ネックレスの効果
パチリ、と目が開いた。
視界に映るのは、見慣れた自室の天井だった。
「……戻ったか」
あっちの世界では今頃、ユイが俺の魂をカーバンクルの体から元の肉体へと移しているはずだ。
うまくいくとは信じているが、本当に自分の体に無事戻れるかと思うと、ソワソワして落ち着かない。
今日は仕事が休みだ。
本来なら一日中家でごろごろしていたいところだが、もう一つ今の俺には気になることがあった。
娘の陽葵に渡したネックレス……あれがちゃんと「破邪」の効果を発揮しているかどうか、何とかして調べたかったのだ。
俺はリビングへ向かい、テレビをつけてぼーっとニュースを眺める。
画面の向こうでは政治家が何やら議論しているが、俺の頭の中は「無事に元の体に戻れているだろうか」という気持ちと、「どうやってネックレスの効果を検証するか」という悩みで一杯だった。
「あ、お父さん。おはよう」
陽葵が起きてきた。
彼女は手慣れた様子で食パンをトースターに入れ、タイマーを回す。
「おはよう。陽葵、今日は友達と遊びに行くのか?」
「ううん、今日は家で課題をやるよ。遊びには行かないかな」
「そうか……」
俺は少しだけ肩を落とした。それじゃあ、ネックレスの効果を外で検証するのはお預けだな。
すると、陽葵がパンの焼ける匂いの中で思い出したように言った。
「あ、あのネックレスのことなんだけど。多分、もう大丈夫だよ。お父さんの言う通り、前のは私の気のせいだったのかも」
「……どうしてだ?」
「実は昨日、学校に付けていったんだけど。ちょっとチラチラ見られたりはしたけど、自意識過剰だったのかな。学校に行くまでの間、知らない人から声をかけられたりもしなかったよ」
「学校に付けていったのか?」
思わず声が裏返った。
まあ、悪い気を寄せ付けない「破邪」の効果を確かめるにはちょうど良かったのかもしれない。
「前に友達が制服の下に隠せるからって言ってたから。先生にはバレなかったよ」
学校にアクセサリーを持っていくのは本当なら注意するところだが、今回は目をつむることにしよう。
「そうか……。けどあまり学校につけていかないようにな」
俺が内心で胸をなで下ろした、その時だった。
「ただ……男子から告白はされたけど」
陽葵がジャムを塗りながら、さらりと呟いた。
「はあ!?っ、こ、告白って、何をだ!」
俺はソファから飛び上がった。
「えっ、ちょっと、そんなに驚く?お父さんの方がビックリなんだけど」
陽葵は目を丸くして俺を見ている。
「いや、それで、お前……なんて言われたんだ?」
ポーカーフェイスのスキルを使う事も忘れて俺は動揺を隠しきれず、うろたえながら聞いた。
「それは……何か、付き合ってくださいみたいなことを言われたよ」
「それで、どうしたんだ。もちろん、断ったよな!?」
「お父さん、慌てすぎ」
陽葵はクスクスと笑いながら、焼き立てのパンを頬張った。
「ちゃんと断ったよ。まだそういうのに興味ないし、来年は受験だもんね。勉強頑張らなきゃだし」
「そ、そうか。……よかった」
俺は膝から崩れ落ちそうになった。
それにしても、ネックレスの破邪の効果はどうしたんだ。そんな悪い虫を寄せ付けてるじゃないか。
異世界のことばかり考えていたせいで、陽葵の日常の変化に疎くなっていたのかもしれない。親として猛省しなきゃならない。
「そういえば最近、お父さん『レイハー』やってないね」
陽葵が不意に聞いてきた。
「えっ?ああ……まあ、一度クリアしたからな。もう必要ないというか」
「そのゲーム勧めてきた女の人と、うまくいかなかったの?」
「なんだそれ」
言い返そうとして、思い出した。
以前、異世界の事を隠すために、「職場の女性に勧められたゲームなんだ」とか適当な嘘でごまかしていたんだった。
「いや、別にその人と何かあるとか、そういうんじゃないから」
「そうなの?私はてっきり、その人と付き合いたいから慣れないゲーム始めたのかと思ってたよ」
「そんなわけないだろ。それに今は、陽葵がいるだけで充分なんだ」
「お母さんのことは何とも思ってないの?」
「そんな事ない。昨日も…」
思わず異世界で会っていることを言いかけて止めた。
「昨日も…?」
「……ああ、いや。昨日もお母さんの仏壇に手を合わせて毎日の出来事を報告していたんだ」
今は異世界で会って報告してるけどな。とは言えない。いつか陽葵も異世界転生できたらその時に言おう。きっと驚くだろうな。
「ふーん。そうなんだ」
陽葵はそれだけ言うと、食器を片付けて自分の部屋へと戻っていった。
俺はソファに沈み込み、ため息をついた。
陽葵は、俺が別の女性と付き合おうとしていると思っていたのか。子供に余計な心配をさせてしまったな……。
「……それにしても、告白してきた男だ。どこのどいつだ」
どういうつもりで、うちの娘に告白したのか小一時間問い詰めたい。
陽葵をこっそり護衛する魔道具でも作ろうかと考えたが、ユイに「やりすぎよ!」本気で怒られる未来が見えたので、踏みとどまった。
このもやもやした気持ち、今度ユイに相談してみよう。
俺はそんなことを考えながら、一日を過ごし、夜になるのを待って眠りについた。
◇◇◇
次に目を開けた時、そこは再び異世界の洞窟だった。
「……ん」
上半身を起こすと、視界が低いカーバンクルのものではなく、いつもの高さに戻っていることに気づいた。
「ダイチさん!よかった。成功ね」
ユイが安堵の表情で駆け寄ってくる。隣にはフィリアもいた。
あっちで一日を過ごしてきたが、異世界では俺が意識を失ってからほんの数分しか経っていないようだ。
「お姉様……じゃなくて、ダイチ様。無事にお戻りになれて良かったです」
「ありがとう、フィリア。君の光魔法のおかげだ。本当に助かったよ」
俺はお礼を言いながら、自分の体を確かめる。
石化の違和感はない。ステータスを確認してみると、カーバンクルの時に覚えたスキルも残っていた。
「身体の調子はどう?違和感はない?」
「ああ、問題無い。今からでも魔獣討伐に行けそうなくらいだ。だけどまずはゲートをどうにかしないとな」
魔獣はかなりの数を減らしたが、ゲートが開いている限りまた増えてしまう。
「そうね、これ以上、魔獣がこっちに来ないように、ゲートの周りを結界で防ぎましょう」
ユイが提案する。フィリアがおそるおそる手を挙げた。
「あの……私は、どうすればいいのでしょうか……?」
「フィリアの元の世界での時間はそんなに経っていないはずだから、悪いけどもう少しだけ付き合ってくれない?絶対に、無事に元の世界へ帰すと約束するわ」
ユイが優しく諭すと、フィリアは力強く頷いた。
「わかりました。最後までお供します!」
三人は洞窟を出て、ゲートの側へと向かった。
数は減っていたものの、まだ周囲をうろついていた魔獣たちを、俺とユイの魔法で一気に蹴散らす。
周囲が静かになったところで、ユイが杖を構えた。
「いくわよ。……プロテクションドーム!」
ユイが張ったのは、外からの侵入を防ぎ、かつ内側から外へ出るのも防ぐ二重の結界だ。これでゲートから魔獣が出てきても結界の外には出られなくなる。
「でも、私の魔法だけじゃ数時間しか持たないわ。だからダイチさん、錬金術で私の結界と同じ効果のある魔道具を作ってほしいの」
ユイがアイテムボックスから結界石の素となる魔石を取り出した。
「なるほど、ユイの結界を維持する結界石を作ればいいんだな」
「もっと強力なものにしてもいいわよ。今のダイチさんの魔力ならできるはず」
「わかった。それなら、俺の魔力を限界まで込めて、永久に壊れない最高級の結界石を作ってやる」
俺は錬金術を発動し、魔石から結界石を作り、さらに魔力を流し込んでいった。
石がまばゆい光を放ち、俺の魔力が吸い取られていく感覚。
あと少し、さらに魔力を注ごうとした、その時だった。
『これ以上魔力を込めると、魔石が持たないよ』
「……え?」
どこからか子供のような幼い声が響いた。
ユイの声でもなければ、フィリアの声でもない。
俺は手を止めてユイを見た。
「今の声……二人とも聞こえたか?」
「ええ、聞こえたわ。私じゃないわよ」
「私も、何も申し上げておりませんが……」
三人が顔を見合わせ、辺りを見回した時。
ユイの胸元にある、赤い魔石のネックレスが、激しく発光した。
『ここだよ。今から姿を見せるね』
声は、ネックレスから発せられていた。
「えっ!?ネックレスが喋った……?」
驚愕する三人の目の前で、ネックレスがユイの首からふわりと浮かび上がる。
光が形を成し、耳が伸び、ふわふわとした毛並みが現れる。
それは、ついさっきまで俺が成り代わっていたあの姿。
赤い宝石を額に宿した、カーバンクルだった。
「こんにちは。いや、はじめましてかな。ボク、カーバンクル」
「「「ええええーーーーーっ!?」」」
森の中に、俺たちの驚愕の叫びがこだました。




