特別依頼
仕事を終えた俺は、その足で駅前のスマホショップに向かった。
目的は、クローゼットの奥から引っ張り出してきた結衣のスマホのバッテリー交換だ。
「……はい、承りました。一時間ほどで完了いたします」
店員の丁寧な対応に頷き、俺は適当に時間を潰してから再び店を訪れた。
受け取ったスマホの動作確認のために電源を入れると、パスワード入力画面が表示された。
俺は迷うことなく、異世界でユイから教えてもらった数字を入力する。
結衣が亡くなってからパスワードが分からず、そのまま放置していたスマホはいとも簡単にロックが解除された。
開いたホーム画面には、まだ幼い陽葵、俺と結衣の家族三人で公園に行った時の写真が設定されていた。
中にある写真やメッセージをすべて見返したい衝動に駆られたが、俺は思い止まった。これは彼女のプライバシーだ。バッテリーの状態が良好であることを確認すると、俺はすぐに画面を閉じて、スマホをカバンにしまい込んで家路に着く。
家に帰り、夕食の準備をしていると、陽葵がお風呂に入っていった。
「よし、今だ」
俺は足音を殺して陽葵の部屋へと潜り込む。
部屋の中に入り、意識を集中させて『気配探知』を応用してみる。すると、学習机の引き出しから微かな魔力の揺らぎを感じた。
「あった」
引き出しの奥、大切そうにしまわれていた手作りのネックレスを取り出す。
俺はアイテムボックスから、異世界で購入した光の加護の魔石を取り出した。白く透き通った、清らかな輝きを放つ石だ。
これをそのまま合成すると、見た目が変わって陽葵に怪しまれてしまう。俺は錬金術のイメージを慎重に練り上げた。
(魔石を薄く引き伸ばして、ネックレスの宝石とチェーンを覆うようにコーティングして合成する)
手に持った魔石が光の粒子となり、ネックレスに吸い込まれていく。
仕上げに、最近覚えた鑑定を使ってみた。
【幸運のネックレス(改)】
効果:幸運上昇、邪気払い、浄化、解毒、魅了
「よし……これならいけるかも」
異世界では「お守り」程度の効果でも、魔力のないこの世界なら十分すぎる護身用になるだろう。俺はネックレスを元の場所に戻し、何食わぬ顔でキッチンへと戻った。
「あー、さっぱりした!」
お風呂から上がってきた陽葵と、二人で夕食を囲む。
今日のメニューは陽葵の好きなハンバーグだ。俺はポーカーフェイスを維持しつつ、さりげなく話を切り出した。
「なあ、陽葵。例のネックレスだけどさ。昨日は大変だったかもしれないけど、やっぱりあれが原因とは限らないだろ?……また次の休みにでも、付けてみたらどうだ?」
陽葵は箸を止め、少し考えるように首を傾げた。
「うーん……そうだね。せっかくお父さんがくれたものだし、付けないと勿体ないもんね。……考えとくよ」
夕食後、俺は自分の部屋へ戻り、フル充電した結衣のスマホをアイテムボックスに入れて、眠りについた。
◇◇◇
異世界のいつもの宿屋。
目を覚ますと、隣のベッドでは珍しくユイがまだ健やかに眠っていた。
窓から差し込む朝日に照らされた彼女の顔は、あまりにも綺麗で……。
俺はアイテムボックスからスマホを取り出した。
(……ちゃんと動くか、試しておかないとな)
そんな言い訳を自分にしながら、カメラを起動してレンズをユイに向ける。
カシャッ!
静かな部屋にシャッター音が響いた。
「……んぅ?」
ユイがパチリと目を開ける。俺は慌ててついスマホを背後に隠した。
「今、何か変な音がしなかった?……ダイチさん?」
「えっ?ああ、そうだスマホ、持ってこれたぞ」
俺は誤魔化すように、ユイにスマホを手渡した。
「わあ、懐かしい!壊れてなかったんだ」
ユイは子供のように目を輝かせて受け取ると、愛おしそうに画面をなぞった。
「あ、写真のデータも残ってる……えっ!ダイチさん、これさっき撮ったでしょ!」
画面には、今しがた撮ったばかりの「寝顔のユイ」がバッチリ映っていた。
「いや、その、ちゃんと使えるかテストしたんだよ」
「もう!寝顔とか恥ずかしいじゃない!」
「悪い悪い。でも、ちゃんと映るだろ?」
「だったら、一緒に撮ろう?」
ユイがベッドから飛び出してきて、俺の隣にぴたりと体を寄せた。
スマホを自分たちに向け、彼女はピースサインを作る。
「はい、チーズ!」
カシャッ、と二人の姿がデータとして刻まれる。
「あー、やっぱ寝起きだから変な顔。またあとで撮り直しね!」
ユイはそう言って笑いながら、スマホを置いて支度を始めた。
相変わらず写真を撮るのが好きな奴だ。
そんな彼女を見て、俺はふと思った。
(……せっかくなら、現実世界の陽葵の写真も撮ってくればよかったな。成長した陽葵を、ユイにも見せてやりたい)
「それで、ネックレスの方はどうだったの?」
着替えながら聞いてくるユイに、俺は状況を説明した。
「ああ。ネックレスに魔石を合成して、幸運と邪気払いの付与がついたよ。まだ試してないから、今度の休みに様子を見てみるよ」
「そう。駄目ならまた次の手を考えよう!」
ユイが支度を済ませて振り返る。
「今日もクエスト受けるの?」
「そうだな。もし掲示板にめぼしいものがなかったら、教会巡りでもして魔法を覚えようか」
昨日、光の教会に行ったのに魔石を買うのに必死で「祈り」を忘れていた。せっかくなら王都にある教会を全部回って、基礎的な魔法を習得しておきたい。
「えー、そしたら私の活躍の場がなくなるじゃない」
「そんなことないさ。いつも頼りにしてるよ」
そう言ってフォローを入れるとユイも嬉しそうにありがとうと答えた。
冒険者ギルドに向かった俺たちは、掲示板のクエストを眺めていた。
だが、Fランクが受けられる依頼は相変わらず単調なものばかりだ。
「やっぱり先に教会巡りでもするか……」
そう言おうとした時、一人の職員が俺たちに近づいてきた。
「ダイチさんとユイさんですね?ランクアップの件でお話があります。別室へ来ていただけますか?」
ランクアップ。その言葉に、俺とユイは顔を見合わせた。
「ランクアップか!やったな」
「え、前はすぐにはなれないって言ってたのに。そんなにクエストこなしたっけ?」
不思議がりながらも、俺たちは豪華なソファが置かれた別室へと案内された。
「なあユイ、Fランクから上がるだけでこんな待遇変わるのか?」
「……分からないわ。私もそこまでは知らないけど…」
しばらく待つと、ドアが開き、一人の男が入ってきた。
ギルドマスターのレウスだ。
レウスは俺たちの正面に座ると、静かに口を開いた。
「驚かせてすまないね。……君たちのランクアップの件だが、あまり人には聞かれたくない話もあってな」
彼の話によると、以前俺たちが返り討ちにしたジューロたちのクランが、裏で数多くの違法行為を行っていたらしい。俺たちが彼らを捕らえたことがきっかけで芋づる式に証拠が見つかり、ギルドはAランク冒険者を動員してそのクランを壊滅させたという。
「君たちが捕まえてくれたおかげだ。……前は無理だと言ったが、今回、特別にランクアップを認めよう」
俺とユイは顔を見合わせて喜んだ。しかし、レウスは少し間を置いて、こう続けた。
「……ところで。君たちのレベルだが、隠蔽しているのは何か理由があるのかな?」
その言葉に、ユイの肩がピクリと跳ねた。
「この部屋……『ディスペル(魔力解除)』の結界が張られているのね」
「気づいたか。……一応防犯上の理由でな。危険があっては困るからね。君たちのステータス……特にユイ君。君のは規格外すぎる」
どうやら、この部屋に入ったことでユイの隠蔽スキルが解除され、俺たちのステータスはギルドマスターの鑑定によってすべて筒抜けになってしまったらしい。この部屋で魔法やスキルを使えるのはギルドマスターのみのようだ。
「……確かに怪しいかもしれないけど、俺たちは変な組織に所属してるわけじゃないぞ、理由は言えないけど信じてくれ」
「隠していたことを咎めるつもりはない。ただ、その実力を国が知れば、大騒ぎになるだろうな」
「出来れば、隠しておいてほしいのだけど」
ユイが真剣な表情で頼むと、レウスはふっと息を吐いた。
「Sランク冒険者にも目立つのを嫌って隠居する者がいるしな。君たちのレベルのことは黙っておこう。……君たちの実力なら本来Aランク以上に相当するが、いきなり上げると目立つ。まずはEランクにしておいた」
「それは助かる」
胸を撫でおろす俺に、レウスは提案をした。
「それともう一つ。これは君たちに話す予定じゃなかったが、その実力を見込んでギルドからの特別依頼があるんだが、協力してくれないか?」
「……それがレベルの事を黙っておく条件?」
ユイが鋭く聞き返すが、レウスは首を振った。
「いや、嫌なら受けなくてもいい。ただ、どのランクに相当するのか判断に困っている案件でな。正式に依頼として出す前に調査をしたい。内容は新種の魔物の調査と、その発生源の特定。発生源は森を中心に広がっているらしい」
新種の魔物。どれだけの数や種類がいるのか、どのくらいの強さか全てが未知数という事か。
「報酬も特別に用意しよう」
俺はユイと視線を交わした。
「面白そうじゃないか。受けてみようぜ」
「そうね。他にいいクエストもなかったし、いいと思うわ!」
「よし、決まりだ」
新種の魔物に、未知の調査。
新しいクエストの予感に、俺の胸は高鳴っていた。




