カーバンクルのバン
目の前には、さっきまで俺が成り代わっていた姿の、小さくてふわふわした生き物がちょこんと座っている。額には深い赤色の宝石がはめ込まれ、くりくりとした瞳でこちらを見上げていた。
「……どういうことだ?俺の魂を肉体に戻した瞬間に、別の魂が入り込んだのか?」
俺は混乱しながらユイに詰め寄った。
「いいえ、そんなはずはないわ。ダイチさんの魂を移したんだから、元のネックレスに戻ってるはずよ」
ユイも目を白黒させている。
「ひどいなぁ、ボクを『別の魂』呼ばわりするなんて。ボクはボク。ネックレスの元の魔石のさらに元。カーバンクルだよ」
その小さな口が動き、可愛らしい声が響く。
「そんな、ありえないわ!一度魔石になったら、意識が元に戻ることなんてできないし、そもそも命としては死んでいるはずよ」
ユイが専門家らしい意見をぶつけるが、カーバンクルは器用に前足で顔を洗って見せた。
「そうだよね。ボクもダイチの魔力をもらって、さっき目覚めたばかりだから自分でもよくわからないんだ。でも、ダイチの膨大な魔力がボクの中に流れ込んできたとき、ボクの『核』が再構築されたみたいなんだよね」
「俺の魔力で蘇ったってことか……?」
「わからないけど、ダイチさんが魔石に魂を移している間に、ダイチさんの持つ特別な性質や魔力が石そのものに馴染んでしまったのが原因かもしれないわ」
ユイが顎に手を当てて推測する。
「それにさ、ダイチの記憶は魔石にもしっかり残っていたから、そこからボクも言葉や知識を勉強したんだ。だからこうやって、みんなと話せるようになったんだよ」
「えっ、もしかして……ダイチさんのスキルも持ってるってこと?」
ユイが驚いて聞くと、カーバンクルは得意げに胸を張った。
「そうだよ。特に『才能開花』。これは良いスキルだね!ボクも戦えば戦うほど強くなれる気がする。それにダイチが魔石に付与した『魔力回復効果』も残っているから、こうして実体化していてもボクの魔力が減らないんだ。本当に助かるよ」
「……なんでこう、私の予想を遥かに超えることばかり次々と起こるのかしら」
ユイが頭を抱えて深いため息をついた。
(絶対、ユイがこの世界に色々と持ち込んだせいだと思うんだが……)
とは思ったが、ここで言うと藪蛇になりそうなので、俺は口を閉ざしておいた。
「それはそうと、カーバンクル、さっき、俺が結界石に魔力を込めていたとき、止めるように言ってたよな」
俺の問いに、カーバンクルは真剣な顔で頷いた。
「うん。ボクは魔力の流れを色として見ることができるからね。ダイチの錬金術で作られたその結界石、確かに相当すごい結界を張れるようにはなっていたけど、魔力を入れすぎだよ。これ以上やったら、魔石が耐えきれずに大爆発して、この辺り一面が更地になるところだったよ」
「……そ、そんなに危なかったのか。助かったよ、教えてくれて」
背中に冷たい汗が流れるのを感じた。強力なものを作ろうと張り切りすぎたのが仇になるところだった。
「でも、これで結界は十分に持ちそうね」
ユイが、魔力で満ち溢れた結界石をゲートの前に置いた。
ユイが呪文を唱えると、石から幾重もの青い光の膜が広がり、不気味に歪んだ空間をすっぽりと包み込んだ。
「よし、これでしばらくは大丈夫。あとは残った魔獣を倒しながら街へ戻って、このゲートを最終的にどう閉じるか考えましょう」
「ボクも手伝うよ、ダイチ!」
カーバンクルが前足を上げて立候補してきた。
俺はユイに小声で耳打ちする。
「……なぁ、悪い奴には見えないけど、本当にこいつ、信じて大丈夫なのか?」
「カーバンクルは本来、人間に害をなすような魔物じゃないし、とても人懐っこいはずよ。特に自分の主と認めた相手にはね」
「聞こえてるよ。大丈夫。ボクがこうして存在してられるのは、ダイチの魔力のおかげだからね。魔力の元はダイチなんだし、言わばボクはダイチから生まれたようなものだよ。裏切る理由なんてないさ」
「……そういうことなら、仲間になるってことでいいんだな?」
俺が確認すると、カーバンクルは元気よく「うん!」と答えた。
「ダイチさんと同じ能力を持っているなら、これほど心強い味方はいないわね。……ところで、カーバンクル。あなた、名前は何ていうの?」
ユイの問いに、彼は首を傾げた。
「ボクの名前?そんなの無いよ。呼び方に困るなら、ダイチかユイが付けてよ」
「名前か……。カーバンクルだから、カー君……っていうのは、某パズルゲームの黄色いマスコットみたいでちょっと問題よね」
ユイが真剣に悩み始めたので俺も考えてみよう。
「……じゃあ、『バン』でどうだ?カーバンクルの真ん中を取って」
「バン、か。短くて呼びやすいわね。いいんじゃない?」
「バンか……いいよ、気に入った!ボクはバン。コンゴトモヨロシク」
どこかの悪魔合体ゲームのような挨拶を返され、俺は思わず吹き出した。こいつ俺の記憶を読みすぎだ。
「ああ、改めてよろしく、バン」
俺はバンの柔らかい頭をなでた。毛並みは驚くほど滑らかで、触っているだけで癒やされる。
「それじゃあ、周辺の魔獣を片付けながら戻りましょうか」
ユイの号令で、俺たちはゲートを後にした。
周囲に残っていた魔獣は、ゲートが封じられたことで統制を失い、数はそれほど多くなかった。
俺とユイ、そしてバンの魔法で近場の群れを一掃し、今日のところは街へ戻ることにした。森の各地に散り散りになった魔獣は、また後日、少しずつ討伐していくしかない。そうして、夕暮れになる頃にはアルバの街へと戻ってきた。
門をくぐり、そのまま冒険者ギルドへと寄る。
ギルドマスターのフォルガには、ゲートの詳しい事情は伏せつつ、「新種の魔物はある程度片付けた」とだけ報告した。
「ほう、流石だな。ギルドの方でも調査を進めているが、今のところ石化の新たな被害者は報告されていない。君たちの報告通り、森の奥の危険個体を排除できたということだろう」
フォルガの言葉に、俺たちは安堵した。
「ところで……」
フォルガの鋭い視線が、俺たちの後ろで所在なげに立っていた少女に向けられた。
「そちらのお嬢さんは?見たところ、高貴な身なりのようだが、とても冒険者には見えないな」
フィリアがびくりと肩を揺らす。
「わ、私ですか?ええーっと、それは……」
どう答えていいか分からず、フィリアが助けを求めるように俺たちを見た。
「彼女は私の古くからの友人で、今回の調査に魔法の専門家として協力してもらったんです。訳あって身分は明かせませんが、信頼できる人物ですよ」
ユイが迷いのない口調で嘘を並べ、ごまかしてくれた。
「ふむ、ユイの友人か。まあ、王都のギルマスにも言われているしな。余計な詮索はやめておこう」
フォルガはそれ以上追及せず、俺たちを解放してくれた。
ギルドを出て、人通りの少ない裏路地へと向かう。
「ふぅ、緊張しました……」
フィリアが胸をなで下ろす。
「悪いな、フィリア。不審者扱いさせてしまって」
「いいえ、ダイチ様たちのお役に立てるなら、それくらい」
「早くあのゲートをどうにかして、フィリアも元の世界に戻らないとな」
「そのためにまずは作戦を立てないと……」
ダイチとユイがこれからの展望について真剣に話し合っていた、その時。
――ぐぅ〜〜〜。
静かな路地に、可愛らしい音が響いた。
俺とユイが振り返ると、フィリアが真っ赤な顔をして自分のお腹を押さえていた。
「す、すみません……!考えてみれば、こちらに来る直前、夕食をいただくところでしたので……」
「あ……そうだったわね!ごめん、フィリア。必死すぎて食事のことまで頭が回ってなかったわ」
ユイが申し訳なさそうに謝る。
「ごめんな。色々ありすぎて気が付かなかった。よし、宿へ戻る前においしいものを食べよう。フィリア、こっちの世界の飯も悪くないぞ」
俺が笑って言うと、バンがユイの首元でネックレスの状態のままゆらゆら動いて反応した。
「賛成!ボクもお肉がいいな!」
「お前、精霊みたいなもんなのに、腹なんて空くのか?」
「食べなくても生きていけるけど、おいしいものを食べると魔力の回復が早くなるんだよ。それに、ダイチの記憶にある『ハンバーグ』や『ステーキ』ってやつ、ボクも食べてみたい!」
「でも、街中でカーバンクルの姿になったらダメよ。大騒ぎになっちゃうわ」
ユイが釘を刺すと、バンは「えー、残念」と肩を落とした。
「分かった分かった。アイテムボックスで持ち帰って、後で部屋で食べさせてやるから」
「仕方ないか。それじゃあ、最高においしいお肉をたくさん用意してね、ダイチ!」
俺たちは、漂ってくる香ばしい匂いに誘われるように、街で一番人気の食堂へと向かって歩き出した。




