異世界ゲートの原因
「あはははは!ちょっと、ダイチさん、それ本気で言ってるの!?」
アルバの街で一番賑わっている食堂の一角。運ばれてきたエールと大皿の肉料理を前に、ユイが突然お腹を抱えて笑い出した。
食堂の中は冒険者たちの怒鳴り声や笑い声でガヤガヤと騒がしいから、ユイの笑い声が周囲に怪しまれることはない。ないけれど、俺としてはちょっと解せない。
「おい、ユイ。そんなに笑うことじゃないだろ。俺は大真面目なんだぞ」
「だって、陽葵が学校の男子に告白されたって、普通なら微笑ましいニュースじゃない。それなのにダイチさん、その男の子をわざわざ探し出して問い詰めたいなんて、過保護にもほどがあるわよ!」
クスクスと笑い続けるユイの横で、フィリアが不思議そうな顔をしながら串焼きの肉を口に運んでいる。
目の前で現実世界の話、しかも娘の陽葵の話をしているわけだが、これに関しては問題ない。フィリアもある意味で異世界に来ているわけだし、ここに来るまでの道中、ユイが俺たちの「複雑な事情」を最低限説明してくれていたからだ。
中身が別世界の娘のいる父親であることも、フィリアは受け入れてくれている。
「過保護って言うな。ユイは心配じゃないのか?自分の子供がどこの馬の骨とも知れない奴に言い寄られてるんだぞ」
俺が不満げに言うと、ユイは呆れたように肩をすくめた。
「心配っていうか……まあ、どんな男の子なのかなって純粋に気にはなるわね。でも、ダイチさんみたいに魔道具で護衛しようとかまでは思わないわよ」
「……そこなんだよ。俺が作ったネックレスには、悪い気を寄せ付けない『破邪』の効果を付与してあったはずなんだ。なのに陽葵に告白してくるなんて、そいつは破邪の効果を相殺するほど悪い奴なのか、あるいは俺の付与が失敗していたかってことになるだろ」
俺が真剣に分析すると、ユイは「それは違うと思うわ」と即座に否定した。
「だって、その男子以外からは何ともなかったんでしょ?変な大人に絡まれたりもしなかったって陽葵自身が言ってたじゃない。ってことは、悪い人を近づけない効果はちゃんとあったのよ。つまり、その告白してきた男子は悪い人じゃなくて、純粋に真っ直ぐ、陽葵のことが好きってことじゃないの」
「う……」
ユイの正論に言葉が詰まる。
「でも、陽葵はまだ中学生だぞ?付き合うとかそういうのはまだ早いというか、考えられないだろ。……そうだ。フィリアは陽葵と年齢も近いし、こういうのどう思う?」
急に話を振られたフィリアは、驚いて目を丸くした。
「えっ!?私ですか?……そうですね、貴族同士では、中等部くらいの年齢であればすでに親同士が決めた婚約者がいてもおかしくはありません」
「あー、やっぱり貴族はそうだよな……」
「ですが、親の決めたお相手ではなく、自分が本当に好きになった方と自由に恋愛ができるというのは……私は、少し羨ましいなと思います」
フィリアはそう言って、少し頬を染めて微笑んだ。
そうか、考えてみれば『レイディアント・ハーツ』は恋愛乙女ゲームだった。ルチアだって、元々は王子と婚約する予定だったんだ。フィリアにはゲームの世界だとは話していないけれど、彼女の中にそういう憧れがあっても不思議じゃない。
「自由な恋愛はいいんだけどね」
ユイが顎に手を当てて、少し表情を曇らせた。
「もし、その男子が陽葵のことを好きになった理由が、ダイチさんの付けたネックレスの『魅了』の効果のせいだとしたら、あんまり良くはないわね。無理やり好きにさせてるようなものだし」
「そこなんだよ……」
俺は頭を抱えた。陽葵に気に入ってもらうために付けた魅了の効果が、まさかそんな形で裏目に出るなんて。どうにかして効果を修正できないだろうか。
『対象者を限定すればいいんじゃない?』
その時、ユイの胸元から、周りには聞こえないくらいの小さな声が響いた。ネックレスの形に戻っているバンだ。
「どういうこと?」
ユイが胸元に向かって小声で聞き返す。
『つまりさ、魅了の対象者を陽葵ちゃんだけに指定するんだよ。そうすれば、陽葵ちゃん自身がそのネックレスを気に入るだけで、周りの人間に魅了の効果は及ばなくなるよ』
「そんなことができるのか!?」
俺が身を乗り出すと、バンが呆れたような気配を伝えてきた。
『ダイチは自分の持ってる付与スキルのこと、ちゃんと調べてないんだね。付与っていうのはね、アイテムそのもの、装備者、モンスター、人間、あるいは男、女っていう風に対象者を細かく指定して効果を発揮させることができるんだよ』
「確かに、ネックレスの魔力回復だって、誰が回復するのか、装備者限定なのかで価値が全く変わってくるわね」
ユイが納得したように頷く。ネックレスの時は装備者の魔力回復効果があるが、バンがカーバンクルになるとバン自身の魔力回復になる。
『そう。ダイチは今まで無意識にやってたみたいだけど、対象者を固定することは可能なんだよ』
「なるほど……。でも、一度付与しちまった効果って、後から消したり書き換えたりできないんじゃないのか?」
俺の疑問に、バンはあっさりと答えた。
『付与スキルのレベルが10まで上がればできるようになるよ』
「詳しいわね、バン。あなた本当に何者なの?」
ユイが感心したように言うと、バンは少し自慢げに声を弾ませた。
『ボクは元々、三百年は生きてたからね。それに、昔一緒にいた人間がすごく知識の豊富な人だったから、色々と教えてもらってたんだ』
(三百年か……大先輩だな)
俺は自分のステータス画面を念じて開いてみる。相変わらずアナウンスの声は聞こえないが、戦闘を繰り返したおかげでレベルが上がっていた。
【付与術:レベル6】
「まだレベル6か。それなら、付与のレベルを早く上げて、対象者を陽葵だけに絞るか、いっそのこと魅了の効果を消すかにしよう」
『効果の強さによるけどさ。もし対象者を陽葵ちゃんだけに絞ると、今度は陽葵ちゃん自身がそのネックレスに執着しすぎる場合もあるからね。危険だと思うなら、すっぱり消しちゃった方がいいかも』
バンのアドバイスを聞いて、俺はゾッとした。
(陽葵がネックレスに魅了されて手放せなくなる……それって、ある意味呪いのアイテムじゃないか。危ないところだった)
「よし、陽葵の話も聞けたし、ご飯も美味しかったわね。そろそろ宿屋へ戻って、本題のゲートのことを考えましょうか」
ユイが席を立ち上がろうとした時、俺はあることに気づいて声をかけた。
「あ、待て。そういえばフィリアの部屋はどうするんだ?俺たちが泊まってる安宿でいいのか?もっと高級で綺麗なところに部屋を取った方がいいんじゃ……」
宿屋には失礼かもしれないが公爵令嬢を、冒険者が寝るためだけの場所に泊めるわけにはいかない。
しかし、フィリアは慌てて手を振った。
「いえ!そんな、お気になさらないでください。私、お金もありませんから……」
「私が無理を言って連れてきたんだから、不便な思いはさせられないわ。流石に王都の最高級宿には落ちるけど、この街で一番セキュリティがしっかりしてて、部屋が綺麗なところに変えましょう」
ユイがそう言ってくれたので、俺も頷いた。
「そうだな。俺の石化を治してくれた恩人だし、何より、俺がルチアだった時は可愛い妹だったんだ。気にするな、フィリア」
「……ありがとうございます、ダイチ様、ユイさん」
フィリアは嬉しそうに微笑んだ。
俺達は食堂を出て、アルバの街でも一番大きい、しっかりとした造りの宿屋へと移動した。
部屋は、俺が一人部屋。ユイとフィリアが同室ということになった。フィリアが一人になるのは流石に不安だということと、二人部屋の方が広くて、集まって作戦会議がしやすいからだ。
というわけで、俺たちはユイとフィリアの部屋に集まっていた。
バンはすでにネックレスから実体化して、カーバンクルの姿に戻っている。テーブルの上には、俺が食堂からアイテムボックスで持ち帰った山盛りのハンバーグやステーキが並んでいて、バンはそれを器用に前足で掴みながら、信じられない勢いで平らげていた。
「もぐもぐ……おいしい!ダイチの記憶にあった通りだよ!」
精霊と呼ばれているはずのカーバンクルがまるでペット状態だ。
「さて、現状を整理しましょう」
ユイが机の上に地図を広げた。
「まずは、あのゲートから溢れてきた『フィリア(レイハー)の世界の魔獣』について。この世界の魔物は人型やアンデッド、スライム系とか色々いて、総称して『魔物』って呼ばれているけど、やつらは基本、獣系や虫系がメインで『魔獣』って呼ばれているわ。知能もそれほど高くないから、個々の討伐は難しくないわね」
「ああ。森に散らばった魔獣の討伐が完了したら、石化した木々をフィリアの光魔法で元に戻す。そうすれば、フィリアも安心して元の世界に帰れるな」
前に倒したメデューサの死骸はアイテムボックスに入れられたが、流れた血によって周りが石化している。しかも現在も少しずつ石化が広がっているので早いところフィリアの魔法で治さなければならない。
「そうね。問題は二つ目の『ゲート』そのものについてよ」
ユイが地図の一点を指差す。
「さっき私が張った二重の結界と、ダイチさんが作った特製の結界石のおかげで、魔獣がこれ以上増えることも、逆にこの世界の魔物が向こうの世界に行くこともないわ。だけど、これはあくまで応急処置。ゲートを根本的に消す方法を見つけないと、本当の解決にはならないの」
「ゲートを消す方法か……。それが分かれば、フィリアを元の世界に戻した後に、一気にゲートを閉じればいいわけだけど……。そもそも、なんであんなゲートが出現したんだ?」
俺とユイは腕を組んで考え込んだ。
俺たちがこの世界に転生したこと、そして俺たちが元々レイハーの世界にいたことが関係しているのは間違いない。だけど、それ以上の具体的な原因が全く分からなかった。
「何が引き金になったのかしら……」
ユイが呟き、部屋に沈黙が流れる。
三人が頭を悩ませていると、お皿の上の肉を綺麗に平らげ、満足そうにお腹を膨らませたバンが、口元のソースをペロリと舐めながら口を開いた。
『原因なら、ボク分かるよ。それ、ユイとカレンのせいだよ』
「「……え?」」
俺とユイの声がハモった。
バンの口から飛び出したのは、あまりにも予想外なもう一人の人物。メイド長のカレンの名前だった。




