迷いの森の新種
ギルドマスターのレウスから受けた特別依頼。その内容は「新種の魔物の調査」だった。
俺とユイは、王都の宿屋で手早く準備を整えていた。
「まさか、新種の魔物の発生源が、俺たちが最初にいた街の森だとはな」
荷物をアイテムボックスに放り込みながら、俺は苦笑した。
レウスから聞いた話では、目撃情報が集中しているのはアルバの街の近くにある『迷いの森』。俺がこの世界で初めて目を覚ました、あの場所だ。
「私たちがいた時は、そんな新種なんていなかったわよね。発見されたのはつい最近みたいだけど……」
ユイも不思議そうに首を傾げている。
準備を終えた俺たちは王都の門を抜け、街道から少し外れた人目のない場所へと移動した。
「じゃあ、最初の街アルバまで転移するね。……よし、しっかり掴まってて!」
ユイが俺の腕を掴み、転移魔法を発動する。視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には見覚えのあるアルバの街の郊外に立っていた。
王都から馬車で四日はかかった距離を、たった一瞬だ。
「……ふぅ。さすがにこの距離だと、魔力消費も大きいのね」
ユイが魔法の杖を地面につき、少し肩で息を吐いた。
「大丈夫か?無理しすぎじゃないか?」
心配して声をかけると、ユイは弱々しく笑って首を振った。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから。一晩休めば元通りよ」
「……そうか。なら、今日は宿屋でゆっくり休もう。森に行くのは明日だ」
「そうだね。その前に、一応ギルドに寄って最新の情報がないか聞いてみようよ」
俺たちは懐かしさを感じるアルバの街へと入り、冒険者ギルドの門を潜った。
アルバのギルドは王都に比べれば小規模だが、活気に溢れている。
受付の職員に話を振ってみると、やはり『迷いの森』の話題でもちきりだった。
「ああ、迷いの森の新種ですね。最近、見たこともない魔物を見かけたって冒険者が増えてるんですよ」
職員の話によれば、目撃されたのは「額に一本の角が生えたウサギ」。動きは早いが、強さ自体はそれほどでもなかったという。
「他にも、オオカミの群れや巨大なクマ型の魔物を見たという報告もありましてね。今は念のため、森の入り口に見張りを立てて封鎖している状態です」
俺は職員に、王都のギルドマスターからの依頼であることを告げ、冒険者カードを提示した。
「王都のギルドマスターからの……?少々お待ちください!」
カードを確認した職員の顔色が変わった。彼女は慌てて奥の部屋へと走っていき、やがて一人の筋骨隆々とした男を連れて戻ってきた。
「王都のギルマスからの通信はさっき入ったばかりだが……おい、どうやってここまで来たんだ?早すぎるだろ」
この街のギルドマスター、フォルガと名乗った男は、驚きを隠せない様子で俺たちを凝視した。
ユイがすかさず口を開く。
「それはレウスさんから『余計な詮索はしないように』と言われてないですか?」
「……ああ、そういえばそんなことも書いてあったな。わかった、深追いはしない。レウスからは君たちに全権を任せるようにと言われている」
フォルガは納得いかない様子ながらも、俺たちの実力を認めたのか、森への立ち入りを許可してくれた。
翌朝。俺たちは宿屋を出て、迷いの森へと向かった。
森の入り口には二人の見張りが立っていて、無謀な冒険者が入らないよう目を光らせていた。
「ギルドマスターのフォルガさんから許可はもらっている」
俺がそう言ってカードを見せると、見張りはギルドから連絡を受けていると言って道を開けてくれた。
一歩、森の中に足を踏み入れる。
「……さて、どこにいるかな」
俺は立ち止まり、『気配探知』の範囲を広げた。
以前よりも感覚が研ぎ澄まされている。森の魔物の気配はそれほど多くないが、一箇所だけ、異常に強い魔力の揺らぎを感じる地点があった。
「ユイ、向こうに強い気配がする。行こう」
「了解。いつでもいけるわ」
奥へ進む途中で何度か魔物に遭遇したが、それらは以前と変わらない普通のウルフやオークだった。今の俺たちの敵ではない。
だが、さらに深く、気配探知で魔力を強く感じるところへと近づいた時、異質な気配が急速に接近してきた。
「来るぞ!」
俺の合図でユイが戦闘態勢に入る。
茂みをなぎ倒して現れたのは、巨大な黒い影。……その姿を見た瞬間、俺の背筋に氷のような寒気が走った。
「……リッパーベア!?嘘だろ……」
それは、かつて俺が乙女ゲームの悪役令嬢『ルチア』だった頃、俺を無惨に引き裂き、殺害した因縁の魔獣だった。
「えっ?何でリッパーベアがこの世界に……!?新種の魔物ってこいつのこと?」
ユイも目を見開いて驚愕している。
「……ああ。そうみたいだ。こいつには個人的な恨みがあるからな。リベンジさせてもらうぜ」
リッパーベアが咆哮を上げ、巨大な爪を振り下ろしてくる。
俺はそれを紙一重で横に回避し、剣を振り抜いた。
胴体を捉えたが、予想以上に毛皮が硬い。リッパーベアは構わず反対側の爪で俺を叩き伏せようとした。
「させないわよ!ファイヤーボール!」
ユイが放った火球がリッパーベアの横腹に直撃し、爆発する。
「ギガアアアッ!?」
怯んだ魔獣の隙を、俺は見逃さなかった。
「今よ、ダイチさん!」
ユイの叫びに合わせ、俺は力一杯跳躍した。
脳裏を掠める、かつての死の記憶。だが、今の俺はあの時やられた令嬢じゃない。
「……消えろ!」
俺は上段から、渾身の力で剣を振り下ろした。土魔法の重みが乗った一撃は、リッパーベアを頭から真っ二つに叩き割り、地面に沈めた。
「……ふぅ。助かったよ、ユイ」
剣についた血を払いながら、俺は息を整えた。
「油断しちゃ駄目よ、ダイチさん。もう二度と、あんな思いしたくないんだから……」
ユイが少し震える声でそう言った。彼女にとっても、俺が死んだ光景はトラウマだったんだろう。
「……しかし、おかしいな。リッパーベアって、やっぱり乙女ゲーム『レイディアント・ハーツ』に出てくる魔獣だよな?」
この世界ではモンスターを魔物と呼ぶが、レイハーの世界ではモンスターは魔獣と呼ばれる、獣系の魔物が登場する。
俺の問いに、ユイは深刻そうな顔で頷いた。
「そうね。本来、この世界には存在しないはずの魔物よ。さっきギルドで聞いた角が生えたウサギっていうのも、レイハーなら一角ウサギっていう名前で序盤に出てくる魔獣が存在するわ」
ユイはこめかみを押さえ、苦しそうに呟いた。
「……何か、すごく嫌な予感がするわ」
俺たち二人しか知らないはずの、ゲームの世界の魔物。
そして、それらが現れたのは、俺がこの世界に最初に転生した、この迷いの森だ。
未知の魔物の発生の原因が俺たちと関係しているのかもしれないと思うと、事態の大きさを予感させた。




