちゃうよ」
「寿命……!?それ、どのくらい減るんだ?」
俺が慌てて聞き返すと、バンはうーんと首を傾げた。
「数年か数十年かはわからないけど……まあ、元々ユイは女神なんだし、誤差の範囲だと思うよ。ユイだってボクと同じくらい長生きしてるはずだから、年齢的にはもう数百歳……」
「バン。余計なことは、言わなくて、いいの」
ガシッ、と凄い効果音が聞こえそうな勢いで、ユイがバンの口を両手で塞いだ。その顔は般若のように……いや、もの凄く引きつっている。
「……今更年齢を気にしても、ユイはユイなんだから、俺はちっとも気にしていないぞ?」
俺が苦笑しながらフォローすると、ユイは真っ赤になってそっぽを向いた。
「私の気持ちの問題なの!乙女の年齢をバラそうとするなんて、このモフモフ……!」
もがもが、とバンの悲鳴が聞こえる。
「ふふっ。でも、本当に良かったです。これでユイさんも、カレンも、誰も死ななくていいんですね」
フィリアが心の底から安心したように微笑んだ。
「そうね。それじゃあ方針決定。明日は急遽、王都へ行くことになるわ」
ユイがバンを解放し、真剣な表情に戻る。
「ただ、さすがにこの人数を一気に王都まで転移させるのは、今の私の魔力じゃ難しいの。だから悪いけど、フィリアとバンはここで待っていて。私とダイチさんで王都に行って、闇魔法を覚えたらすぐに戻ってくるから」
「わかりました。ここでお留守番をしていますね」
フィリアが素直に頷く。
「ボク、お土産期待してるね、ダイチ!」
バンが輝くような目で俺を見てくる。
「分かったよ。王都の高級ステーキでもアイテムボックスに詰めて持って帰ってきてやるから、大人しくしてろよ」
こうして長い一日の作戦会議は終了し、俺は自分の部屋へと戻った。
ベッドにドサリと横になりながら、俺は天井を見つめて思考を整理する。
異世界のゲート問題は、明日王都に行って闇魔法を覚え、それをバンに共有させることで解決の目処が立った。
そして現実世界の陽葵のネックレス問題も、付与スキルのレベル上げをガツガツ行って、レベル10にして「魅了効果」を消してしまえば解決できる。
(やるべきことはハッキリしたな。現実に戻ったら、まずは付与スキルのレベル上げだ……)
もやもやしていた霧が晴れ、心地よい眠気が襲ってくる。
俺は愛しい娘の顔を思い浮かべながら、静かに目を閉じた。




